cj
「直結」と、その行為を呼んでいた。それ以外で、その表現を使った試しがない。だから、連想するのはひとつだけに限定される。
共有のスクーターがあった。誰かが乗り回している。ぼくもその恩恵にあずかる。何人も乗ったからガソリンもなくなったはずだ。これも誰かが(あるいは自分が)ガソリンスタンドに行き、数リットル分だけ入れていたのだろう。だが、記憶にない。
記憶に潜む映像もある。ぼくらはまだ中学生。ぼくは楽しく乗り回し、スピードを出し過ぎる。初心者の失敗。自転車とスクーターのブレーキの加減を見誤る。壁に激突。前輪の支柱がゆがむ。そこに本当の持ち主が出現。ぼくらの遊び道具は奪われる。楽園の追放であった。
しかし、被害者はただ泣き寝入り。前科というゆるやかな囲い込みから逃げ出す自分。そこらが自分たちの遊び場の際であった。近くに駄菓子屋がありミリンダを飲む。王冠を平らにして遊ぶこととは縁を切っている。児童館でプロレスごっこをして、はだしのゲンを読み、ブルーという気分を味わう。家に帰り、安いラジカセで裸足の季節や野ばらのエチュードを聞く。友人は盗んだ自転車に乗り、職務質問をされる。
「あれ、絶対にしない方がいいよ!」と、経験者らしく熱く語る。多分、その通りなのだろう。
駄菓子屋の横に隠微な自動販売機がある。アメリカの宇宙局が発明した特許だと思うが、夜になると中味が見え、売られている雑誌の表紙が目に留まった。ぼくらは数百円を出し合い、一冊を買う。なぜか、魚拓のようにした部分の特集を買ってしまって後悔する。世の中は想像力の場所だとも思うが、あれはあんまりだったなと残念がった。
もう少し離れた場所(歩いても二分ぐらい。いかに狭い世界なのか)でパーマをかける。臭い液体を頭にかけ、不良の完成である。だが、ぼくには意外と根深い倫理観も混在している。
女性たちは友人に話しかけたそうにモジモジしている。恥ずかしさというのが少女の特権であった。年下の美人が不思議と友人のことを好きになっている。だが、彼は別の同級生に執念を抱き、そのチャンスをみすみす棒にふる。だが、おそらくふたりのお父さんになっている。運命というのはなかなか分からないものだった。
ぼくは当時の親友と連れ立ってある女性の写真を撮りに行く。可愛い子であった。彼女も恥ずかしそうになかなか家の外に出てくれなかった。後にぼくのことを好きになってくれた気もしたが、もう別の子にこころは動いていた。ふたりの差がどこにあるのかいまでは分からない。しかし、チャンピオン・ベルトは代々、受け継がれていくものなのだ。
その親友は駒込(当時は世界の果てであり、裏側)の方に引っ越した。裕福な家庭なのか、こちらに風呂なしアパートの一室を借りていた。ぼくらは放課後、そこにたまる。時計もテレビもない部屋で、ぼくらも腕時計などしていない。まだ七時ぐらいだと予想していたが、とっくに十一時を過ぎていたようだ。空腹の問題はどうしていたのだろう? 兄が来たような気もするし、近くにいる別の友人だったかもしれない。ぼくは家に帰り、彼は駅に向かった。その彼ともごたごたして、ぼくは一方的に殴りつけ、彼は越境をやめた。その後、数年経ってからだが一度だけ、家に遊びにきた。あんなに親しかったのに共通するものは、もう何もないことをひしひしと感じた。いっしょにいるということがいかに重要であるかを教えられる。
近くの団地に手品師が住んでいるといううわさがあった。ぼくの失敗も悪も布で覆い一瞬にして消し去ってほしいとも願うが、そう都合よく世の中は回らない。反対に、失ってしまったものも見事にテーブルのうえに再現させてほしいが、それも叶わない。ガソリンはなくなるのだ。世界は、より広くなっていく。隣町に行く。陽の高いうちから酒を飲みはじめる面々がきょうもいる。その間に小さな工場がたくさんある。材木の匂いもしていた。旋盤かなにかで指を落とした友人の父のことをからかう。労働というのも過酷で厳しいものだった。指先で文字を入力するのとはけた違いにしんどいものだった。ぼくは電卓をたたいてみる。正確な答えはひとつしかない。間違えれば、やり直し。ぼくの少年時代。もう正邪も美醜も無関係で、はっきりとひとつしかない。つながった連続の映像。飛び飛びの記憶。少女たち。手品のようにあの姿でもう一度だけ見たいものだが、それももちろん叶わない。自分自身が肩の痛い、近さというものを怖がる視力しか有していないのだ。
後年、自分のお金でも誰のお金でも、一台のバイクも車も買わなかった。もともと、エンジン系が好きでもなく、酒と寝そべって文庫本でも読むほうが向いていた。
ある少女がぼくの前をスクーターで走り抜ける。まだヘルメットの常用はしなくてもよい時期だった。好きだったのに簡単に別れてしまった少女。もどらないという絶対的な時間の効果。話したであろういくつかの言葉。別の女性も走り抜ける。交わしたであろういくつかの約束。ぼくは彼女が振りかけていたコロンの匂いだけを覚えている。ケルンという水が語源らしいことも知っている。知識も増えたが、あの土地での自由の時間こそ貴いものだった。駄菓子の味。大人買いという暴虐と奪略。
「直結」と、その行為を呼んでいた。それ以外で、その表現を使った試しがない。だから、連想するのはひとつだけに限定される。
共有のスクーターがあった。誰かが乗り回している。ぼくもその恩恵にあずかる。何人も乗ったからガソリンもなくなったはずだ。これも誰かが(あるいは自分が)ガソリンスタンドに行き、数リットル分だけ入れていたのだろう。だが、記憶にない。
記憶に潜む映像もある。ぼくらはまだ中学生。ぼくは楽しく乗り回し、スピードを出し過ぎる。初心者の失敗。自転車とスクーターのブレーキの加減を見誤る。壁に激突。前輪の支柱がゆがむ。そこに本当の持ち主が出現。ぼくらの遊び道具は奪われる。楽園の追放であった。
しかし、被害者はただ泣き寝入り。前科というゆるやかな囲い込みから逃げ出す自分。そこらが自分たちの遊び場の際であった。近くに駄菓子屋がありミリンダを飲む。王冠を平らにして遊ぶこととは縁を切っている。児童館でプロレスごっこをして、はだしのゲンを読み、ブルーという気分を味わう。家に帰り、安いラジカセで裸足の季節や野ばらのエチュードを聞く。友人は盗んだ自転車に乗り、職務質問をされる。
「あれ、絶対にしない方がいいよ!」と、経験者らしく熱く語る。多分、その通りなのだろう。
駄菓子屋の横に隠微な自動販売機がある。アメリカの宇宙局が発明した特許だと思うが、夜になると中味が見え、売られている雑誌の表紙が目に留まった。ぼくらは数百円を出し合い、一冊を買う。なぜか、魚拓のようにした部分の特集を買ってしまって後悔する。世の中は想像力の場所だとも思うが、あれはあんまりだったなと残念がった。
もう少し離れた場所(歩いても二分ぐらい。いかに狭い世界なのか)でパーマをかける。臭い液体を頭にかけ、不良の完成である。だが、ぼくには意外と根深い倫理観も混在している。
女性たちは友人に話しかけたそうにモジモジしている。恥ずかしさというのが少女の特権であった。年下の美人が不思議と友人のことを好きになっている。だが、彼は別の同級生に執念を抱き、そのチャンスをみすみす棒にふる。だが、おそらくふたりのお父さんになっている。運命というのはなかなか分からないものだった。
ぼくは当時の親友と連れ立ってある女性の写真を撮りに行く。可愛い子であった。彼女も恥ずかしそうになかなか家の外に出てくれなかった。後にぼくのことを好きになってくれた気もしたが、もう別の子にこころは動いていた。ふたりの差がどこにあるのかいまでは分からない。しかし、チャンピオン・ベルトは代々、受け継がれていくものなのだ。
その親友は駒込(当時は世界の果てであり、裏側)の方に引っ越した。裕福な家庭なのか、こちらに風呂なしアパートの一室を借りていた。ぼくらは放課後、そこにたまる。時計もテレビもない部屋で、ぼくらも腕時計などしていない。まだ七時ぐらいだと予想していたが、とっくに十一時を過ぎていたようだ。空腹の問題はどうしていたのだろう? 兄が来たような気もするし、近くにいる別の友人だったかもしれない。ぼくは家に帰り、彼は駅に向かった。その彼ともごたごたして、ぼくは一方的に殴りつけ、彼は越境をやめた。その後、数年経ってからだが一度だけ、家に遊びにきた。あんなに親しかったのに共通するものは、もう何もないことをひしひしと感じた。いっしょにいるということがいかに重要であるかを教えられる。
近くの団地に手品師が住んでいるといううわさがあった。ぼくの失敗も悪も布で覆い一瞬にして消し去ってほしいとも願うが、そう都合よく世の中は回らない。反対に、失ってしまったものも見事にテーブルのうえに再現させてほしいが、それも叶わない。ガソリンはなくなるのだ。世界は、より広くなっていく。隣町に行く。陽の高いうちから酒を飲みはじめる面々がきょうもいる。その間に小さな工場がたくさんある。材木の匂いもしていた。旋盤かなにかで指を落とした友人の父のことをからかう。労働というのも過酷で厳しいものだった。指先で文字を入力するのとはけた違いにしんどいものだった。ぼくは電卓をたたいてみる。正確な答えはひとつしかない。間違えれば、やり直し。ぼくの少年時代。もう正邪も美醜も無関係で、はっきりとひとつしかない。つながった連続の映像。飛び飛びの記憶。少女たち。手品のようにあの姿でもう一度だけ見たいものだが、それももちろん叶わない。自分自身が肩の痛い、近さというものを怖がる視力しか有していないのだ。
後年、自分のお金でも誰のお金でも、一台のバイクも車も買わなかった。もともと、エンジン系が好きでもなく、酒と寝そべって文庫本でも読むほうが向いていた。
ある少女がぼくの前をスクーターで走り抜ける。まだヘルメットの常用はしなくてもよい時期だった。好きだったのに簡単に別れてしまった少女。もどらないという絶対的な時間の効果。話したであろういくつかの言葉。別の女性も走り抜ける。交わしたであろういくつかの約束。ぼくは彼女が振りかけていたコロンの匂いだけを覚えている。ケルンという水が語源らしいことも知っている。知識も増えたが、あの土地での自由の時間こそ貴いものだった。駄菓子の味。大人買いという暴虐と奪略。
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