ついに小泉元首相がクーデタ宣言(?)。いっせいに麻生批判が沸き起こったのを瞬時にとらえて、自己PR。いまが戦線復帰と考えた、小泉さんのまあ天才的な勘だな。しかし、いずれにせよ、麻生政権に対する致命的なボディブローであることはまちがいない。
しかし、あまりになさけないのは小泉発言のあとの麻生総理の「その話は聞いておりませんのでお答えできません」という発言。新入社員に毛の生えた程度のフレッシュマンみたいな記者の原稿棒読み質問にも余裕なく、逃げの答弁の繰り返し。そもそも「総理」とはすべてを統率している役割だから、「聞いていない」という回答が許されないはずだ。ベテランの記者だったらすぐその点を突いたろう。
カギは言うまでもなく、定額給付金法案の関連法案再議決に必要な衆議院定数2/3を覆す17名の反乱だろう。小泉さん出席の会合が幹部だけ17名の出席というのも偶然かどうか。まあ、ここまでやれば、これで何も起こらなければ小泉さんは混乱を起こしただけの引退政治家になってしまうので、おそらく面子にかけて何らかの行動を起こすのだろう。いよいよ小泉劇場第二幕の幕開けだ。
しかし、あまりになさけないのは小泉発言のあとの麻生総理の「その話は聞いておりませんのでお答えできません」という発言。新入社員に毛の生えた程度のフレッシュマンみたいな記者の原稿棒読み質問にも余裕なく、逃げの答弁の繰り返し。そもそも「総理」とはすべてを統率している役割だから、「聞いていない」という回答が許されないはずだ。ベテランの記者だったらすぐその点を突いたろう。
カギは言うまでもなく、定額給付金法案の関連法案再議決に必要な衆議院定数2/3を覆す17名の反乱だろう。小泉さん出席の会合が幹部だけ17名の出席というのも偶然かどうか。まあ、ここまでやれば、これで何も起こらなければ小泉さんは混乱を起こしただけの引退政治家になってしまうので、おそらく面子にかけて何らかの行動を起こすのだろう。いよいよ小泉劇場第二幕の幕開けだ。
ここ数日で、小泉氏が報道等に現れるようになり、嫌悪感で一杯です。「何故今頃?」「またポリティカルゲームを繰り広げるのか」と・・・。しかも、定額給付金の国会議論を小泉氏のロシア訪問の不在時に行うという体たらくさ・・・。首藤氏がおっしゃるように、疑問を通り越して不快感で一杯です。そして、一連の過程をなんの批判もせず、報道する、マスコミにも同様、嫌悪感を覚えます。
私は、政治を大きく変えることはできませんが、「変な」こと、「疑問に思う」ことを、
市民の普通の会話で伝え合う・・・そんな政治風土を作っていくことが大切だと思っております。
現在の民主主義システムがもう現実社会に機能しないことは明らかで、ヨーロッパを中心に新民主主義システムの研究が行われ、そのひとつがdeliberative democracyと呼ばれるもので、市民がさまざまなテーマを話し合って、それを政治に反映させるシステムです。ところが日本にはまさに討論の伝統がなくて、最初から「民主乙はだめだ」「小沢はきらいだ」みたいな結論になってしまう。これは福沢諭吉が最初から指摘していることで、文化的な側面もあるでしょう。だからこそやはり、日本的な新民主主義を作っていかなければならないと思います。落選で中断していますが、またかならず復帰して研究し実践していくつもりです。
先日も、友人と子育てについて話しております。
友人の住む地区は、保育園の入園が150人待ちで、しかも優先されるのは、「女親が納税者の家」だとのことでした。二人で、それはおかしい、と話しておりました。理不尽な現実に憤りを感じました。(ちなみに友人は、納税者ですが、そういう順位のつけかたに憤りを感じていました。)
ささいなことですが、こんな理不尽さやおかしいこともあまり話そうとしない風土があるのが日本だと思いました。アメリカまではいかなくても、子育て最中の親も、一緒にショッピングに行くだけでなく、子育てから見える世の中をお茶を飲みながら話していけたら・・・と思います。
皆がおかしいことや疑問に思ったことを口にださず、閉ざし始めたら、よくないと思うのです。そして政治を考えることは、自分以外の他人のことを考え慮ることだと、最近思い、政治の話を身近に感じ始めています。
ところで、最近、演説していると親子連れで、お母さんが言いつけるのでしょうか、子供がチラシを取りに来ることがやたらと多くなりました。きっとAさんと同じように考える方が増えたのだと思います。