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拒絶の歴史(71)

2010年06月05日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(71)

 雪代はまた東京に去り、ぼくは大学の始まる前の時間を持て余していた。それでも、スポーツショップへバイトに行き、週ごとの休みになる子供たちにサッカーを教えていた。いまではもう教えるというよりいっしょに楽しむだけになっていた。彼らはぼくの存在をそのままに受け入れ、ラグビーに熱中していたことや、そこでぼくなりの挫折を味わったことなどは問題外でもあるようだった。彼らもいずれ多かれ少なかれ挫折を経験するのだ。その克服はそのときに習えばいいことだし、それは誰かが教えてくれるものでもなかった。夢をつくり、それを叶えることに向かって努力することを礼賛する社会だが、そのけじめとしての挫折から逃れることには誰もが目をつぶっていた。

 しかし、身体を動かしボールを追っていれば思考からは離れていられた。汗をながす効用をぼくは信じていた。子供たちの成長を誉め、欠点をなるだけ目立たないようにするよう励ました。ボールをひとりで持ちすぎる子がいて途中で奪われ、逆に守備で後ろに下がりすぎ攻撃を楽にさせてしまう子もいた。彼らには、ぼくともうひとりのコーチが実際に身体の使い方やガッツを教え、次の練習試合でできるよう見本をみせた。

 ひとの希望を育てることに喜びを感じていたが、こころでは過去にひとりの女性の将来を曲げてしまったことを覚え、その意識は徐々に膨らんでいった。彼女はそんな風には感じず、ぼくのことなどもう忘れていたかもしれないが、ぼくはその事実を捨てきれずにいた。もう会えない以上、それをどう確かめたらよいか自分自身で分からなかった。その罪の行方の落ち着き先を決められないため、いつまでもぼくのこころにそのことは残ってしまっていた。

 コーチと練習後、ビールを飲んでたまには練習方法の改善を話し合ったりした。だが、そのことばかりで頭は占められていたわけではなく、さまざまなことを話し合った。

 その日は、彼の恋人が時間が経ってから合流した。何度か会ったこともある仲だが気さくで話やすいひとであった。決して美人とはいえないような顔だが、笑ったり驚いたりすると表情がころころ変わり、とても人生を楽しんでいるようなタイプだった。それで、ぼくもその瞬間を居心地よく感じていた。

「離れていると淋しくない?」と彼女はぼくらの関係について尋ねる。
「もちろん、そう感じることが多いけど、彼女は二年しか東京にいないと言っているんだ」
「それで、戻ってくるの?」彼女は普通の女性のように身の回りのことに関心があった。ぼくは、雪代が常日頃言っていることをかいつまんで話した。そして、「わたしもそんな洋服屋さんができたら行ってみたいな」と雪代の計画の一部である洋服を売る店のことを話すと彼女は感嘆して答えた。ぼくはまだ想像に過ぎないその店の固定客を獲得するよう奮闘するセールスマンのように感じていた。酔った頭は、雪代がその店に立ち接客している姿を容易に想像できた。彼女は微笑み、きれいに磨かれた窓の外は快晴で、飾られた洋服はカラフルな花のような印象を作り出していた。

 それから何杯かの空のグラスがテーブルを占め、料理の皿はからになっていた。ぼくは何回かからかれ、何度か反対にからかった。それは、とても楽しい夜だった。
 お会計を済ませ、汚れたジャージが入った荷物を担ぎ、彼らと別れた。そのにぎやかな雰囲気が急に去ったことによって、ぼくはふと孤独感に包まれていくのであった。自分ながらそのことに驚いている。

「お休み。気をつけて、ひとりに耐えてね」と、彼女が別れ際に冗談っぽく言ったのが現実味を帯びてきた。誰かに無性に電話でもして会話をしたくなった。だが、ぼくの無意味な話をただ聞いてくれそうな人は見つからなかった。見つからない以上、ぼくは無言であれこれ考え事をした。サッカーの練習のこと。バイトのこと。勉強のこと。何人かの女性のことなどを。

 そうしていると直ぐに家に着いた。汚れたジャージをバックからだし、次の機会に着るために新しいものをタンスから出していると、電話がかかってきた。その相手は妹だった。不思議と彼女が電話をかけるタイミングに、いつも雪代はいなかった。彼女が大学の受験のために最終の追い込みをしていて、それに飽きたためか、それとも両親に頼まれぼくの様子を訊くためなのか分からなかったが、いろいろな話を交わした。

 ぼくは思いがけなく会話ができたことを喜んでもいいのか、それとも面倒なのか決めかねた態度で受話器を耳にしていた。彼女は最後に、
「大学に受かったらプレゼントをちょうだい」と言って電話を切った。ぼくは、あいまいな返事をしてさっきの作業を続けた。なにを妹は欲しがっているのか想像できなかった。ぼくは、ある女性が妹のいまと同じ時期にぼくから去ってしまったことを思い出している。2年という月日がひとをどう変えるのか、自分にはどう考えても分からなかった。


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