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償いの書(40)

2011年04月09日 | 償いの書
償いの書(40)

 ぼくは、普通のことだと思っていた。

 それなりにハードな一日を終え、時間が合えば待ち合わせをして地下鉄の駅までふたりで歩いた。彼女の何気ない話を聞き、ぼくも思ったままの何も結論も回答もない話をする。そして、交互に相槌を打ったり、質問をしたりした。彼女は途中で飲み物を買ったり、洋服屋の前を通るときはちらと一瞥したりした。ぼくは美容院の前のポスターを見て(前の女性はそのような仕事もしていたので習慣になってしまっていた)それから、裕紀の髪型を見た。

 それを普通のことだと思っていた。ある疲れはそこで飛散してふたたびぼくに戻ることはなかった。

 ひとと会話すること。それも、とくに裕紀とそのように仕事の帰りに話していることが大切な時間とも思っていなかった。それは、あまりにも日常的であり過ぎ、具体的な効果があったにせよ、それほどには認めていなかった。

 そのこともあと何日かで終わりを告げる。彼女は数ヵ月後に仕事を辞めるため、早めに上司にそのことを伝えた。説得や「もう少し頑張れないか?」という言葉があったにせよ、最後にはこころよく辞められることに決まった。

 その日も、ぼくらは帰り道を歩きながら、彼女からその情報を教えてもらった。それから、何日か時間が合わず、ぼくはひとりで帰ることになった。その瞬間にぼくは、今後、もうこういう緩やかな情熱とも呼べる時間がもてないことを知った。淋しさもあり、また孤独感もあった。以前の状態が普通のことだと決め、そこに設定をもうけてしまった。

 先に家に着いていた裕紀にそのことを語ろうか迷っている。ぼくは、幼い少年ではないのだ。ひとりで帰るのが淋しいとも言えなかった。だが、食事を前にしてテーブルに座り、やはり、思っていることは伝えようと決心して、「今日、ひとりで仕事の帰りのいつもの道を歩きながら、ふとね、もう裕紀と会話しながら歩くことができないんだなと思ったら、さみしさがこみ上げて来たよ。あの時間がぼくらにとって、大切なものであることを知ったんだ」
「そう、うれしいね。もう、歩けなくなることじゃなく、そう言ってくれることが」
「うん」
「仕事辞めるの、やめようか?」
「それは、また別の問題だよ」

 ぼくは思ったままを告げた。それは相手に届き、彼女のこころが一瞬だが変化を及ぼす。違うふたつの生命の間に交信がある。ぼくらは、それを大切にするしか方法がないのだ。そこに、誤解や衝突がときにあったにせよ、最後はこのような温かい交流を求めるべきなのだ。それがなかったら、なぜ自分は存在するのだろう? とまで、思うかもしれない。

 次の日は、ぼくは、少しだけ本屋で立ち読みして彼女を待った。電話でも聞いていたが、妹の夫のラグビー選手がある試合で怪我をしたことが記事になっていた。痛々しい様子で倒れている写真があった。ぼくは何度もそのような場面に遭遇したが、彼の不屈な態度を知っていたので、それほど恐れることはなかった。あいつなら、またどうにか頑張れるだろう、というかすかな自信のようなものも不思議に感じていた。

 彼女はそこに表れ、ぼくの肩に手をかけた。ぼくは彼女の匂いを感じ、振り返った。いつもの目。いつもの目のまわりの化粧。そういうもののひとつひとつを覚えておこうとぼくは決めた。

 彼女はぼくに寄り添い、腕を絡めてきた。昨日の言葉をそれは意識したものだったのだろう。
「山下が怪我をしたのが記事になってた」
「そう、それで、どうだったって?」
「彼のチームは、それで絶望的になったと書いてあった」
「チーム・スポーツだもんね」
「彼もそういうことに責任を感じてしまうだろう」
「早く直るといいね」
「今度、また家にでも行ってみよう」

 彼女はいろいろ思案しているようだった。また、彼女は妹の子を抱き、幸せを感じ、喜びを満たしていくのだろう。彼女はその後、自分の仕事を新しい子に移管させるための苦労を語った。長年かかって作った方法論を誰かに移植する難しさやもどかしさを話した。それは、新しい子がまた長い年月をかけて構築していくものなのだろう。それは、裕紀の責任でもなかった。

 ぼくらは電車に乗り、小声で話す。前の席が空いたので彼女が座った。ぼくは、雑誌を取り出し、吊り革につかまりながら眺めた。地下鉄はぼくらの町に着き、大勢の人間とともに押し出される。ぼくらはスーパーマーケットに寄り、買い物をした。ぼくの手にはもうひとつの荷物が増え、彼女は聞き慣れないメロディーを鼻歌のようにして口から出していた。

 その一連の行為自体がぼくは普通のことだと思っていた。貴重なものでも宝物でももちろんないと思っていた。だが、残り数日で、こうしたものもなくなるのかと思うと、それはまったくの反対で、大切なものだったのだと過ぎ去っていく時間を後悔のような気持ちをもって眺めるようにした。

 あの日の裕紀は寒そうにして顔が紅潮していたとか、あの日のハンカチで汗を拭く姿とかが、それこそ走馬灯のようにぼくの記憶から取り出され、目の前に表れた。

 それらの日々は普通ではなかったのだ。しかし、過ぎ去っていく時間を停めることなど無力なひとりの人間になど、もちろん出来るわけもなかった。
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