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拒絶の歴史(72)

2010年06月05日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(72)

 サッカー少年たちは正月にある高校生の全国大会を見て、自分たちにもあのような未来が訪れるものだと思っていた。ぼくは母校の出ているラグビーを同じように見ている。あそこに行けることを三年間の望みにしていたが、自分にその輝ける栄光は結局のところは来なかった。だが、いまではその状況を受け入れることが簡単になってきた。何かが足りなかったのだが、それにチャレンジした記憶だけは確かなものになっていた。そして、ぼくはいまだに交友のある友人たちを多くもてたことに感謝している。幼馴染みの女性は、ぼくの好きだった先輩と交際しており、妹はやはりぼくの信頼していた後輩と付き合っていた。愛されるべきものから守られるというその範疇から、自分はちょっと出てしまったような気もするが、それはもちろん自分が望んだものを手に入れることの結果だった。いまさらやり直しのきかない状況だったが、やり直したいとも思っていなかった。

 ぼくの県の高校のサッカーチームは勝ち進み、近くにある体育館でイベントがあり、大きなテレビを並べ観戦した。小さなサッカー少年たちに誘われ、ぼくもそこに出掛けた。ぼくは、そこである少年の姉のゆり江という子と思いがけなく再会することになった。最後に会ってから、3、4ヶ月は経っていたのだろう。あの頃はまだ少女のような外見であったが、いまは大人の女性になりつつあった。

「久しぶり。元気だった?」と、会わなかった人に自分はいつもこのように声をかけるなと冷静な判断をする自分がそこにいた。
「うん。いろいろありましたけど元気です」
 彼女は実際にほほもふっくらとして元気そうだった。その年代特有の溢れるエネルギーがぼくにも伝わって来た。

 その後は離れてサッカーの試合を観戦し、応援の声をあげた。前半にぼくらのチームは一点を取られ、いくらか落胆のムードが漂ったが、後半に2点を取り返し、結局のところ逆転でチームは勝った。応援する側としては、もっとも熱があがる試合だった。子どもたちも興奮し、これからまた練習に力がはいることが予想された。ぼくの母校のラグビーチームは先日に敗退し、もう帰ってきていた。その気持ちを払拭させるほど、この日のサッカーは良いゲームだった。

 外に出ると、ある子たちは既にドリブルをしてサッカーボールを転がしていた。ぼくはゆり江という子と話したかった。そして、目線で追った。彼女もそのタイミングを望んでいたのだろうか、お互い近付いていき、いっしょに歩き出した。

「元気だった?」と、ぼくは同じことを再び言った。
「この通りです。元気に見えません?」
「そんなことないけど、姿を見ていない期間があったので、どうしていたかなと思ってた」
「勉強をいっぱいしてました。近藤さんのことは弟からたまに聞いていて知ってました」
「そう、それなら良かった」
「ラグビー負けちゃいましたね。残念でしょう?」
「全国大会に出れたんだもん、充分だよ」ぼくは、いつもそのことにこだわっていた。その後は、会話が途切れ途切れだが続いた。その間も不安感はまったくなく安心して彼女といられた。ある大きな橋を渡っている途中、彼女はふと立ち止まった。

「わたしのことも、たまに思い出してくれます?」と懇願のような言葉を吐いた。
「思い出さないわけないじゃないか」と、ぼくは正直な気持ちを述べた。だからといって、雪代といる関係を壊す気もさらさらなかった。そのことで胸が少し痛んでいる。だが、こうしてぼくは彼女のその日の視線をいまだに思い出すことになっている。そして、そのときの胸の痛みもなんとなくだが思い出しているのだ。

 橋を渡り切り、ぼくらは左右に別れた。ぼくは振り返ると、彼女の揺れている髪が見えた。そして、その段々と小さくなっていく身体を見つめながら、どこか虚しい気持ちも抱いていた。そして、自分の身体の芯にある他者への冷たさをはっきりと思い知ったのだった。

 ぼくはあそこで勇気をだし、再び追いかけてなにか暖かい言葉を言えたのではないかと空想したり、そんなことをすれば雪代との関係にひびが入ることも知っていた。なので躊躇したのだ。自分の身体も思いもひとつきりである以上、あのときの自分の選択は、ああするしか方法がなかったのだ、と自分自身を納得させた。


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