ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(6)

2016-12-11 21:30:51 | Weblog
有紗もまた、美少女ゆえに男子生徒に一番人気だったが、やはり女子にも好かれていた。5,6人の女子生徒の輪の中心に、有紗がいる光景を毎日のように見かけた。彼女がどんな事を話しているのか気になったが、他の女子生徒が言うには「どちらかというと有紗は聞き役」「相談に乗ってくれて、アドバイスしてもらう」という立ち位置らしい。

教室では席が近いにもかかわらず、恋人の藤沢とはほとんど話さない。むしろ友人に囲まれていない時は、文庫本を手にしている。「矢野は本が好きだね」と話しかけると、有紗は嬉しそうに「次のページをめくるのが楽しみなんだ」と言った。そうした時も、僕の方を見てくれず、活字から目を離さないのだ。

有紗は文学少女である反面、運動神経も優れていた。僕は根無し草で、いろいろなクラブを転々としていたが、有紗は陸上に情熱を傾けていた。

僕が2年生の半年ほど、テニス部に所属していた時、走っている彼女を見た。ハーフパンツからすらりと伸びる白く優雅な足が、激しく躍動していた。隣のレーンで同時にスタートした女子部員を大きく引き離す。それでも最後まで流さずに走り抜ける。彼女は速かった。美しかった。それを何本も繰り返した。

そのうち、さすがの彼女も、疲れを隠せなくなった。もう100メートルを何本、走ったのだろう。見るからにスピードは鈍っていた。走り終えた後、彼女は屈みこみ、しばらくして両膝を地に落とした。秋の上質の夕日が放課後のグラウンドを赤く照らす。有紗も焼き尽くされてしまうのではないかと思うほどに赤く染まっていた。

僕はその日以来、有紗の練習風景を見なかった。嫌いになったのではなく、自らを痛めつけるように追い込んでいく彼女を見るのが辛くなったのだ。彼女はまだ僕を知らない。

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