サッカー談義が盛んになってきたのは、やっぱり代表が発表されたからかね。なのにシーンとしていたんじゃテレビも仕方がないというわけで、懸命に焚きつけてはいるのだが。日本は代表FWに得点力がないとは常日頃から言われていること。その原因は?
多分ね「シュートで終わればいい」という甘ちゃん考えがまだ支配しているからだと重うんだけどね。どの監督に聞いても、DFがボールを取ったら、中盤を組み立てて、シュートまで持っていくことが、素晴らしいというわけだ。つまりシュートさえ打てば今の日本のサッカー指導では合格というわけで、それが入るのはたまたまでいいということにもなる。
それは選手からしてみるとアリバイ工作ってわけで、どうせ絶対に入らない枠にも飛んでないシュートでも、一応打っておけば「監督は満足する」という、こういう安易な方法がまかり通っているからなんだね。そして監督といっても、現役選手としては30年も前のサッカー知らない人ばっかりだから、それを見抜けないってわけだね。だから得点力がない。
選手は、せっかくシュートを打ったのに。観客は「シュートをしたのに惜しい」とは、これは御涙頂戴という子供だましのサッカーなんですよ。選手だって始めから「このシュートは入らん」と思って打っている。前に城というどうしようもない選手がいて、シュートはずれて笑っているのがいたけど、トリノの猿スノボーと一緒で、失敗して自分を怒っている「振り」だけしているのもいたけど、今じゃ客の方が目が肥えているわけで、けっきょく入らんシュートなら最初から打つなというわけだ。つまりジーコサッカーは、入らんシュートばかり打つアリバイチームというわけで、だから多分Wカップもさっさと負けるし、期待も薄いというわけですね。
結果が伴わないスポーツというのは、どこかで大甘なのを選手本人も知っているということですね。客や監督の目が肥えて、選手の体たらくをちゃんと指摘できるようにならないと、勝てるサッカーはできません。
それとジーコサッカーの問題は、このチームは4年前の使い古しだということですね。誰も新人入っていません。ということは、4年前にトルシエが選抜したことが、実はジーコよりも立派だったということで、使い古しで十分に今でも通用するとうこと。だったらさらに4年後でも、この使い古しがまた熟していいのかも知れません。新人が育たないという欠点の裏返しですが。
多分ね「シュートで終わればいい」という甘ちゃん考えがまだ支配しているからだと重うんだけどね。どの監督に聞いても、DFがボールを取ったら、中盤を組み立てて、シュートまで持っていくことが、素晴らしいというわけだ。つまりシュートさえ打てば今の日本のサッカー指導では合格というわけで、それが入るのはたまたまでいいということにもなる。
それは選手からしてみるとアリバイ工作ってわけで、どうせ絶対に入らない枠にも飛んでないシュートでも、一応打っておけば「監督は満足する」という、こういう安易な方法がまかり通っているからなんだね。そして監督といっても、現役選手としては30年も前のサッカー知らない人ばっかりだから、それを見抜けないってわけだね。だから得点力がない。
選手は、せっかくシュートを打ったのに。観客は「シュートをしたのに惜しい」とは、これは御涙頂戴という子供だましのサッカーなんですよ。選手だって始めから「このシュートは入らん」と思って打っている。前に城というどうしようもない選手がいて、シュートはずれて笑っているのがいたけど、トリノの猿スノボーと一緒で、失敗して自分を怒っている「振り」だけしているのもいたけど、今じゃ客の方が目が肥えているわけで、けっきょく入らんシュートなら最初から打つなというわけだ。つまりジーコサッカーは、入らんシュートばかり打つアリバイチームというわけで、だから多分Wカップもさっさと負けるし、期待も薄いというわけですね。
結果が伴わないスポーツというのは、どこかで大甘なのを選手本人も知っているということですね。客や監督の目が肥えて、選手の体たらくをちゃんと指摘できるようにならないと、勝てるサッカーはできません。
それとジーコサッカーの問題は、このチームは4年前の使い古しだということですね。誰も新人入っていません。ということは、4年前にトルシエが選抜したことが、実はジーコよりも立派だったということで、使い古しで十分に今でも通用するとうこと。だったらさらに4年後でも、この使い古しがまた熟していいのかも知れません。新人が育たないという欠点の裏返しですが。