しょーきゅーし

怪しい妖しい尚休の、一寸気抜けの(含む危ない、過激)プレゼンツ&箴言?を

家鳴り

2006年02月04日 21時16分11秒 | あっち
 今住んでいる家は、上さんの家である。
 自分と結婚するまでは一人で暮らしていた。其のあたりは自分も良く知らないのだが・・・ 

 上さんと出会って間もない頃、自分は、お決まりの座長の突然呼び出しで長野に出かけていた。(例の旅館で撮影中の怪現象のやつ、これは座長の話で有名だからあとで)
 其の頃は携帯電話も無かったので、家に帰ってくると、「電話があったよ。」とのこと。
 仕事で居ないことは言っていたのになんだ?急用か?
 連絡を入れると、「凄い音がして怖くて居ないの分かっていたけど電話せずには居られなかった。」と、なにー?

 元々、家鳴りは(ラップ音)は、しょっちゅうだったらしいのだが、其のときは格別、家全体が軋むかのようにミシミシバシバシだったらしい。

 良く考えると、その同じ時間に、自分は、旅館のなかで、あれこれの目に遭っていた訳だ。
  <あれ:押入れの中で・・・ これ:あるはずの無い赤い光・・・等々>

 この場合、どっちが面でどっちが地だったんだろうか。

 自分が住むようになって、家鳴りは、ほとんど収まったのだが、時々、人が泊まると面白い目に遭ってる。

 ・窓が閉めてあるのに、部屋の中で風が渦巻く。
 ・時計は無いのに時間が分かる。丸型の温度計湿度計を見て時計と勘違いして。
 ・妙に静かだったり、逆にうるさかったり。

 泊まらなくても、見えない猫にスリスリされる事もしばしば。

 さーて、大本はどっちでしょう。  写真はプミー、目つきがゴジラ

             今日の箴言
<何か事があると、人は自分のせいにはしたがらないものだ。但し、それを認める事が自分にとって有益な時は、大声で自分の手柄にする。>

肩書きとペルソナ

2006年02月01日 22時15分21秒 | こっち
 先ほど地震があった。
 いきなりだとビビッて落ち着き払った仮面が落ちる時も、ある。

 肩書きは、名刺等の上に書いてあるものだが、それを外すと何も無い。
 そんな人が居るらしい。

 自分などは、いくつかの肩書きを使っているが、其れが全てを現している訳ではない。それぞれに対応したペルソナ(仮面ね)の役割を演じている訳だ。
 かと言って、被るペルソナ全てに肩書きを持っている訳では無い。し、付き合う人全てに対してペルソナ被っている訳では無い。(特にアルコールが入ると直ぐに脱いでしまい過激になるのはご存知の方も多いかと・・・)

 例えば:柔道整復師・院長・副院長・宗家・四代目・総導師・総帥・太源導師・
     顕幽導師・座員・ファミリー・ブレーン・優婆塞・等など。

 当然、自称であるし、法的根拠のあるものは少ない。其の分、訳が解らないモノもあるのだが、全て事実である。
 これは、自分が組織に属して居らないことが最大の要因であろう。以前であれば、<日本なんたらかんたら会員>とかも、いくつかくっ付いていた。
 あ!「宇都宮レーシングクラブ代表」と言うのもあったし、「MFJ競技役員」とかレースや大会、スーパークロス、全日本選手権などの「救護」副長なんてのも有ったな、そういえば。

 言いたいことがズレて来たので修正。今日の箴言に行っちまおう。
・表の肩書き、裏のペルソナ
・肩書きは、身分や地位を現すが、本人の全てを現している訳では無い。
・ペルソナを分化しすぎて本来の自分を見失うは愚。

 自分をシッカリ見つめましょうと言うことか?何が言いたかったのか解らなくなってきた。「そういうお前は」と問われれば、しょーきゅーしの尚休ですとしか言いようが無い。
 
 因みに、説明するのも落語のサゲを先に喋るようなもので御莫迦なのだが、・・「小休止」に掛けた「尚休子」であり(孫子・呉子・孟子・墨子・尉了子・韓非子の子)「尚休師」「尚休氏」でもあったりする。元々、法名だし「なおさらやすむ」のだから受けての感性で、どうとも解釈してくれて結構なのである。

 で?だから?

 此処に表現できるのは、目に見えて分析・理解できるであろう自分の、極一部であり、全てではない事を、表現者としての自分がわきまえていることにより、傲慢さを排除しつつも、芸人?としての立場での?興味の対象足るべく、ある程度の情報公開により、自分の売り込みなり、受け取る側の「浄化」「笑い」「健康」なりに寄与できればと考えて、いるし、もらえれば嬉しかったりするのが、業なのだ。