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拒絶の歴史(128)

2010年11月21日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(128)

 ぼくの家のポストに手紙が入っていた。その手紙はいまは自分の部屋の机の上に置かれている。
 丁寧に封を開くと、見慣れた文字が飛び込んできた。

 ひろし君。
 こんにちは。
 お元気ですか?
 といっても、まだそんなに離れてから時間も経っていないけどね。
 前には、わたしが東京にいるとき、たまにこのような手紙をやりとりしましたね。あの頃のことを思い出しながら、書いてます。

 どこかに、あの手紙がしまわれていると思うけど、どこに行ってしまったのかは謎ですけど。
 それでも、さまざまなひろし君がくれた手紙の内容は、わたしのこころの奥に刻みつけられています。
 もう一度さがして、またあの気持ちをリフレッシュさせて確認したいです。
 そういえば、この前は、映画館で会いましたけど、繊細なこころの持ち主であるひろし君が、わたしたちの姿を見て傷ついていないといいんだけれど。

 あのひとは、わたしが極端に淋しがってると思って、映画に誘ってくれました。みな、わたしに対して優しい感情をもってくれていることに、いつも感謝しています。

 こちらで暮らすのも、もう直き終わってしまうんですね。その前に、なるべくなら誤解を与えたくはないと思っていたんだけど、してしまったことはもう取り戻せないことなので仕方がありません。
 もう終わった関係なので、あまり真剣に受け止めないで、ひろし君はこの手紙のつづきを読んでください。

 そう前置きをしておきます。
 わたしは、ひろし君のことが、こころの底から好きでした。
 誰よりも、懸命な気持ちで愛していました。
 それなのに、わたしの気持ちと比較しても、ひろし君のわたしへの愛情が少なく感じました。それも、だんだんと減っているのではないかとの心配も増えました。それが、どうしてもわたしには許せませんでした。

 なんかいか憎んでしまおうと思ってもみたんですが、それすらもできず、しつこくわたしへの愛情があるかどうか訊いてしまいました。

 たまには、優しく答えてもくれたりしたけど、やはりあまりのしつこさで何度かはいやな顔もしましたね。もう、これで訊くまいとも思ってみたけど、最後には誘惑に負け、また質問してしまいました。ごめんなさい。でも、もうこうなれば問われる心配もないんですもんね。

 その反面、ひろし君はわたしの愛情に対して、訊くことはしませんでした。もっと尋ねてくれればいいとも思っていました。ひろし君は、その気持ちにあぐらをかけるほど、余裕があったのかもしれません。
 その気持ちを比較すると、悲しくなりました。

 でも、年上のわたしは、あまり重みをかけるようなことはしたくありませんでした。
 だけど、やはり最後にはこのような手紙を書き、愛情を押し付けようと思っているのかもしれません。
 ごめんね。

 東京にどれぐらい居るのか分からないけど、元気で頑張ってください。地元には、あなたの味方がたくさんいることを忘れないでください。また、忘れてしまうほど、東京で素敵な友人たちをたくさん作ってくれればいい、とも同時に思っています。
 また、いつか少しだけ大人になって再び会えるといいですね。それまでは、もっと立派になった男性がわたしの目の前に表れることを想像しておきます。
 これまでのわたしを支えてくれて、好きになってくれたことに対して、率直にありがとうと言います。
 また、あなたの成長に付き合えて良かったですし、同じ歩みを与えてくれたこれまでの時間にも感謝しています。
 では、お元気で。
 いままでの、たくさんのことをありがとう。
 河口雪代。

 ぼくはそれを読み終え、なんども封にしまっては、また取り出して、ひろげて、読み進めて、またしまった。
 自分も返事を書こうと思ってペンを取ったが、どんな気持ちを伝えればいいのか分からずにいた。簡単に電話をかけて声をきこうかとも思ったが、彼女がそのような手段を使わなかった以上、その努力の度合いの違いが失礼に感じてしまい、それもできずにいた。

 結局は、引越しの荷物のなかに忍び入れ、ガムテープでその箱を閉じてしまった。いま、直ぐにやり直すことは、重い決断をさせてしまった自分にとって、安易すぎる方法に思えた。また、彼女がぼくの愛情が比較して少ないと誤解を与えてしまったことを、払拭させる自信もなかった。なぜ、彼女はぼくの気持ちをきづかないのだろう? というやるせない気持ちも同時にあった。

 妹が楽しそうに、多分、山下と話しているのだろう、電話の声が聞こえる。ぼくも、だれかと、ただ未来が真っ白で築かれていない相手と話したいもんだと思った。思ってみても、雪代の書いた手紙の筆跡と、そのときの彼女が机の前に座っている姿まで、はっきりと頭に映っていた。やはり、ぼくも愛情の表れを手紙に残すべきだと考え直すが、また再度躊躇する自分もそこに残っていた。


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