Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

秋雨のイメージは夜と切り離せない

2018年10月10日 22時43分58秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 予定通り横浜駅まで歩き、家電量販店や書店を見てまわった。家電量販店でテレビの分波器を購入したものの、ソケットが合わず、明日また家電量販店に行かなくてはいけなくなった。二度手間になることをしてしまった。
 喫茶店で若干の読書タイムの後、再び歩いて自宅まで。本日は気力は萎えずに歩いて帰ることが出来た。昨日は喫茶店を出た段階で気力が萎えて、バスに乗った。本日は疲れた場合や気力が萎えてしまった時は、途中のコンビニのイートインコーナーで一服することにして気分を楽にして歩き始めた。歩く始めるとそれほどのことはなく、コンビニに寄ることもなく自宅まで歩き通すことが出来た。
 本日はとても気分よく予定通りに過ごすことが出来た。明日はどうだろうか。疲労が出て、一日寝込んでしまうかもしれないが、それでもずいぶん回復したと思う。

 今晩は明け方までの雨の予報が50%。微かだが、もう降り始めている。西から雨の区域がせまってきている。ただし明け方以降の雨の確率は30%以下。

★秋雨やともしびうつる膝頭         小林一茶
★秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな       中村汀女


 LEDに変えたばかりの夜、それも秋雨。秋雨のイメージはガスコンロと燐寸、寒さに抱える膝小僧‥。LEDとはまたとてもかけ離れたイメージである。私にとっては秋雨は夜のイメージと切り離せない。どこでそんな風になってしまったのだろうか。思い当たらない。
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「遺言」(志村ふくみ・石牟礼道子)から

2018年10月10日 20時41分11秒 | 読書


「(みはなだ色とは)藍のうすい、水浅葱(みずあさぎ)ともちがい、くさぎの実(シソ科の落葉小高木。葉に臭いがある。秋に紺色の実をつける)で染めた水いろは、得もいえぬ天上の色なのです。かつて「天青の実」という詩(「一色一生」所収)をかきましたが、その青は天からしたたり落ちたというしかない色で、なかなか一反の着物を織るほど材料があつまりません。大切に大切にしていたその糸を機にかけていたのです。能装束を織りたいのは私の終生の願いです。まして天草四郎という霊性の高い美しい男性の衣装とは、私に果たして織れますかどうか不安な思いも致しますが、何か与えられた仕事のように思われ、心からよろこんで織らせていただきます。」
          (2011年9月15日、志村ふくみより石牟礼道子への手紙より抜粋)

  天青の実          志村ふくみ

紅万作(べにまんさく)や満点星(どうだんつつじ)の
まぶしい照葉が散ると
丘陵地や森は
深々とした落葉と 実の季節に入る
雪におおわれる前の
短い晩秋の空に
臭桐(くさぎ)は精一杯の枝をはり
小さな壺をかかげて
天の青い滴を その実に貯めこんでゆく
私はその実をあつめて
なめらかな気質の
玉のように半透明の瑠璃色を
糸に染めるのである



 染色の世界というのは私には遠い存在ではあるが、何か染色の世界の意識に少しでも触れたような気になる文章と詩である。
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照明器具をLEDに取替

2018年10月10日 11時28分56秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は朝から室内の照明器具の取り換え。居間と私の部屋の3つの照明器具のLED照明への取り換え、寝室と台所の蛍光灯照明の修理。近くの電気工事店に頼んで本日器具が届いて即日付け替えてもらっている。
蛍光灯で取り換えようと思ったら、もうLEDの器具しかない、とのことであった。想定よりも安かった。照明器具全体の取り換えは80分という短時間で終了。

 台所の蛍光灯の照明器具はトランスが悪くなっており、まもなく使えなくなりそう、との指摘があり、これは次回にLEDに取り換えることになった。寝室の方もいつかは取り換えることになる。そのころにはLEDの器具ももう少し安くなるといいのだが。

 これから団地内を一回りしたのち、横浜駅まで昨日と同じようにひとりで歩いてみる予定。本日は往復に挑戦。体力と気力の回復は徐々に一定の割合で進行するのではなく、階段状に、あるいは緩急の勾配が不連続なのであろうと思われる。昨日よりも気分としては、良好である。

 家電量販店で、テレビの分波器を購入予定。この程度の器具の取り換えも自然にできるようになった。数日前ではとてもしんどく思われたことが、難なく想定できる。

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