🌸保元の乱
☆国の権力闘争が初めて武士同士の戦いで決まる
⛳平安時代の保元の乱
☆後三条天皇の代になると天皇の権力が復活
☆後三条天皇の代になると天皇の権力が復活
*白河、鳥羽天皇も親政を敷く
*譲位したあとも政治を行う院政を開始した
☆鳥羽上皇
*子の崇徳・近衛天皇に代わって政務を執り続けた
☆父に不満を抱く崇徳上皇
*関白・藤原忠通と対立していた弟の頼長が接近
*忠通は後白河天皇と結んだ
☆近衛天皇が崩御
☆近衛天皇が崩御
*崇徳の子ではなく、弟の後白河が天皇に即位した
☆上皇と天皇の対立は激化
*各々の味方となる平氏・源氏の武将を招集
*保元の乱となり、戦いは後白河天皇側が勝利した
☆崇徳上皇は流刑となった
⛳夜襲を決断した陣営が勝利する
☆後白河方の源義朝・平清盛らが率いる軍勢
*崇徳方が籠もる白河殿を急襲
*崇徳方が籠もる白河殿を急襲
*先制攻撃が功を奏し、4時間ほどの戦闘で勝敗は決した
☆崇徳方でも源為朝が夜襲を提案していた
*南都の僧兵を頼みにしていた藤原頼長がこれを拒否していた
☆結局、夜襲を仕掛けた方が勝利する結末となった
⛳合戦の影響
☆平清盛の評価高まり武家政権確立が前進する
☆乱は天皇家、摂関家、武家ともども肉親同士での潰し合い
☆乱は天皇家、摂関家、武家ともども肉親同士での潰し合い
*父と弟を失った源義朝の力は弱体化した
☆平清盛は論功行賞で高い評価を受け、政治的影響力を持つ
*政の頂点へと突き進んでいく
*政の頂点へと突き進んでいく
☆保元の乱は、武家政権のきっかけとなった
⛳勝軍の将、後白河天皇
☆鳥羽法皇の子で保元の乱後譲位する
⛳勝軍の将、後白河天皇
☆鳥羽法皇の子で保元の乱後譲位する
*上皇、法皇となり院政を敷いた
☆平氏の力増してくると、平氏を討つ算段を企てる
☆政権が源氏に移ってからも頼朝と弟義経の軋蝶につけ込み
*武家の力を削ごうとした
☆己の立場を利用したしたたかさ、変わり身の早さから
*頼朝に「大天狗」と兪やされた
*頼朝に「大天狗」と兪やされた
🌸平治の乱
☆信西打倒のクーデターは清盛の一人勝ちで終わる
⛳平安時代の平治の乱
☆白河上皇の院政
*再び朝廷内で政争の火種が燃え上がった
☆平清盛より下位となってしまった源義朝
*院の近臣・藤原信頼に取り入って出世の機会をうかがう
☆義朝は清盛の留守を狙って院の御所を襲撃
☆義朝は清盛の留守を狙って院の御所を襲撃
*上皇の側近で信頼の政敵・信西を自害させた
*邪魔者が消えたことに気を許した信頼
*政治を独断で取り仕切る
☆清盛は密かに天皇と上皇を避難させる
*清盛は、信頼・義朝追討の宣旨を得て内裏を襲撃する
*義朝は信頼とともに戦うが敗走
*信頼は捕縛のうえ斬首
*信頼は捕縛のうえ斬首
*義朝は逃亡中に部下の裏切りで殺された
⛳成否を分けた藤原信頼の失敗
☆クーデターを起こした藤原信頼と源義朝
*二条天皇と後白河上皇を平清盛に奪還されてしまう
☆この失態に義朝は、信頼を罵った
*「日本一の間抜け者に協力してバカなことをした」
⛳勝軍の将、平清盛
☆貴族政治を終わらせた平氏の棟梁
☆平治の乱では一度信頼に従うふりを見せつつ
⛳勝軍の将、平清盛
☆貴族政治を終わらせた平氏の棟梁
☆平治の乱では一度信頼に従うふりを見せつつ
*その間に二条天皇を女装て内裏から脱出させた
*大局を見る目に優れていた
☆乱後は立身出世を果たし政界に君臨した
☆娘たちを摂関家や天皇家に嫁がて権力を盤石なものにした
☆日宋貿易を開始して富を築く
*神社や寺へ積極的に寄進した
⛳平氏一門が繁栄し没落していく源氏
☆戦いに勝利した清盛は、武士として初の公卿となった
*神社や寺へ積極的に寄進した
⛳平氏一門が繁栄し没落していく源氏
☆戦いに勝利した清盛は、武士として初の公卿となった
*その後、朝廷の最高職である大政大臣に任じられる
*朝廷の高位高官のほとんどを平氏―門が独占
*朝廷の高位高官のほとんどを平氏―門が独占
☆敗北した源氏は一族の多くが殺害され、急速に衰退
*義朝の3男で嫡子・頼朝は一命を取り留め、伊豆に流された
*20年後、頼朝は平氏打倒の兵を挙げる
*義朝の3男で嫡子・頼朝は一命を取り留め、伊豆に流された
*20年後、頼朝は平氏打倒の兵を挙げる
(敬称略)
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⛳出典、『日本の合戦』
古代~中世の戦乱5(保元の乱・平治の乱)
(『日本の合戦』記事より画像引用)