壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

小豆粥

2009年01月14日 20時55分36秒 | Weblog
        罅(ひび)に刃を合せて鏡餅ひらく     美代子

 正月十一日は、鏡開きといって、正月に歳神様に供え飾った鏡餅を小さく割り、お汁粉にしたり、雑煮にしたりして食べる。その際、鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などで叩き割ることを開くといっている。

        明日死ぬる命めでたし小豆粥     虚 子

 その鏡餅を入れて、どんどの火で炊いた小豆粥を食べると、一年中の災いを除くことが出来るという、古い民間信仰があった。
 紀貫之の『土佐日記』にも、
     「十五日、今日、小豆粥煮ず。口惜しく」
 という一節がある。土佐から京へ帰る旅の、船中の不如意を嘆いたものである。

 また、この十五日の粥のことを、十五夜の満月にかけて「望粥(もちがゆ)」と言ったのを、後世は「餅粥」の意に取り、鏡割りのお餅を小豆粥に入れることとつながったと思われる。

        みす几帳逃ぐるを追うて粥木かな     東洋城
        粥杖に冠落ちたる不覚かな         鳴  雪

 ところが、その望粥を煮るのに使った燃え残りの木を「粥の木」とか「粥杖」と言って、それで女性の尻を叩くと、子宝に恵まれると言い伝えがある。
 そこで十五日、小正月の日には、女たちがお互いに粥の木を隠し持って、相手の尻を叩こうと、御殿の中をきゃっきゃっと追いかけっこをするという、賑やかな光景も見られたことであろう。
 清少納言の『枕草子』には、
      「かたみに打ちて、男をさへぞ打つめる」
 と、騒ぎの果てには、子宝とは縁のない、男の尻をさえ打つほどの騒ぎになった、と書かれている。


      小豆粥 手元不如意は嘆くまじ     季 己