ヒゲの大先生の大ポカ 升田幸三vs原田泰夫 1953年 第8期A級順位戦

2022年07月04日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 升田幸三と言えば、「ポカ」である。

 ヒゲの大先生と言えば、

 

 「升田流角換わり」

 「升田式石田流

 「駅馬車定跡

 

 などなど、天才的な序盤戦術とともに語られるべきは、信じられない大ポカ

 「升田のポカ」というのは有名で、またそれが、「高野山の決戦」や宿敵木村義雄との名人戦など、大勝負に出現することも多いというのが、また語り草になるところ。

 そこで今回は、その「升田のポカ」にスポットライトを当ててみたい。

 


 1953年、第8期A級順位戦

 升田幸三八段と、原田泰夫八段の一戦。

 升田は前期に名人戦挑戦者になったが、今期は不調で、なんと開幕3連敗

 名人挑戦どころか、ちょっとが気になるイヤな流れになっているが、この将棋もまた、それを表わすような内容になってしまうのだ。

 升田が先手で相掛かりから、双方とも似たような陣形を組んでいく。

 

 

 

 図は原田が▲45歩と突いて、升田が△44にいたを下がったところ。

 なんてことない局面に見えるが、実はここで決め手級の一撃があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ▲25桂△22(24)▲37角で「オワ」。

 少し前に、△55銀と出て突っ張ったのが、升田の不調を表わすような乱れだった。

 不安定な位置に取り残された銀をねらって、まずは▲25桂と跳ねる。

 これには銀がどう逃げても、▲37角と打たれれたら助けられない。

 真部一男九段の『升田将棋の世界』によれば、△55銀と出たとき、升田はこの筋に気づいたそうで、

 


 「今日はどうもいかん」


 

 そう思ったそうな。

 名人を取ろうかというトップ棋士が、素人がやりそうなポカをやるのだから、そりゃガックリもくるだろう。

 この場面は▲58玉としてくれたから九死に一生を得たが、原田からすれば、まさか升田が、こんな簡単なウッカリなどするはずがない、と思いこんでしまったのかもしれない。

 ホッとしたのもつかの間、ヒゲの大先生の調子はなかなか上がってこず、この△54歩と突いた手が、またヒドイ悪手

 

 

 

 またもや大ポカで、後手陣には、決定的な不備がある。

 これが「先後同型」だったら、この手はなかったのだが……。

 

 

 

 

 

 ▲22歩と打つのが、教科書通りの好打一発。

 △同金は壁になって形が乱れて、相居飛車戦ではよく見られる手筋……なんてヤワな話じゃない。

 そこで▲31角と打てば、なんと金銀両取りで「オワ」なのだ。

 

 

 浮き飛車と、△54歩の組み合わせが最悪なのが、わかっていただけるだろう。

 このポカには、どうも原因があったようで、このころ升田は、慢性盲腸炎に悩まされており体調は最悪

 この将棋の記録係を務めていた河口俊彦八段によると、風邪気味で、をグズグズ鳴らし、駒を並べるのも大変そうという有様で、

 


 「ああ、苦しゅうてならん」


 

 体と局面、どちらも最悪とあっては力も出ず、△33桂と跳ねるが、▲21歩成と、なんの代償もなくと金を作って、明らかに先手が優勢。

 

 

 

 しかもこれが、やはり▲22と△同金▲31角が残って先手になっているから、手番ももらえないとか、後手からすれば踏んだり蹴ったりである。

 労せずして大優勢になった原田は、最初こそ不調をなげく升田に対して「いつもの演技だ」と気を引き締めていた。

 当時の棋士は序盤戦はのんびりと、おしゃべりしながら指すことが多く、その延長戦のボヤきであり、決して本気のそれではないと。

 どっこい、こんなあからさまなポカが連打すれば、さすがの原田も「マジ?」と身を乗り出す。

 しかも、体調不良とミス連発にが折れたか、升田は床の間にゴロリと寝そべり、相手が指すと起き上がって指し、またゴロリ

 今では考えられない対局姿勢けど、昔はおおらかだったし、「偉大なる」升田だからゆるされた行為でもあるわけだ。

 一方、すでに温泉気分の原田は、さすがに笑みがこらえられず、先輩の狼藉もニコニコして、特にとがめだてもしないのだった。

 ところが、この将棋が、おかしなことになりはじめる。

 ▲21歩成以下、△53銀▲11と△35歩と反撃するも、そこで▲26飛とふつうに受けられていたら、後手に指す手はなかった。

 代わりに▲57角と打ったのが、飛車取りにしながら▲35の地点にも利かした、味のよさそうな手に見えて大悪手というのだから、将棋というのは恐ろしいものである。

 

 

 

 「唯一のチャンス」と見た升田は△86飛と切り飛ばし、▲同歩に△36歩

 原田は▲12飛と、さっそくもらった飛車で攻めて好調子だが、ここで見ているほうは「ん?」となる。

 たしかに先手が順調なようだが、飛車打ちに△42金と寄られると、存外に早い攻めが見えない。

 先手は歩切れが痛く、攻めに厚みがない。

 そこで▲34香と打つが、これではなんとも自信のない形で、ここは▲38香と辛抱しておけば、まだ先手が指せていたのだ。

 

 

 

 後手は△37歩成と取り、▲同銀に△45桂が、いかにも調子のよい跳ね出し。

 

 

 

 先手も勢い▲24角と切って、△同歩に▲33香成とせまるが、そこで△64角と打つのが、すこぶるつきに味のいい好打となった。

 

 

 

 絵に描いたような攻防の一打で、なんとここではすでに後手が勝勢

 序盤で「と金得」など、プロレベルなら大差のはずが、アッと言う間にこうなるとは、原田はもとより、升田もおどろいたそう。

 ヒゲの大先生からすれば、別に「死んだふり」をしていたわけでなく、本当にグッタリしていただけだが、これでは体調不良のフリをして、相手の油断を誘っていたようで、なんとも味が悪い。

 この惨状に原田の顔は、いつの間にか真っ赤。ついには、

 


 「いくら先輩とはいえ、寝そべるとは何事ですか!」


 

 ガチ切れをかますことに。

 さすがの升田も「すまんすまん」と頭を下げながら正座に戻ったそう。

 だがこうなってはもう、形勢はいかんともしがたく、その後は投げきれない原田が、手の尽きるまで王手してから投了

 升田によると、いつもは明朗快活な原田も、さすがに声がなかったそうである。

 盤上も盤外もにぎやかな、おもしろい一局であったが、それにしても、あんな底抜け2連発から、△64角のような美技で決めるなど、さすがの一言。

 まったく、大先生は勝っても負けてもスターであるなあ。

 


 (名人戦挑戦者決定戦での大ポカ編に続く→こちら

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