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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

バイヤンウンジュルの柵 内外の比較

2018-08-01 11:10:49 | 研究
バイヤンウンジュル(以下BU)に2004年頃に篠田班が作った柵があり、その内外の群落比較をする機会を得た。BUはウランバートルの南西で(図1a)、空中写真を見ると、ウランバートルが森林に囲まれているのに対して、その南では深林がなくなることがよくわかる(図1b)。前者を「森林ステップ」帯と呼び、後者は「ステップ帯」という。これより南はゴビの砂漠帯に続く。Google earthで拡大すると、BUの柵がはっきりわかる(図1c)。


図1a バイヤンウンジュル(赤枠)の位置


図1b ウランバートルとバイヤンウンジュル(赤枠内)の空中写真


図1c バイヤンウンジュルのの空中写真 左上の暗色の正方形が実験柵、下方の格子模様が家屋


地上で見ると、柵内外の景観はこのように違う(図2)。


図2 柵内外の比較 上:柵内、下:柵外


 柵の外は家畜に食べられているから、この違いは採食圧の違いによると思われる。これには植物の生育形が意味を持つ。ブルガン飛行場で調べた場合、直立型が減少して匍匐型が増加した。また柵内では美地形に応じて場所ごとに優占種が違っているが、柵外ではどこでもPotentilla acaulisが優占するという意味で、群落の多様性が失われることがわかった(Takatsuki et al. 2017)。
 そこでBUでも同様の比較をすることにしたが、生育形(Giminghamによるもの)は草本を対象に、生育する形で類型したものだが、BUでは低木もあり、草本類をそれほど細かく類型することにあまり意味を見出せなかったので、低木、イネ科、その他程度に分けることにしたが、BUでは1年生雑草が非常に多かったので、この点は配慮して類型した(後述)。

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予想1 植物高の比較
 柵外は家畜の採食影響を受け、柵内は菜食から保護されているから、植物の高さは柵外の方が低いであろう。その場合、植物によって影響の受け方が違うはずである。1年草であれば、発芽して2、3ヶ月しか経っていないから、影響は弱く、多年草は影響が少なくとも2,3年受けているから影響はより大きく、低木は最も影響が大きはずである。ただし、家畜が嫌って食べない植物では違いがない、あるいは小さいであろう

方法
 そのことを確認するために、柵内外で主要種20個体の高さ(イネ科の場合は葉長)を測定した。

結果
 結果を図3に示す。このうち、Aは1年草で、いずれも雑草である。多くは柵内外の高さの違いは小さかったが、Salsolaは明らかに柵外が短かった。これに対して多年草であるイネ科とスゲCarexは柵外が草丈が低かった。ただしCarexは違いが小さかった。低木はCaragana2種は非常に大きな違いがあったが、Artemisia frigidaは違いが小さかった。
 このように、予想通り、植物の寿命が長いほど、家畜の採食に暴露される確率が高くなるから影響が大きいであろうという予測は概ね支持された。ただし1年草でもSalsolaは違いが大きいし、多年草でもCarexは違いが小さく、低木でもArtemisia frigidaは違いが小さかった。Salsolaの違いの理由はよくわからない。Carexはモゴッドの柵でも内外の違いが小さく、菜食影響下でも回復力が大きいことが確認されている。Artemisia frigidaは植物体が強い香りを持っており、家畜が食べるのを好まない。牧民によるとこの匂いが秋には弱くなるので食べるようになるという。Art frigidaは柵外にも多いので、家畜があまり食べないのは確かであろう。ただ、私の観察ではブルガンでみるArt frigidaは高さが30cm程度になるのに比べ、BUのものは草丈が低いという印象があり、柵内でも回復が遅いように感じた。
 この結果は採食影響は植物の寿命が長いほど植物高に影響が強く出るが、それに植物側の回復力、家畜の好みが複合的に影響していることを示唆する。

 
図3a 柵内外の植物の高さの比較。A 1年草雑草、B 多年草、C 低木


1年生雑草。いずれも左が柵外、右が柵内


多年草。いずれも左が柵外、右が柵内


多年草あるいは低木。いずれも左が柵外、右が柵内

図3b 柵内外の植物の高さの比較


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予想2  群落組成の違い
 家畜による採食影響を植物種ごとの高さだけでなく、被度を含む植物量として捉え、群落レベルでどのような影響を受けるかを考えると、群落の構造などの効果があることが想定される。日本では時間が立つほど木本類が優勢になり、草本類が抑制される傾向がある。モンゴルでは木本類は少ないので影響は違うが、ブルガンの飛行場では柵内では草丈が高くなれる直立型の草本が増え、柵外では匍匐型の小型草本が多くなった(Takatsuki et al. 2017)。BUでも基本的には同じことが起き、柵内で草丈の高い双子葉草本やイネ科などが増えるものと予想されるが、BUの方が乾燥しているので、柵内での回復に何らかの違いがあるかもしれない。

方法
 1m^2のプロット内の植物の被度(%)と高さ(cm)の積をバイオマス指数として算出した。柵内20、柵外10のプロットをとった。
 植物は以下の群に分けた。

1年草雑草:主にシロザの仲間
双子葉草本:多年草
イネ科:Stipa, Elymusなど20cm以上になるイネ科
イネ科小型:Cleistogenes, Carexなど最大でも20cmにならない小型のもの(正確にはCarexはカヤツリグサ科だがここではイネ科で代表させた)
単子葉:Alliumなどイネ科でない単子葉植物
低木:Caragana2種

結果
 バイオマス指数を比較すると柵内が3.04倍も多かった。タイプごとに比較すると、図4のようになった。


図4 植物群ごとの柵内外でのバイオマス指数


 1年草は予想通り柵内外で違いがあまりなかった。イネ科は多年草だから柵内が圧倒的に多く、それは図1で明白である。同じイネ科でも小型は採食をまぬがれやすいので、違いは小さ買った(図4)。低木もイネ科並みに違った。
 双子葉草本は逆に柵外の方が多かったが、その主体はArtemisia adamsiiとfrigidaであった。家畜に採食される外で多いのは不思議かもしれないが、理由は1)柵外ではイネ科が少ないので被陰されない、2)Artemisiaは強い匂いがするので家畜が好まないためと思われる。
 かくして、柵内はイネ科、低木、1年草雑草で、柵外は1年草雑草と双子葉草本で特徴づけられるということが確認された。何れにしてもバイヤンウンジュルでは1年草雑草が多いのが特徴的であった。

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予想3 面積 - 種数曲線の比較
 柵内では採食を免れていた植物が生育できるから、群落の多様度が高くなり、一定面積内に出現する植物種数が多くなると予想される。

方法
 群落の多様性を比較するために、面積-種数曲線を描いた。そのために10cm四方の区画から、面積をほぼ2倍に拡大して2m四方まで拡大し、新たに出現した種数を記録した。

結果
 面積-種数曲線を見ると予想とは違い、柵内外で最大出現種数に違いがなかった(図5)。


図5 柵内外の面積-種数曲線


 そして、1m^2まではむしろ柵内の方が少ない傾向さえあった。群落高が低い芝生状の群落では調査面積が狭いうちから種数が増えて小面積のうちに飽和する傾向があるが、ここでも群落高の低い柵外でその傾向があった。柵内では調査面積が広くなるほど種数が増え、4m^2においても飽和していないようだった。
 ブルガン飛行場の場合、柵内では草丈が伸び、柵外にあまりない草丈の高い草本が生育し、しかも柵外にある小型の草本類も残存するため、柵内で種数が多かったのだが、BUにおいてはイネ科や低木が背丈が高くなることはあったが、草丈の低い草本類がないことが多く、種数は少ないままだった。
 ブルガンとの大きな違いは大型の(直立型、分枝肩など)の草本が侵入していないことで、これらがもともとないのか、あるいは元々はあるのだが、柵を作った時点ですでに採食影響によって失われ、十数年経過しても回復できないのかは判断できない。いずれにしても言えることは、森林ステップで起きた「採食影響を排除すると柵外になかった生育型の草本が増加する」ことはなく、草丈は回復したが、種数は10年以上たっても回復していないということである。深林ステップとBUの違いは基本的には降水量の違いだから、乾燥地では採食影響がなくても大型草本は乏しいという背景があるものと思われる。

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