森安秀光vs米長邦雄の勝負は熱戦が多い。
前回は大山康晴十五世名人のカッコいい妙手を紹介したが(→こちら)、今回もまたセオリーにない奇手を
将棋の世界には棋風や人間性によって相性の合う合わないがあるが、この両者はそれぞれ独特の腕力と粘着力を売りにしており、その共通性からか、対戦すると熱局や珍局が多くなりがちだ。
なんといってもニックネームが
「だるま流」と「泥沼流」
その転んでも、ただでは起きないしぶとさが持ち味とあっては、特に私のような「泥仕合萌え」にはたまらないのであった。
今回紹介したいのは、そんな「ハズレなし」の2人の対局の中でも、もっとも有名なもの。
舞台は1982年に行われた、第7期棋王戦の第1局。
「ミスター四間飛車」と呼ばれた森安だが、ここでは三間飛車を選択。
米長は少し相振り飛車をにおわせる出だしから、当時得意としていた玉頭位取りに。
石田流に組んだ森安が仕掛け、軽いさばきで桂得に成功。
うまくいったかに見えたが、米長もそこでくずれず、いつしか混戦模様に。
そこからの対抗形らしい、ゴチャゴチャした戦いもおもしろいのだが、やはり語られるのはこの場面だろう。
石田流の飛車を、横に使って玉頭戦に持ちこんだ後手に対して、米長もあれやこれやと、ねばっこく受けて防衛ラインを死守。
先手の乱れた陣形が、ここまでの熱戦を物語っているが、駒損の後手の攻めが細く、受けきれそうにも見える。
なんといっても、攻撃の総大将である飛車が死んでいるのだ。
粘着対決は、米長が制したのかと思いきや、ここで森安がすごい勝負手を放つ。
△96飛と、端に飛車を捨てるのが見たこともない手。
どうせ取られるのだから、歩とでも刺し違えてしまえというヤケッパチのようだが、そうではない。
▲同香なら△95歩と突いて、先手陣は▲78銀と▲79の桂が、ひどい壁になってるから後手が勝つ。
棒銀なら似たような形があるけど、それを飛車で行くという感覚がすごい。
ただ、この手だけならこの一番も、そこまでさわがれることも、なかったかもしれない。
実際、『将棋世界』の人気連載「イメージと読みの将棋観」でも、多くのトップ棋士が
「ここまで来たら、こう指す一手」
「後手が苦しそうだが、この△96飛が指せれば本望でしょう」
といった内容のことを語っていた。プロレベルなら、まあ一目なのだ。
ところが、これに対する米長の応手がまた仰天だったのだ。
タダで取れる飛車を取らず、▲97歩と受けたのだ。
たしかに取って負けなら受けるしかないが、それにしたってすごい形だ。
勢いを重視する米長将棋なら、「こんなものは取る一手」と言いそうだが、ここは「だるま流」が感染したのか、一撃で倒されないしぶとさを発揮。
飛車の大安売りをまさかの拒否で、いよいよ進退窮まったに思える森安だが、ここでさらにとんでもない手を披露して、周囲を唖然とさせる。
△95歩と、さらに飛車を押し売るのが、しがみついたら離さない森安の粘着力。
「飛車をタダであげます」
「いりません」
これだけでもすごいのに、そこにもう一回
「いえいえそういわず、もらってチョ」
受ける側からすれば、なんともタチの悪い押し売りではないか。
この森安の2手は、おかしな手に見えて、実は絶妙の勝負手だった。
やはり飛車の取れない先手は、▲86金と投資して、なんとか振りほどこうとする。
ここで森安は△同角としてしまうが、初志貫徹とばかり、さらに△97飛成と3度目の押し売りをすれば、後手が勝ちだった。
これはおしい逸機だった。
もしこの順で勝っていたら、これは森安の名局としてもっと語られていただろうし、もしかしたらこの勢いで棋王も獲得できていたかもしれない。
その意味では残念だが、それでもやはり、この終盤の3手には迫力がある。
ムチャクチャのように見えて、危険なねらいを持った△96飛。
それを見切って冷静かつ力強く受けた▲97歩、それにもめげず、まるで狂ったスッポンのようにからみつく△95歩。
まさに「だるま」と「泥沼」の名手順であり、
「将棋は泥仕合こそが楽しい」
という私は、もうウットリなのであった。
(藤井聡太と杉本和陽の熱戦編に続く→こちら)
(森安と米長の他の熱局は→こちら)