ジュゴン掲示板

ジュゴン保護キャンペーンセンター(SDCC)は日本では沖縄にのみ生息しているジュゴンを守るために活動をしています。

オスプレイ訓練@高江

2018年03月13日 | 基地と沖縄
オスプレイがヘリパッドから飛び立ったところです。
姿が見える前から、おなかに響くような轟音が聞こえていました。
3月2日高江にて。
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おきなわ辺野古旅4日目 読谷へ

2016年04月03日 | 基地と沖縄
4日目は、読谷へ

ありがたいことに、最年長のカヌー隊メンバーの富樫さんに案内して頂けました。
今は、海上行動は落ち着いていますが
緊迫した状況のなかでは、海上保安官に確保(強制排除)をされながらも
カヌーに乗り、抗議行動を続けられています。

チビチリガマとシムクガマ、座喜味城跡、沖縄戦で米軍が上陸してきた海岸
残波岬、喜名番所(旧読谷村役場)などへ案内して頂き
沖縄戦のことだけでなく、琉球の歴史についてなど、貴重なお話を聞くことが出来ました。




読谷村喜納、広大な嘉手納弾薬庫に隣接しています
このあたりの畑は、黙認耕作地
米軍基地なのです

チビチリガマ


金城実さんの平和の像

シムクガマ



入口に月桃の花が咲いていました
少し季節は早いのですが


チビチリガマでは、米軍が上陸して目の前に迫り
恐怖のなかで、米軍に捕まったら何をさせるかわからない
(日本兵として中国に行っていた人がいて、日本兵の残虐さを目の当たりにしてきた人が
 米軍もきっと同じと、、、)
だからと、集団自決が起こりました。

シムクガマでは、移民としてアメリカに居た人がいて
米軍は、捕虜はていねいに扱うと言い
生き延びようと、そして全員が助かりました

2つのガマを同時に訪れることができ
いろいろなことを考えさせられました

何を教えられ、学んでいたかということ
いかに情報を知り、判断できるかということ
なにが本当か、なにが大事かということをしっかり見極めていること
そんなことが本当に必要なのだと思います

集団的自衛権、安保法制、自衛隊派兵、改憲
辺野古に新基地を造るということ
それらがどういうことなのか
でたらめな情報に惑わされることなく
しっかり選んでいきたい

ずっしりと考えさせられました

読谷はやちむんの里、焼き物でも有名です
喜名番所(旧読谷村役場)では




おトイレに焼き物が使われていました
文化も大事にしているのだな~と思いました
今回は行けなかったけど、やちむんの里にも行ってみたいです

3泊4日のおきなわ辺野古旅
戦争というものを考える旅になりました

元ひめゆり学徒隊の島袋淑子さんのお話し
沖縄戦を生き延び、辺野古で座り込む島袋文子おばぁと会えたこと
浦島さんから聞いた、やんばる戦のこと
読谷でのチビチリガマ、シムクガマ
今なお広がる米軍基地

なんとかしたい
そんな思いがまた深まりました

以上






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おきなわ辺野古旅3日目③ 名護市場と出会った人

2016年04月03日 | 基地と沖縄
3日目の夕方、名護市場に行ってきました!
可愛いカフェなどもできていて去年よりもにぎわってる

お目当ては『イマル商店』さん



じゅごんのマスコットが売られています
去年、わんさか大浦パークで開いた「マスコット作り教室」に参加してくださって
それから自分で作ってお店に置かれています




とてもすてき!
時々、辺野古座り込みテント村でも売ってるそうです

名護市のお土産と言えば、ジュゴン
観光土産の人気商品になればいいな~



やんばるでアースデイがひらかれます
ここでもジュゴングッズが販売されますよ~
名護でアースデイが始まるなんて嬉しいー
賑わいますように

この日の夕食は“たけのこ”さんで
毎年ツアーでお世話になります
美味しい沖縄料理と泡盛~
女将さんがおすすめの古酒のブレンドを出してくださいました
う~ん、美味



お刺身もアーサや島らっきょのてんぷらもおいしい~
アーサは今が旬です


名護在住のSDCCスタッフの吉川さん、兵庫・姫路から来ているHさんと

昨夜の民宿「てるや」さんでは、手作り石釜で焼いたピザを頂きました
名護の三原在住の浦島さんとツアーの打ち合わせ
今年のツアーでガイドをして頂きます


メッセージを頂きました
後ろに見えるのが石釜です~

7月のジュゴンの里ツアーの下見、打ち合わせを兼ねての春のおきなわ辺野古旅
ちゃんと打ち合わせできました。



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おきなわ辺野古旅3日目② キャンドル行動&お散歩

2016年04月03日 | 基地と沖縄
3日目続き
グラズボートに乗せてもらい、大浦湾の美しさを実感して
そして、夕方はキャンドル行動に参加

キャンプシュワブゲート前で、2004年から続けられているキャンドル行動
渡具知一家が中心となってがんばっています。



毎週土曜の18時半から19時のあいだ
キャンドルを手にして、呼びかけます
「美しい海を守りましょう」
「基地はいりません」




最初に参加した時、中学生だったTくんは、4月から大学生です
大学に通いながらも、行動は続けると笑顔で語っていました





日が落ちてくると、キャンドルの灯りが美しい
呼びかけや手振りに応えて
手を振りかえしてくれる人、クラクションを鳴らしてくれる人
増えています!
多くの人が、辺野古新基地建設をおかしいって思ってる

7月のじゅごんの里ツアーで来た時もまた参加します

昨夜は民宿「てるや」に泊まりました
毎年、ツアーでお世話になっています
夕方大浦湾の周辺を少し散歩しました


和解協議中ですが、大浦湾にはスパット台船が浮かんでいます
臨時制限区域を示すブイもそのままです
和解なんて、見せかけなんですね
いつまた作業を強行してくるのか
現場では座り込みは続いています





わんさか大浦パーク(地域活性化の交流拠点)は賑わっていました
基地に頼らない暮らしづくりを進めています
ジュゴンのレプリカと一緒に記念撮影ました
『ジュゴンの保護区』ができて、エコツアーなどで
自然をとともにある暮らしが創っていけますように

美しく自然豊かな海は宝物




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おきなわ辺野古旅~3日目① 辺野古座り込みテント&海へ

2016年04月02日 | 基地と沖縄
3日目は辺野古の座り込みテント村へ

テント村の入り口
『勝つ方法はあきらめないこと』
この言葉をいつも思い出します

2004年から座り込みは続いています

テントの中です

浜のフェンス、ノーベースギャラリーです



屈しないの手づくりバナーが素敵
私たちもバナーを届けました



美しい海です


テント村横の辺野古漁港です

突堤の先に祠があり、龍宮神が祀られています
じゅごんは宝の海の象徴ですね~



昔からこの海では漁が営まれ暮らしていました。
辺野古の海は豊穣の海と漁師さんが言っていたのを聞いたことがあります
今は、漁はされていません、、、
また、漁が営まれ豊かな暮らしが戻ってきますように

運よくグラズボートに乗せてもらうことができました


陽が射して、サンゴの海をみることができました
その美しさに見惚れてしまいました

この美しい海を埋め立てるなんて
そんなことできません



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おきなわ辺野古旅~2日目 辺野古へ

2016年04月02日 | 基地と沖縄
2日目(3月25日)辺野古へ

予定が変更になって、乗りたいと思っていた島ぐるみバスに乗れました
那覇からは毎日運行しています。すごいです。

出発場所の県庁前にいくと
なんと、京都の歌姫さんがいるではないですか
一緒にアピールしました



この日は20数名がバスに乗り辺野古ゲート前へ


バスの中では自己紹介をしたり、レクチャーがあったり
なんと後ろの席には大阪市から来た人が
(私も大阪なので嬉しくなりました
東京から親子で、夫婦で、友人と一緒にという方々が
国会前の行動に参加して、映画を観てなど参加の思いを話されていました

豊見城の方が、基地の実態ということでお話してくださいました
米軍基地が返還されても、その跡地から枯葉剤が見つかって
利用できないままだったり、環境汚染したまま返還されても困りますと
ここにも日米地位協定の壁があります
借りていたものはきれいにして返してほしい

返還されて商業施設となったところは
雇用も100倍になったと話されていました
基地は経済の阻害要因であるのです

バスに乗っている間に、資料が回ってきたりします
毎日ガイドをされている大城さん
ていねいに説明して下さって
頭が下がります
毎日なんですよ

ゲート前に着くと、各地から人が集まっていました


歌を披露したり、スピーチしたり賑やかです

なんとなんと、島袋文子おばぁ座っているではないですか


じゅごんをプレゼントして、一緒に座り込みました

おばぁが15歳の時に沖縄戦がはじまり、その中を生き抜いてこられました。
二度と戦争はごめん。基地を1つでもなくさないと死ねない
その思いで86歳の今、辺野古のゲート前に座り込んでられます
1冊の冊子を下さいました。
ここに私の言いたいことが書いてあるから
しっかり読んで、伝えてちょうだい
そう言われました
とても強く優しいなざしでした

また1つ貴重な体験でした

昨日のひめゆりの島袋淑子さん、ゲート前の島袋文子おばぁ
お二人のお話を聴くことができたのはほんとうに貴重なことです
まだまだがんばりなさいと力を頂いたと感じています

ゲート前です



全国から届いたゲートを封鎖するためのブロック


大阪の今岡さんたちが届けたジュゴンのパネルが飾ってありました




バナーを届けてきました
座り込んでいるおばぁたち、(若い方々も)
大阪から来たというと、ありがとう、ありがとうと言われる
そして、シュプレヒコールの時には、怒りの声をあげる
沖縄の置かれている状況に対しての怒りの声は大きく
私は、その怒りの大きさ、そして平和への思いの深さを感じていました


和解協議中なのに、ゲートを監視する警備員
和解する気なんてないんだね、、、

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おきなわ辺野古旅~1日目那覇

2016年04月02日 | 基地と沖縄
3/24~27に沖縄、辺野古へ行ってきました
3泊4日の“おきなわ辺野古旅”
いろんな方々との出会い、見て聴いて感じたこと、訪れた場所
日記風に綴ってみます

1日目は関空からピーチに乗って那覇へ
夏の『じゅごんの里ツアー』の下見もかねての春の沖縄旅は恒例になりました

那覇についてまず訪れたのは不屈館です
戦後、日米政府に屈しないで闘い続けた瀬長亀次郎さんの資料館です
今、屈しないというその強さに触れたいと思いながら



当時の新聞記事や手紙など貴重な資料が展示・保存されています
また、今の辺野古のたたかいの資料もあります
見応え十分、那覇へ行かれたらぜひ訪れてみて下さい

そして、この日は「交響詩ひめゆりバレエ公演」&海勢頭豊コンサート

那覇市民会館大ホールの会場でブースを出させて頂きました

海勢頭豊さんと


ブースでじゅごんメッセージを集めました~

バレエは好きなので、楽しみにしていましたが
豊さんの曲&バレエのコラボはとても興味深く良かったです
歌詞に合わせての振り付けで
歌詞の意味が一層心に響いてきました

交響詩ひめゆりのバレエは胸に迫ってくるものがありました
舞台挨拶に、元ひめゆり学徒隊でひめゆり祈念資料館の館長の島袋淑子さんがたたれました。
3月24日はひめゆり学徒隊が看護要員として動員された日です。
そのことお思い起こされての
「こんなことになるとは、、、
 ほんのちょっと看護婦さんのお手伝いにいくつもりで
 10日ほど手伝って戻ってこれると思っていたのに
 どんどんあの悲惨な戦争に巻き込まれ、たくさんの同級生が命を奪われた、、、」
という旨のお話をされ、戦争は人がい人でなくなる、そういうもの
絶対に戦争はだめとお話しされました。
この言葉をずっしりと感じています
知らないままだと、だまっていたら、NOと言わないと、戦争に巻き込まれてしまう
どこまでできるかわからないけど
多くの人、若い人たちに伝えたい

多くの命が奪われて、自分だけ生きていていいのか、、、そう思っていたけれど
あなたが生きていてくれたから、この資料館ができたのよと言われ
証言をするようになった、生きていていいのだと思えるようになってと
そのお話しも深く深く受け取りました

お話を聴けたこと、とても貴重なことだと思っています。

そして、その後は牧志市場の近くの沖縄料理のお店に連れて行ってもらい
美味しいお料理と泡盛を堪能しました
そして夜は更けていきました

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9/21国連人権理事会サイドイベントでの発表和訳

2015年10月02日 | 基地と沖縄
9/21国連人権理事会サイドイベント/沖縄における軍事化と人権侵害
での吉川秀樹さん(沖縄BD共同代表、SDCC国際担当)の口頭発表原稿の和訳を
掲載します。
英文はこちらをご覧ください。
またこちらの記事もあわせてご覧ください。
沖縄の苦難の歴史強調 国連でシンポ、基地問題を討議


photo:The International Movement Against All Forms of Discrimination and Racism (IMADR)

2015年9月21日
発表概要(英文が原文です)

国連人権理事会サイドイベント/沖縄における軍事化と人権侵害

沖縄における軍事化と環境権


沖縄・生物多様性市民ネットワーク
吉川秀樹

始めに
この重要な場で発表できる機会を頂き感謝する。私の発表は、1)沖縄における軍事化、環境問題、人権侵害の関係の概要、2) 辺野古・大浦湾における新たな米軍基地建設の2点についてである。

この発表では、人権と環境の問題を扱う国連特別報告者John Knox氏の報告(2014年3月の人権理事会での報告)に「手続き的義務」と「実質的義務」言及していく。その中でも、「安全、清潔、健康的で持続可能な環境への権利を保証するには、1環境情報へのアクセス、 2 問題解決への市民参加、3改善手段へのアクセスが重要である」というKnox氏の論点に言及していく。


沖縄戦
軍事化には様々な形があるが、最も破壊的な形が戦争であり、沖縄も沖縄戦を経験してきた。戦争の人的被害についてはある程度は把握できているが、Knox氏が重要視する、環境への影響についての情報は非常に限られている。事実、総務省の「全国戦災史実調査報告書」には沖縄の被害の記述がない。なぜなら沖縄戦により行政文書が焼失したからだ。


米軍基地の建設
戦中、戦後の沖縄において、土地を強制摂取し、建設された米軍基地は、軍事化の一つの形である。50年代には「銃剣とブルドーザー」で土地が強制摂取され、基地へと変えられていった。

米軍基地は、沖縄のランドスケープ/環境の一部となったが、それは環境問題の原因の一つとなっていく。PCBやダイオキシン、さらには劣化ウランによる土壌汚染、航空機の騒音、実弾演習による山火事、航空機の墜落などがあげられる。

しかしこれらの問題は基地内で起こる場合が多く、Knox氏が示す「手続きの義務」が実施されることは希だ。

基地に関する環境問題の情報のアクセスは殆どなく、仮に情報が提供された場合でもその情報の信憑性を確認できない。基地に関する環境問題の解決にむけて、市民が参加することは殆どない。

日米同盟が常に優先され、地位協定が「手続きの義務」を実質的に不可能にしており、沖縄の人々の安全、清潔、健康的、持続可能な環境への権利は否定されている。


辺野古・大浦湾における新たな米軍基地建設
翁長知事がある程度この問題については説明しているので、環境の面を焦点にする。

辺野古・大浦湾は、沖縄でも生物多様性の最も豊かな場所であり、260種以上の絶滅危惧種を含む5,300種以上の海洋生物が生息する。絶滅危惧種のアオサンゴや、絶滅危惧種であり、日本の天然記念物であり、沖縄の文化的アイコンであるジュゴンも生息する。

基地建設には埋立てが必要であり、2百1千万立方メートルの土砂が使われる。その内百7千万立方メートルは県外から運ばれ、外来種の問題もある。

これだけでも環境保全の観点から言うと、基地建設はNOである。


また辺野古・大浦湾の地域には、4500人が住んでおり、漁業、農業、エコツアーリズムに従事する人々がいて、その人たちの生活はこの地域が豊かな環境であることに依存している。

さらには、沖縄県は、やんばるの森をユネスコの世界自然遺産に登録しようと努力しているが、その森は辺野古・大浦湾からは20kmしか離れていない。

以上の環境に関する理由からも、20年近くこの基地建設に沖縄の人々は反対してきた。


環境権侵害の新たな形
ではなぜ日本政府は基地建設を進めるのか?なぜ国家的暴力にまで訴えて基地建設を進めるのか?

日本政府によれば、前知事が基地建設のための埋立てを承認しており、またその承認やその他の手続きは、「基地を作っても環境に影響はない」とする環境アセスの結果に基づいている。 

環境に影響がない、それゆえ環境権を侵害しているとはいえない、というのが日本政府の見解である。

基地建設に反対する沖縄の人々こそ、正当化できない要求をしている、とするのが日本政府の見解なのかもしれない。


環境アセスの問題
しかし日本政府の環境アセスは、専門家、NGO、沖縄県を含む多くの人から批判されてきた。辺野古・大浦湾の環境の価値と脆弱性を適切に評価していないこと、基地の影響を大幅に過小評価していること、影響の緩和処置を過大評価していると私たちは議論してきた。

環境アセスの専門家で、日本環境アセスメント学会の元会長の島津康男氏は、このアセスを日本のアセス史上、最悪のアセスだとしている。

この環境アセスの手続きで、非常に問題のある点は、「環境に影響がない」と結論を出した専門家が誰であるかが知らされていないことだ。日本政府は、沖縄の人々に対して「影響なし」の結論を鵜呑みにしろといっているのだ。

国連人権理事会の人権と環境の特別報告者Knox氏の「手続きの義務」においては、環境情報へのアクセスが大切だとされているが、それはその情報が正確なもの、正当性をもつことが条件とされている。少なくとも、情報の正確さや正当性について透明性をもって検証できることが条件だとされている。

その条件が満たされない場合、行われた「手続きの義務」そのものが環境問題を起こすことにつながり、人々の環境への権利を侵害することになる。現在、辺野古・大浦湾で起こっているのはまさにそれだ。

戦後、「銃剣とブルドーザー」によって、沖縄の人々は土地を奪われ、基地を建設されていったが、いま辺野古・大浦湾では、海保と警察からの基地建設に反対する人々に対する暴力と、この環境アセスが新たな「銃剣とブルドーザー」となっている。


米国の責任
この日本政府の情報を公開しないという動きは、米国防総省も影響を与えているようだ。2008年米国のジュゴン訴訟で、国防総省は、基地建設によるジュゴンに対する影響を検証するように命令された。

国防総省は、日本政府の環境アセスを分析し、取り入れ、ジュゴンに対する検証を行ったとし、また「環境に影響はない」という結論に至ったとし、建設工事を認めている。

しかし、日本の環境アセスをどのように分析したか、基地建設の影響をどのように自ら検証したかの情報を公開していない。またこの検証の過程において、沖縄人々の住民参加をさせていない。


翁長知事の取り組み
政府の方針に従うようにという日本政府から政治的圧力のなか、翁長知事は第3者委員会を設立し、埋立て承認と関連する環境アセスの検証を行わせた。そしてこの7月、同委員会は、埋立て承認は法的瑕疵があると判断をした。翁長知事は承認取り消しの手続きに入っている。

環境アセスや埋立て承認の問題点を訴えてきた私たちは、私たちの立場の正しさを立証されたものだと考える。

しかし沖縄県民と翁長知事は、これから非常に困難な状況に直面していくだろう。翁長知事も私たち沖縄の人々も、日本政府による訴訟が起こされるだろう。

ここで私から希望することは、国際社会にぜひこの基地建設問題に注目して欲しいといこと、そして国内外の専門家にぜひ基地による環境への影響の検証に参加して欲しいということだ。


結びにかえて
最後に以下のことを示しておきたい。普天間基地は米国の基地だけでなく、国連の施設でもある。沖縄の人々から奪った土地に建設され、人口が密集した市の真ん中に位置し、世界一危険な飛行場と呼ばれている基地は、国連の施設でもある。今辺野古・大浦湾で建設が強行されようしている基地も、普天間の代替施設というならば、国連の施設となるであろう。国連は自らの責務についても検証すべきである。
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報道ステーションを応援しよう!

2015年03月19日 | 基地と沖縄
昨夜の報道ステーション観られましたか?
沖縄の米軍基地機能強化について特集がありました。

見逃したという方
動画がアップされています
すごいですね

 ↓21分31秒頃から

2015.3.17 テレビ朝日 報道ステーション
http://dai.ly/x2jrmuh

動画
報道ステーション
2015年3月17日
辺野古移設の裏で…米軍強化の巨大構想に迫る
http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/feature/detail.php?news_id=41570


情報を隠し、うそをつき
基地建設を進めている政府

今、辺野古、高江、伊江島で起こっていること
ほんとうにとんでもないことです。

負担軽減とはいったいなんなのでしょう
辺野古が陸、海、空軍の機能をともなった軍事要塞化されていこうとしている
ヤンバルの森と海が壊されていく
そこに住む人々の暮らしが壊されていく

報道ステーション、がんばって報道してくれていると思います。
(他のマスコミが報道しなさすぎ、、、)

今、起こっている現実
沖縄では今も日々、米軍が戦争の訓練をし
騒音にさらされ、事件事故も後を絶ちません
まるで戦争中かと思うほどです

このことを、知らない、関係ない
では済まされないはずです
私たち一人一人が向き合うべき問題です

どうぞ観て下さいね。
そして、今後も報道を続けて下さいと
報道ステーションにがんばってもらうために
声を届けてください

政府には抗議を


報道ステーション
ご意見・ご感想
http://www.tv-asahi.co.jp/hst/opinion/


首相官邸 意見フォーム
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html


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琉球新報
<社説>揚陸艦接岸基準 あまりに不誠実ではないか
2015年3月3日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-239713-storytopic-11.html

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沖縄知事選 オナガさんが勝利!

2014年11月17日 | 基地と沖縄


沖縄知事選:県民の選択ぶれず 移設反対「心一つ」(毎日新聞)

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設に、沖縄県民は「ノー」を突きつけた。16日投開票された沖縄県知事選は「辺野古に新基地は絶対に造らせない」と訴えた前那覇市長の翁長雄志(おなが・たけし)さん(64)が初当選した。
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