木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

刺身

2007年08月01日 | 江戸の味
先日は土用の丑だった。ウナギを口にした人も多いのでは。
この時期、メゴチもおいしくなる。この魚、天ぷらにするのが一般的だが、「うま煮にする方がおいしい」と言う人がいる。
明治27年に生まれ、昭和39年に入滅した魚谷常吉と言う人である。
この人は、神戸で「西魚善」という料亭を営み、昭和10年代には14冊の著作を著している。
同時期の北大路魯山人が脚光を浴びているのに対し、忘れかけられた存在であるが、実力者の蘊蓄は深い。
最近は、居酒屋でも刺身を綺麗に盛りつけるところが多くなった。
細かく砕いた氷にすのこを敷いて、見た目も涼しい刺身は、日本人独特の美学さえ感じる。
中身がどうあれ、見た目だけでも十分食指を動かされる。
さて、料理通の魚谷常吉は、好きな刺身についても述べている。
マグロでうまい部位は中トロと呼ばれ、適度に脂肪を持っているところで、紋付連中はトロを賞味しているが、あれは脂肪の塊りとでもいうべき濃厚なもので、マグロとしての本味ではない。これらは春先になると非常に味が落ち、赤身にようやくマグロの本味が残るくらいである。マグロが不味になると、カジキとキハダがそれに変わる。(略)マグロの代用品にギカジキ、シロカジキ、ビンナガなどが用いられるが、いずれも価格は低いが、味に格段の相違があるので、一流の店では絶対に使われない。
その後も産地を入れて、好みの刺身を述べている。
鎌倉海老、琵琶湖のコイ・フナ、紀州の平アジ、明石鯛、瀬戸内海多島海のサワラ、下関のフグ、日出の城下ガレイ、土佐の鰹、尾道の小エビと続く。
その中でも食べてみたくなったのが松江宍道湖のスズキである。
晩夏に湖より海に下る落ちスズキの味は格別である。
刺身にするには、300匁くらいの大きさのものが理想で、それも腹の真ん中あたりが最もうまい。これを一寸角、厚さ二分くらいに包丁し、軽く冷水で洗い、カットグラスかなにかに盛り、水郷の旗亭で頂くと環境と味が一つになり、一層その美味を感じるものである。

刺身を食べる時、つくづく日本人である幸せを感じる。

味覚作法 魚谷常吉 平野雅章編  中公文庫
スズキの洗い