今日は朝早く起きて、尺丈山へ行った。富士山の写真を撮りにである。しかし、残念ながら、霞がかかって富士山どころか、前回は見えた日光連山、那須連山は全く見えなかった。南方面も県庁も見えず、辛うじて筑波山が見えた程度であった。残念!!そこで、帰る途中で、通るたびに気になっていた場所を訪れることにした。
幕末間近で多くの人材を搬出した有名な「野口郷校(時雍館)」跡を訪れた。野口郷校は弘化元年(1844)に農民達の文武館として創設、御前山村(現常陸大宮市)野口小学校跡にその碑が建っている。水戸斉昭が造った15郷校のうちの1つである。しかし、元治元年(1864)藩内紛争(いわゆる天狗争乱)で一切が焼失した。有名な田中愿蔵は、筑波山旗揚げの時、この時雍館の館長であった。
浄土真宗の開祖、親鸞聖人が、建保2年(1214)越後国から常陸国に入り、建保4年(1216)に、この大山の地を常陸奥部の布教伝道の中心地とされた場所。大山には親鸞聖人の師法然の孫弟子の行観上人が建暦2年(1212)に開山したといわれる阿弥陀寺(徳川斉昭の寺院整理により、天保13年(1842)廃寺となった)があり、その境内に草庵を結んだもので、開宗宣言の地といわれている。この大山草庵跡碑は阿波山上神社の参道脇にある(桂中学校脇)。
夕食は、外食した。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます