
「ダ・ヴィンチ絵画の謎」(斎藤康弘、中公新書) を引続き。第7章までに取り上げられたレオナルド・ダ・ビンチの絵画は、「モナリザ」、「受胎告知」、「三王礼拝」、「聖ヒエロニムス」、「岩窟の聖母」(ロンドン・ナショナル・ギャラリーの作品)、「最後の晩餐」、「聖アンナと聖母子と子羊」及びその他各種手稿。
この本では、レオナルド・ダ・ビンチの鏡文字による手稿が地質学関連のものであったことから議論が進められている。このようなことは初めて読んだとおもう。手稿が膨大で、さまざまな分野の事に及んでいることは流通している。イタリアにおける地質学、特に高山において複数の地層から海に生息する貝の化石が出ることによって、地球の形やノアの洪水に相当するのが複数回あったことになる、などの論考が紹介されている。
作品解説書というよりは、地中海世界の地質学の解説書の様相である。絵画よりも地質学関係の興味がないとなかなか読み進められない。また逆にこの方面に興味があるととても刺激を受ける本である。
「レオナルドはは最大の権威である神の言葉の前でも科学者であることをやめない。‥(レオナルドという)15世紀に登場する新しいタイプの科学者は、前世紀のスコラ学者のように権威者を引用する学殖も、緻密で抽象的な論理構築力もなかったが、その半面、過つことの無い経験に裏付けられた強烈な自信と、知的大胆さと、自由な発想力を備えていた。したがって無学なレオナルドが、その無学ゆえに全盛期の学説を熱心に学んだとしても、彼は中世の大学の講義に出席する学生のように、教師の言葉を一語一句聞き漏らすまいと、書き取って学んだわけではない。彼は自分の経験から生まれた仮設を補強してくれるかぎりにおいて、権威者の説を利用したのであって、かつての新プラトン主義的大地理論の場合と同じように、もしそれが自分の口に合わなければ、容赦なく吐き捨てたのである」(第6章)。
この本、まだ読み終っていないが、レオナルド・ダ・ビンチの絵画の背景に描かれている山岳風景を、画家の興味のあった地質学的に解明するという点で、刺激的な本である。特に悩ましいのは、大地の隆起の力学的な原因の叙述。これが当時も、そして当時の理論を理解する現代の私たちにも難しい点である。現在では基本はプレートテクトニクス理論で解明されているが、レオナルド・ダ・ビンチの時代は15~16世紀である。
