北奥千丈岳での事だ
僕のザックのウエストベルトの小さなポケットには、「そのまんまレモン」とか飴なんぞが入れてある、歩き始めて小一時間、朝食がパンを一つ嚙っただけだけなので、もうお腹が空いてしまった。
ポケットを探ると、これが出てきた
明治のミルクチョコレートだ。
乳脂肪分が分離して白くなってしまっている。
あ、そうだねこのチョコレートをもらったのは去年の事だ。
僕は浅間山に行こうと、小海線で小諸に向かっていた。僕の向かいの席に初老のオジサンが座った。
「山登りですか?」オジサンが話しかけきた。
(はい、浅間山に行きます)
べつにオジサンは山登りが好きなわけではなさそうだ、でもニコニコして僕の話を待っていた。
(えっと、あそこに見えるのは八ヶ岳です。あの一番高いのが2899m赤岳で~す)
「ほうほう、」とオジサンはポケットからチョコレートを取り出し「どうぞ」と僕にくれた。それから僕は旅のヨタ話や、山の経験談をを面白おかしく話した。一つ話が終わるたびにオジサンはどうぞ、とチョコレートを一欠片くれた。
電車は信濃川上駅あたりを走っていた。ここから千曲川とその奥の山波が見える。
(この山の奥に千曲川の源流があります。西の方角に三国峠、その少し北側にあの日航ジャンボ機が墜落した御巣鷹山があります)
ずっと聞き役だったオジサンは、ちょっとハッとした顔をして静かに話し始めた。
「そうですか、御巣鷹山が、 実は私の仕事の同僚が乗っていまいしてね。仕事が遅れて。あの飛行機に乗るはずではなかったんですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(そうですか、痛ましい事故でしたね)
僕はあの時 8/12 1985 お盆休みで剣岳に岩登りの合宿帰り、日本海沿いの食堂のTVでこの事故を知った。
もう、僕はヨタ話をやめオジサンの話を静かに聞いていた。
オジサンは小海駅で降りていった。別れ際にオジサンは残っていたチョコレートを僕にくれた。 (ありがとう、山の非常食にとっておきますね) とウエストベルトのポケットに入れておいた。
去年の秋の話だ。
8/12 2014