白雲去来

蜷川正大の日々是口実

開港祭なのだが。

2024-06-04 10:53:52 | 日記

6月2日(日)曇りのち雨。横浜開港祭。

朝食は抜いた。昼は、久しぶりに伊勢佐木町に昭和48年から営業しているカレーラーメンの「太源」へ行った。いつもの「メンマ・ワンタンメン」。体調が悪いこともあって珍しく残してしまった。その後、事務所へ。旧知の新垣玄龍氏から、自伝『任侠愚侠に死す』(さくら舎)をご恵送頂いた。ここの所、献本が続いて嬉しい悲鳴を上げている。産経の「週間ベストセラー」の8位に『元朝秘史』(白石典之著・中央公論新社)という本が紹介されていた。『週刊新潮』に連載されているのが百田尚樹氏の「モンゴル人の物語」。これを毎週楽しみにして読んでいる。ただ歳のせいか登場人物のカタカナの名前が中々覚えられないのが難儀である。『元朝秘史』を読むのが楽しみである。

今日は、横浜の開港祭である。横浜港は安政六年六月二日に開港された。開港時には特にこれを祝う行事などは行わなかったが、翌年六月二日に開港一周年を記念して民衆が山車などを繰り出して祝ったのが横浜の開港記念日の始まりとされている。現在は毎年六月二日が横浜の開港記念日と定められており、横浜市立の学校は休業日となる。

ちなみに横浜市歌は、明治四十二年七月一日に横浜港の新港埠頭で行われた「開港五十年記念大祝賀会式典」の席で、初めて披露された。以来、市民に広く歌い継がれている。作詞は森林太郎(森鴎外)、作曲は東京音楽学校教師の南能衛(よしえ)。この曲は、横浜市が東京音楽学校に仲介を委託し、南が作った旋律の上に、森が歌詞を作り、完成させたものである。横浜の公立の小・中学校を出たものならば、その「横浜市歌」を歌えないものはいない。夜、お世話になっている方が用意してくれた、みなとみらいでの花火観賞の桟敷。残念ながら雨で座れることが出来ずに中止した。

仕方がないので、藤棚の町中華で花火を観戦するはずだった人たちと残念会。松本佳展君に送って頂き帰宅。


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