すとう信彦 & his band

社会起業家(チェンジメーカー)首藤信彦の日常活動とその仲間たち

高校生の主権者教育???

2015-02-17 21:18:13 | Weblog
http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015021701001531.html
首相:あらゆる機会を通じて主権者教育を進める.......選挙権年齢18歳まで引き下げ....
選挙権年齢を原稿20歳から18歳以上に変更するそうだ。次の参議院選挙がその最初の機会になる。
これまで否定的だった自民党がなぜかねと思うが、こう言っているというか、官僚に言わせられている「若い世代の投票率向上...国や社会の問題を自分の問題として..行動する主権者を育てることだ...」まあ、官僚の作文だからどうでもいいのだが、内容は正しくても、彼の口から言ってほしくないことばかり。本人は原稿を棒読みしているから別に心が痛まないのだろう。
この中の本音は「投票率向上」だ。自民党はネットの操作に自信をもっていて、ネット選挙になれば、勝利まちがいなしと誤解するノウテンキな人もいるからね。本気で投票率向上というなら、高校生じゃなくてサラリーマンとかOLにこそ「主権者教育」したらどうですか?どんなツールがあるのだろうか?コミュニティカレッジ?地域市民活動?
いや一番効果があるのは、地上波のワイドショーでしょう?
高校生の教育自体は200%賛成だ。小泉選挙で落選したとき、現代政治改革...みたいなタイトルの本を書くつもりだったが、考えを変えて、岩波ジュニアブックから高校生のための政治を書いた。本当は大人に読んで欲しかったのだけどね。
この中で高校生の政治参加の例として、フランスの高校生組合のデモとか、アメリカの高校生の市長なんかの話もとりあげた。高校生は「主権者教育」なんかの対象じゃなくて、主権者そのものであると自覚して欲しい。

アベ首相はなぜJA全中廃止にこだわるのか?

2015-02-12 10:30:30 | Weblog
なぜアベ首相はJA全中廃止にこだわるのか???と不思議に思っていたら、今朝の日経新聞に面白い記事を見つけた。官邸はきっと日経しんぶんは仲間だと思っているから検閲してないのだろう。要するに、それは第一次安倍内閣の崩壊につながった日豪経済連携協定の交渉時のJAの態度だというのだ。日豪関係を切りひらいたのが、アベ氏が尊敬してやまない、祖父の岸信介だそうだ。それにけちをつけたやつは許されない。
今思い出すが、アベ氏がやはり「攻めの農政」の切り札として重責を担わせたお仲間の松岡利勝農相のなぞの死?というハプニングもあった。この恨みが今のこの時点での意味不明のJA全中廃止圧力になっているという分析だ。これはもう政治心理学の分野の研究者はぜひ飛びついて分析してほしい。
アベ政権とはつくづく暗い政権だと思うが、多くの評論家が言うように、劣等感の強いアベ氏は、自分が馬鹿にされた恨みは心底忘れないで、じっと復讐の機会を待っているのかも知れない。なるほどね。。。

ついに足を入れた獣道ー新ODA大綱を考えるー

2015-02-11 21:23:20 | Weblog
アベ政権=「アベと幼稚で危険な仲間たち」がついにケモノ道に足を踏み入れた。これは戦争ごっこをやりたいアベと何が何でも経費を削減したいオバマの共作ともいえる。ケモノ道を教えたのは、小泉政権時代に日本にやってきたコンドリーサ・ライス国務長官だ。彼女はなんと「アメリカと日本はこれまで世界平和のために協力してきた。これからは日本の海外援助も一緒にやりたい、アメリカの考える平和に資する形でODAを使って欲しい。。。」というような発言をしたのだ。
しかし、日本のODAは、日本が太平洋戦争時に損害を与えた国への戦後賠償が原点だ。その後、そのようなアジアの国(やがて世界の発展途上国)の経済発展に貢献する形へと変化を遂げた。それでも、万が一にも日本の国民の税金が発展途上国の経済発展以外に使われることは無かったのだ。
一方、日本は1989年の第一次湾岸戦争以来、アメリカに軍事費相当額を貢献した。それが日本の躓きの石だ。それに踏み切ったのが当時、豪腕というあだ名の小沢一郎自民党幹事長だった。
やがてその路線に”Boots on the Ground"すなわち、実際の軍隊の現場への派遣路線へのシフトが始まり、イラク戦争を契機としてついに多国籍軍への自衛隊の後方支援が始まった。
この二つの路線を合流させようとしたのが、当時のブッシュ政権だ。ライス女史の発言は、この流れを知っているものには背筋の凍る思いだったが、各メディアは実にあっさり無視したのだ。ライスはそれでも、ケモノ道の暗い穴を示しただけだ。さすがに日本もそこに足を入れなかった。民主党政権時には小生などが目を光らせていた。
しかし、今度ははついにこの獣道に日本は足を踏み入れる。
 皆さん、「道」と言う字になぜ「首」があるのかご存知だろうか?
 ぜひ白川静の金文解説を読んでいただきたい。。。。。。。。
今度は、ついに紛争地への多様な支援に国民の税金が使われる。もう国民はこれで共犯になったのだ!
多少、安全保障分野での知識があり、紛争地の経験がある者として、つぎのことを明言しておきたい。

        紛争地には前線と後方の区別はない。
           紛争地には軍事と非軍事の区別はない。
             紛争地には軍事支援と人道支援の区別はない。
                紛争地には周辺も含め安全な地域はない。(首藤)
    
http://www.47news.jp/news/2015/02/post_20150211124911.html

ブーメディエン容疑者登場ビデオその2

2015-02-08 22:00:01 | Weblog
シャルリー・エブド事件とユダヤ系スーパー襲撃事件とは、それぞれ本人達が言っていることを真実とすると、前者がアラビア半島のアルカイダ系、後者がイスラム国系ということになっているが、このビデオの中では、リーダーの男がさかんにクワイシ兄弟のことを「わが兄弟」と言っていて不思議な気がする。むろん双方は画面に登場するアヤト・ブーメディエン容疑者でつながるのだが、血で血を洗う競合関係にある対立組織が実行したことをあまり表だっては称えないものだ。どうも不思議な点が多い。この事件ではフランス政府が何か情報操作しているとの疑いを禁じ得ない。
もう一つ驚愕したのは、ビデオの中で男が、イスラムが弾圧されそしてイスラム教徒が蜂起している地域に、フィリピンとミャンマーの名をあげたことだ。これはイスラム国がアジアのイスラム圏を自分たちと共通の価値観や目的意識を持っていると理解していることを意味する。しかし、多少イスラムやあるいは少数民族や宗教問題が絡んで紛争が続発するアジア社会の問題を知っているものには、イスラム国の男が長年イスラム教徒のゲリラとの紛争を続けたフィリピンはともかく、ミャンマーの名をあげたことを知れば、多少なりとも心に感じるものがあるにちがいない。
いわゆる「ロヒンギャ」問題は、民族対立の深刻化するミャンマーで、特に深刻な状況にある。アウンサンスーチ女史ですら、この問題を記者に聞かれれば回答を受け流す。これは国境を越えた、バングラデッシュ内の仏教寺院の破壊とも関係し、イスラム対仏教というこれまであまり真剣に分析されていなかった問題がこの地域から先鋭化している。いや、ミャンマーだけでなく、タイの紛争、さらにはマレーシアなどの複雑な民族構成を持つ東南アジア諸国にとって今や脅威となりつつある。少なくとも私はそう見ている。
イスラム国参加の外人部隊の中に、初期の映像の中にもカンボジア出身の参加者がいる。カンボジアに縁の深い研究者にも、ポルポト時代のイスラム教徒の虐殺は知らない人がいるが、この問題は近い将来、必ず東南アジアの大きな潜在的リスクに発展してくるだろう。その思いは、このイスラム国のビデオから確信に変わった。

シャルリー・エブド襲撃事件のキーパーソン:ブーメディエンの登場

2015-02-06 22:10:08 | Weblog
http://edition.cnn.com/2015/02/04/europe/kosher-grocery-attack-boumeddiene/index.html
 CNNでも報じられたがイスラム国の戦士勧誘ビデオにカムフラージュ服に身を包んだアヤト・ブーメディエンとおぼしき女性が登場した。クワイシ兄弟のシャルリー・エブド社襲撃、クリバリによるユダヤ系スーパー襲撃の共通の接点が彼女だ。見方によっては彼女こそがこの一連のオペレーションの司令塔かもしれない。この事件はアルジェリア・コネクションが非常に強い事件だ。黒人のクリバリ(セネガル系)が入っていることで、その登場人物像はモザイク状になってはいるが、実態は非常に強いアルジェリア系人脈が起こした事件でもある。
 ビデオは日本刀(なぜ?)を持った覆面男性がフランス在住の400万人のイスラム教徒に蜂起を促すもので、ここでフランスを脱出してイスラム国への合流をよびかけるのだが、それを「ヒジュラ」と言っている。言うまでもなくムハンマドがメッカでの排斥と圧迫を受けてメディナに脱出して、捲土重来を期した歴史的出来事だ。イスラム誕生の原点かもしれない。イスラム国への参加が「ヒジュラ」として位置づけられていることは、このビデオを見るまで知らなかった。
 フランスを「偽善者」に満ち満ちた国と表現しているのも興味深い。フランスの主張する「自由」を「偽善」ととらえているということだ。そのメッセージは社会の底辺の階層から這い上がるすべの無い若者に、強い共感を生むのだろう。そのフランスから脱出せず残るなら、そこで警官をナイフで襲ってピストルを奪え、そのピストルで今度は兵士を襲って銃を奪え。。。というような具体的な行動の示唆は大変危険な挑発だと思う。現実に発生している事件はそういう発展経路をとっている。
 話の中で覆面のリーダーがクリバリの行為を殉教とたたえるなど、彼の話におよぶと、とたんに覆面の女性が動揺しはじめることが画面から読み取れる。何度も覆面に触るところを見ると、涙が流れているのかもしれない。彼女はほんとにアヤト・ブーメディエン容疑者の可能性が高いと思う。
 呼びかけビデオは、最後に「テクビル→アラーフアクバル」を三回連呼して終る。これを見る限り、リーダーの演説力にも驚くし、イスラム国の原点となったザルカウイ指導者の主張とコーランの祈りなどが、有機的に組み合わされていて、これを見たフランスの若者に新鮮な強いメッセージとなる可能性を否定できない。果たしてフランスだけでなく、ヨーロッパ諸国の政府で、このようなビデオを打ち消すような若者向けのメッセージが発信できるであろうか?改めてイスラム国の潜在的能力に脅威を実感した。

イスラム国映像:目には目を 歯には歯を 焼き傷には焼き傷を

2015-02-05 00:25:49 | Weblog
 イスラム国側からヨルダン人パイロットの焼殺映像が流された。これには正直驚かされた。日本では遺体を火葬にするが多くの国ではそれすら許されない。遺体を焼くのは背徳の犯罪者や謀反人あるいは宗教裁判の結果で、刑罰の一種なのだ。太平洋戦争時にキリスト教圏のフィリピンで銃殺されたゲリラの遺体を日本軍がそれなりの敬意をもって荼毘にふしたら、「焼き捨てた」と解されて終戦後戦争犯罪が問われた。
 イスラム国には幾つかのお互い融合しない要素が組み合わさっているが、その一つが伝統社会に根付いたイスラムの宗教観で(必ずしもイスラムの正統的な考え方ではない)で、処刑は「目には目を」的な復讐原理に基づいているのだと思う。だから、捕虜となったシリア兵や反乱を起こした部族に対する容赦ない残虐な対応となるのだろう。従い、銃をもって侵入すれば、あるいはそれに協力すれば、それ自体で死罪となる。そうとでも考えなければ、このようなイスラム国の残虐な刑罰の説明がつかないだろう。
 この「目には目を...」の最古形はまさにこの地にゆかりのあるハムラビ法典に見られるが、それは決して復讐を推奨しているのではなく、処罰の上限を定めたものと解釈されている。時代は下がって、旧約聖書では出エジプト記に「目には目を、歯には歯を..焼き傷には焼き傷を....」という処罰原則がでてくる。このような原則が、多様な民族のルツボ、複雑な社会構成の中で発達した、そして現代まで生きる社会ルールなのであろう。しかし、イスラム国の宗教裁判所は、有志連合の空爆による焼殺には、刑罰としての焼殺を持って償わせるとでも主張したいのだろうか?
「目には目を」で思い出されるのは1957年のフランス映画だ。主演はドイツの名優クルト・ユルゲンス、なんと彼がフランス人医師を演じた。治療を拒まれたために妻を失った男が、その医師を砂漠に誘い出し、自分の命も犠牲にして復讐を遂げる話だ。その舞台がシリアで、医師が生きる希望を見出し、そして絶対にたどり着けないのがダマスカスだ。中東・アラブ社会の不条理を説明する際によく引き合いに出される映画だけど、昔、どこか(たぶん渋谷)で見た、目の前に広がる永遠の絶望のような砂漠のシーンを思いだした。

後藤さんは何を遺したか

2015-02-01 10:19:22 | Weblog
 早朝から後藤氏殺害のニュースが流れ、29日の人質交換期限より消息の無かった同氏の死が確定した。本来なら最初の段階で処刑される可能性があったが、ヨルダン人パイロットとの解放一体化案が浮上したことにより、新たな役割を演じて、生き延びる微かな希望が生まれたがゆえに、一層残念無念の断腸の思いだ。
 しかし、私は彼の死に「お悔やみ」も「お疲れさま」とも言わない。それは覚悟してシリアに入った後藤さんにふさわしい言葉でないと思う。
 本人自身が何よりも無念だろう。長年この地域で活動していて、自分を誘導する人がどういう人か、どういう可能性があるか十分に理解していただろう。それでも、その恐怖を乗り越える何らかの魅力に引きづられ、シリアに入った。それが何かはわからない。本人もわからないかも知れない。
 それでも結果的にこのような状況に置かれたことに、本人自身こそが無念の極みだろう。特に、自分の存在がヨルダンのそして中東の紛争の火種として利用されたことは、悔やんでも悔やみ切れないものがあるにちがいない。
 彼が生きてイスラム国を出る可能性はあった。イスラム国側も、彼の利用価値に気づいたはずだ。だから、日本政府が交渉して解放に導く手段とルートはあったはずだ。政府は何もしなかった..と確信を持って言える。政府の総力をあげて「緊張感を持って」解決に全力を尽くす..というのが大した宣言のように総理の口から出てくるが、寝ないで現地からのメールを待って右往左往するのは、一晩中太鼓をたたいて救命を祈る庶民と変わらない。
外務省中東課は自ら恥じるべきだ。いや、今の外務省全体を探しても、このような問題の解決に能力と覚悟を持った官僚を見出すことはできないだろう。昔がよかったというつもりはないが、昔は外務省にも自己保身だけでない、「俺が日本の外交を支えているんだ。。。」そんな並外れた男たちが地域ごとにごろごろいた。ユダヤ人ビザ発給の杉原千畝氏が好例だ。民間人だってそうだ。小生がいたころの商社マンには、革命直後に乗り込んでいって毛布を売りつける。。。みたいなビジネスマンがけっこういた。今ならイスラム国に乗り込んで、軍服の受注や、未亡人を雇用する縫製工場建設みたいなプロポーザルを出してチャネルをつくるというようなものだ。
 では後藤さんが遺したものは何か?自分の犠牲がきっかけで日本が「有志連合の十字軍」に加わり、自衛隊が派遣されて自分の復讐をとげることか?そうではないだろう。確かにアプローチに問題があり、行動にも甘さがあったかも知れない。それでも、彼が長い活動を経て求めたものが、この地域の平和と未来であったことは疑いを得ない。彼は残念ながら、その達成に貢献することができなかった。だからこそ、誰かがそれを引き継いでいかなければならない。骨を拾うというのは、そういう意味だ。