「史上最年少名人」への道 谷川浩司vs中原誠 1983年 第41期名人挑戦プレーオフ その2

2020年06月07日 | 将棋・名局
 前回(→こちら)の続き。
 
 藤井聡太七段が第91期棋聖戦で「史上最年少タイトル挑戦者」になった。
 
 これを受けて『りゅうおうのおしごと!』の著者である白鳥士郎さんは
 
 
 「28連勝」
 
 「史上最年少タイトル挑戦者」
 
 
 この二つを「絶対に破られない」記録として設定したのに……と呆然とされておられたが、ならついでに、この記録はどうだと挑んでもらいたいものが、谷川浩司のこれであろう。
 
 1983年、第41期名人戦の挑戦者決定プレーオフ
 
 前期の名人である中原誠十段と谷川浩司八段の決戦は、谷川先手で相矢倉に。
 
 
 
 
 
 ▲46角△64歩に、谷川の次の手が「マジか」とおどろく強手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲75歩と打ったのが、ケンカ上等のすごい手。
 
 △同銀とされて、前進させてしまうが、続けて▲76歩
 
 後手は△86歩と突いて、▲同歩、△同銀、▲同銀、△同飛、▲87歩、△82飛
 
 
 
 
 
 この局面を見ると、先手の▲75歩はお手伝いのように見える。
 
 わざわざ一歩わたしたうえに、ゼロ手を進出させ、さらには飛車先銀交換もゆるし、その間、先手は有効な手を指していないどころか、歩切れにおちいっている。
 
 後手の棒銀を見事にさばかせてしまって、私がやれば「雑魚認定」の手順だが、もちろん谷川には、深い読みの裏づけがあってとのこと。
 
 強引に手にしたを、どう使うかだが……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲51銀と打つのが、ねらいの1手。
 
 △53角▲13桂成や、▲14歩、△同歩、▲同香一歩手に入れて、▲54歩と打つ。
 
 
 
 
 △71角▲64角王手飛車取り
 
 いきなり▲53同飛成、△同金に▲71角の強襲もありそうで、これも谷川の攻めが炸裂しそうだ。
 
 
 
 
 
 大技が決まったようだが、中原は△53銀と打ち、▲42銀成に、△同金寄として、駒損だが先手も歩切れとあって、存外むずかしい。
 
 
 
 
 
 
 このあたりの、中原のの深さもさすがである。
 
 谷川は▲65歩と突いて攻撃を継続。そこから激戦に突入。
 
 終盤、双方に勝ちの局面があったようだが、おたがいに逃す感じで、むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 先手は飛車が封じられ、▲24角と取るようでは、△23銀と味よく拠点を払われていけない。
 
 先手難局と思われたが、ここで谷川は中原をはじめ、だれも気がつかなかった妙手を披露し「フィーバー」を継続させるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲73銀と打つのが、すばらしい着眼点。
 
 パッと見、効いてるかどうかはかりかねるが、ねらいはすぐわかる。△92飛▲64銀成とし、△同金▲同角
 
 △35銀タダで取られるが、そこで▲66飛(!)がファンファーレの鳴りひびく活用劇。
 
 
 
 
 
 
 端に隠遁し、まったく活躍のめどが立っていなかった飛車が、一気に主役に躍り出た。
 
 ▲64が玉にねらいをつけ、▲23の存在もすさまじく、後手にまったく受ける形がない。
 
 まさに「景色が変わる」とはこのことではないか。
 
 こんな大一番で、歴史に残る名手を指せる谷川は、まさにスターだった。
 
 この若き谷川の進撃が、どれほどの衝撃だったかは、中原のその後の指し手を見れば伝わってくる。
 
 直撃弾を喰らってボロボロになりながらも、中原はひたすらに指し続ける。
 
 それはクソねばりにすらならない、ただ「投げきれない」という希望のない延命措置にすぎないが、名人9連覇(当時)や「五冠王」の実績のある大棋士が、そんなみじめな局面でも投げないところに、この将棋の重みがある。
 
 王者中原誠が、はじめて「下から追ってきた者」に抜かれる瞬間だからだ。
 
 河口俊彦八段の『対局日誌』によると、中原の宿命のライバルであり、名人位を取れず苦しんでいた米長邦雄王将棋王はこう言ったそうだ。
 
 

 「谷川くんが名人になったら、ワシャ気が狂うだろうね」
 
 
 祭は華やかだが、その舞台裏にも見えないドラマがある。
 
 棋聖戦で敗れた佐藤天彦永瀬拓矢は、ライバルと称されている佐々木勇気増田康宏は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。
 
 そんな「神の子」谷川浩司の姿を見て、全国の少年たちが「名人」にあこがれ、奨励会に入ってくる。
 
 その中に、羽生善治をはじめ佐藤康光森内俊之村山聖郷田真隆といった面々がいて、またもうひとつのフィーバーを生み出すのだが、それはまだ少しばかり先の話である。
 
 
 (「谷川浩司名人」誕生の一局編に続く→こちら
 
 
コメント (2)
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