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つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

初心 密命・闇参籠

2021年04月26日 14時13分15秒 | Review

―巻之十七―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2007年6月20日初版、2010年6月10日第10刷。江戸ではみわ、結衣の姉妹の青春時代が華々しく展開する。心ときめかす一番いい時代だ。しかし、相変わらず惣三郎を狙う尾張の刺客も後を絶たない。北陸、永平寺では清之助が難修行「闇参籠」に挑戦し、見事乗り越えて「初心」に還った。休む間もなく、修行の旅を再開し、金沢を目指す。

 享保十年(1725年)、道場破りが頻繁に訪れる時代、そんなことは本当にあったのか。そして、いとも簡単に命のやり取りをする。あまりにも命が軽すぎる。平和な時代の武士、主たる仕事を失って久しい武士の「新しい目標」を、時の政権は掲げ示すことが出来なかった。長々続く慣習と世襲にしがみつき、落ちこぼれたら最後、武士として生きては行けない。
確かに、武士を捨てれば道はあるかもしれないが、それもまた苦行以外の何物でもない。士農工商の連鎖の頂に立っていたはずの者が、一番下の商人になることは更に難しかったに違いない。要するに全く潰しが効かないのが武士なのだ。そんな停滞した時代が江戸時代であり、僅かに仕官の道が開けるとすれば、それは「剣術道場」だったのだろうと想像する。

 淀んだ世の中に在って、上昇志向の人間には、打開策のない身動き取れない状況に、焦りを感じたに違いない。この作品に登場する道傳清兵衛高常は大名家の家臣でありながら、「海天狗」と称する無法者の仲間になるのは、やはり焦りがあったからだろう。自ら打ち立てた兵法だけを信じて疑わなかった。例え、卑怯、姑息と蔑まされても。この辺の話の作りは実にリアルで面白いと思う。





密命 烏鷺 飛鳥山黒白

2021年04月24日 12時24分36秒 | Review

―巻之十六―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2016年10月20日初版。あっという間に享保十年(1725年)の春を迎えた。
主人公は長かった大和柳生の訪問を終えて、結衣を伴ってやっと江戸に戻って来た。しばし疲れを取るために例によって飛鳥山の別荘に入った。しかし、ここでも何か不穏な空気が漂う。今回はいささか自信過剰の老人が相手、しかし実は居合の達人だと言う。人生の最後の勝負ということで、尾張の用人に担がれて「華々しい勝利」を夢見ての惣三郎に対する挑戦だった。惣三郎が負けるはずもないのだが、ついつい読み進めてしまう。

 一方、清之助は「鯖街道:鞍馬口~貴船口~鞍馬寺~針畑峠~若狭・小浜へ」の修行の旅を続けている。「鯖街道」は後に付けた総称で、「魚屋路」と同じような意味合い。実際は「若狭街道」「鞍馬街道」「周山街道」などの主要路と「針畑峠超え」「九里半超え」「栗柄超え」など具体的な個別の名があり、京都小浜間には多数の魚屋路があったらしい。清之助は京都から鞍馬街道を辿り、久多、小入谷を経て針畑峠(根来坂峠)を超え、若狭・小浜へ抜けたと思われる。京都~小浜間の最短ルートと言われている。もしかしたら「針畑峠」という名前が気に入ったのかもしれない。





無刀 密命・父子鷹

2021年04月22日 10時14分37秒 | Review

―巻之十五―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2006年9月10日初版。今回の話は江戸と大和柳生の庄に分かれて展開する。流れとしては軽快なテンポで進む。相変わらず、金杉親子は大活躍だが、江戸では昇平も負けてはいない。破格の昇進の話までは良かったが、その後が良くない。出し抜かれた格好になった兄貴分が黙っていなかった。それは昇平の責任ではなかったが、人間社会にはよくあることだ。

 一方、柳生の庄では「大稽古」なるイベントが着々と準備され、近隣諸国から武士たちがやってくる。その中に、例によって尾張柳生もやって来た。参加者の中に紛れ込み、稽古をしながら虎視眈々と金杉親子を狙っている。何と言っても、最後には金杉親子が勝つというのは判っているのだが、ついつい熱中してしまう。

 211p「柳生街道(地獄道)」の話はなかなか面白い。「磨崖仏」は姥捨ての供養という意味がある、という話しは初めてではないだろうか。日本にも数は少なく規模も小さいが「磨崖仏」が見られる。その全てが「姥捨ての供養」だとは思わないが、明らかに寺の仏像とは異なる意味合いが隠されているようだ。大昔の人々の厳しい暮らしの一端が見えた気がする。




遠謀 密命・血の絆

2021年04月20日 14時54分38秒 | Review

―巻之十四―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2006年4月20日初版。2008年3月25日第11刷。今回の話は金杉家の末娘結衣の家出が原因で、その遠謀と結末まで。無邪気な憧れで、旅の一座に飛び込んだ結衣だったが、それは罠でもあった。名古屋を拠点とする旅の一座が尾張様の命を拒否することは出来ない。結衣を尾張城下まで勾引したところまでは成功したとも言えるが、手段が悪質だ。そこで、惣三郎と清之助が申し合わせて、尾張名古屋城下に攻め込むことになったのである。

 しかし、この話しにはかなりの無理がある。惣三郎と清之助を斃すために多勢で攻めるというのも、剣聖の柳生らしくもない。そこで30年も前に身罷ったはずの尾張柳生の頭領「柳生七郎兵衛(連也斎)厳包」を引き出すのである。連也斎厳包の助けで父子は尋常の勝負に持ち込み、不逞を働いた人物を見事に斃すのである。最後「見事なり、清之助!」と称賛し、金杉父子が結衣を奪還し尾張から出ることを許したのである。まあ、今回は佐伯流の勧善懲悪モノだね。




追善 密命・死の舞

2021年04月18日 19時33分41秒 | Review

―巻之十三―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2005年10月30日初版。2008年4月15日第13刷。享保八年(1723年)師走から話は始まる。シリーズも半ばだが、相変わらず尾張柳生が金杉親子の所にやって来る。その他にも事件があり、主人公はなかなか忙しい。
 清之助の修行の旅も、いつ終わるともなく続く。今回は大和柳生の里であった。柳生十兵衛も人気の剣客であったが、清之助も負けてはいない。しかし、一体何番勝負をやっているのだろうか。

 解説で縄田さんも言っているが、何本もシリーズを並行して書き、他にも作品を手掛けるというから、著者には本当に驚きを禁じ得ない。本当は、密かに書き溜めてあるんじゃないの、とか。もう一人ゴーストライターが居て、密かに書いているんじゃないのとか、そんなことは無いか。信じ難いことだが、本当に量産作家なのである。作家も人間だから、書ける時に書いておくというのは解るけれども、ある日パッタリと絶筆するなんてことはないように願いたいものです。




乱雲 密命・傀儡剣合わせ鏡

2021年04月16日 18時04分26秒 | Review

―巻之十二―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2005年4月20日初版。2008年3月25日第14刷。久々に清之助の旅は紀伊和歌山から始まる。居合の田宮流道場で剣技を研鑽する日々だ。しかし、そこにもお家騒動の火の粉は降って来る。

 142p清之助のあまりの強さに「剣を捨ててよかった」と、園部治平次の思いである。上には上が居て、どう考えても太刀打ち出来ないと思うことは、人生にもままあることだ。しかし、そこで転向したからと言って人生の選択を誤ったとは言えない。むしろ、正しいこともある。長い人生の中で、自信を失い呆然とすることもあるかもしれない。しかし、何かしら選択肢は必ず残されているというのが人生だ。

 またもや、水野京之助といい、高野聖といい、傀儡夫婦といい尾張兄弟の影がチラつく。史実上、本当にこんな確執が吉宗と尾張兄弟の間にあったかどうか私には判らないけれども、話のネタになるところをみると、何かしらそのようなことはあったのかもと想像する。火の無い所に煙は立たぬ、の例えである。清之助はこの戦いで、鉄砲で撃たれるという不覚をとってしまったが、何とか本復し旅を続けている。最後の人形使いとの闘いは、困った時の「幻術使い」だ。何度も使うと効果が薄れる。




残夢 密命・熊野秘法剣

2021年04月14日 12時41分22秒 | Review

―巻之十一―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2004年10月20日初版。この話しは享保八年(1723年)のこと、相変わらず江戸は火付けが流行っていた。江戸の町屋は木と紙で出来ていたから、とにかく簡単に燃えた。それなのに照明器具が行灯や蝋燭なのだからたまらない。そんな所に「火盗野分」なる放火犯一味が現われる。調べが進むと一味は紀州熊野からやって来た者たちらしい。それが、主人公達には納得し難く悩ましい。なかなか証拠が掴めないまま、時間だけが過ぎてゆく。

 早い話が現体制(吉宗)と尾張との確執である。火盗野分なる一味は、尾張におだてられ、目の前に甘い言葉を並べられ、その気になって夢を見た一団であった。主力は勿論主人公だが、今回は相手方の人数が多い。奉行所、町火消しを動員しての大捕り物になった。
最後は、主人公が寒月霞斬りで締めくくっている。そう言えば今回清之助は登場しなかったな。




遺恨 密命・影ノ剣

2021年04月12日 13時19分33秒 | Review

―巻之十―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2004年4月20日初版。2010年6月10日第29刷。享保八年(1723年)正月から話は始まる。いきなり、鹿島の米津寛兵衛が亡くなった。80過ぎなので誰もが往生したかと思うが、実は旅の武芸者と立ち合った結果だという。ここに登場したのが代々尾張で影仕事をしてきたという家系の秘太刀表一流、鷲村という人物だ。武士というより用心深い鉄砲玉のような人物で、尋常な勝負など考えない。隙あらば背後からでも襲うという設定だ。狙われるのは主人公だけでなく、最終的には大岡が最終目標ということで、戦々恐々の日々が続く。
 同時に、無鉄砲な新人門弟北沢毅唯の登場、棟方新左衛門の見合い、伊吹屋葉月の縁談、側室勧誘、追立屋(地上げ屋)という火付け一味、更には清之助の回遊修行を織り交ぜて話はドラマチックに展開する。主人公も忙しいが、読み手も忙しい。

 登場する大岡越前守だが、そもそもは旗本で、しかもその四男であった。通常なら部屋住みで終わる所を、紆余曲折を経て南町奉行にまで出世する。それでも、吉宗の懐刀であり実務繫多にも関わらず大名職の「奏者番」ではなかったために苦労したらしい。後に大名になったが、江戸時代を通して町奉行から大名になったのは大岡唯一人だったという。

 相模国高座郡は大岡の領地であり、茅ケ崎の堤にその菩提寺「浄見寺」があるという。意外に身近なところにあるために、何だか歴史上の人物が急に現実味を帯びてくる。



極意 密命・御庭番斬殺

2021年04月10日 14時02分03秒 | Review

―巻之九―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2007年10月20日初版。2009年10月15日第11刷。今回の話の大筋は将軍吉宗が調達した諜報組織の十六家、更に組織強化で追加した御庭番四家の中で起きた暗殺事件と、清之助が対峙する「尾張柳生七人衆」との激闘である。勿論、御庭番の暗殺に関しては惣三郎が関わる訳だが、何と言っても「御庭番」、簡単には姿を見せない。大岡以下総力を上げての捜査となる。
 一方、清之助の対する七人衆は順番に現れるから判りやすい。やはり印象に残るのは巌流島の戦いだろうか。「先の先」は勝ってなんぼの弱肉強食、先手必勝の戦国時代の武士。奇襲であり先手である。「後の先」は平和な時代に作られた武士の美意識。そんなことを考えながら、読み進んだ。

 道場などの神棚に「南無八幡大菩薩」という文言が掲げられているのをよく見かける。武士の宗教的な拠り所「武神=武運の神」となっているようだが、「八幡」というのは神、「菩薩」は仏である。何だか矛盾しているようだが、やはり神仏習合の影響によるものらしい。そもそも「八幡神」はヤハタノカミであり、ハチマンと言うは仏教読みなのだとか。「八」は八百万の神の「八」、「数多の」の意味で、いかにも日本らしい。





悲恋 密命・尾張柳生剣

2021年04月08日 12時45分16秒 | Review

―巻之八―
佐伯泰英/祥伝社文庫

 2007年10月20日初版。2008年3月25日第三刷。享保六年(1721年)師走から話は始まる。お題の「悲恋」はどなたの悲恋か。それは惣三郎の長女みわだった。不良浪人に絡まれて、そこに颯爽と登場した若い剣士だからひとたまりもない。実は、芝居だったのだ。若者は尾張四天王の一人で何とも二重人格的な人物に仕立てられている。みわはこの事件で自信を失い、すっかり落ち込んでしまった。まあ、さもあらん。
 その他、例によって魑魅魍魎の類のように次々といろいろな人物が惣三郎の前に登場して、もう歳だと言いながらも、相変わらずバッタバッタと薙ぎ倒す。回遊修行の清之助も付けてくる尾張の刺客を振り払いながら旅を続けている。

 吉宗を取り巻く環境は芳しくない。財政は一向に上向かず、改革も困難を極める。武家社会と台頭する商業主義が全く嚙み合わず、解決の方向性すら見えない時代であった。かろうじて体制を支えているのは、陰謀渦巻く権力闘争の中に在って、わずかばかりの「忠義」であったのだろう。そこに主人公が活躍する「影御用」の場がある。

 「密命」を読む中で、何とも変わった剣術の「流儀名」が出て来る。これは著者のオリジナルか、洒落かと思っていたが、そうでもなく、江戸時代には七百から七百五十ほどの流儀が実際にあったらしい。そうであってみれば、珍奇で冗談のような流儀名も納得できるというものだ。中でも一刀流、直心影流、神道無念流等は比較的主流の流儀であったようだ。