「選挙前までは経済最優先を訴え、選挙が終わると国論を二分するような政策を数の力で押し切る。安倍政権の政治手法の特徴である。」
「憲法は権力者のものではなく、私たちのものだ。」憲法は、行政権力、国会、司法を縛り、暴走を防ぐものです。
<毎日新聞社説>安部政権と憲法 生活者の実感を大切に
政治は選挙を経てギアチェンジを繰り返す。今年は参議院の選挙が実施される年だ。
返り咲きから4年目に入った安倍晋三首相は、参院選に並々ならぬ闘志を抱いているようだ。
例年より半月ほど早く、きょうから通常国会が開幕する日程にしたのも、昨年暮れに公明党の主張を入れて軽減税率の協議を決着させたのも、すべては参院選を有利に戦うための布石とみられている。
ただし、参院選はあくまで表の主役、陰に控える真の主役は憲法だと考えておくべきだろう。
公布から70年の節目
安倍首相は昨年11月28日、自ら会長を務める右派系の議員連盟「創生日本」の会合でこう訴えている。
「憲法改正をはじめ占領時代に作られた仕組みを変えることが(自民党の)立党の原点だ。来年の参院選で支援をお願いしたい」今年11月3日で憲法は公布から70年を迎える。来年は施行70年だ。これまで一度も改正されていない。
憲法を変えるには、衆参両院ともに「総議員の3分の2以上」の賛成を得て改正案を発議し、国民投票にかけなければならない。一時の多数派の意向だけで容易に変更ができないよう設けられた高いハードルだ。
現在、与党である自民、公明両党は衆院で3分の2以上の議席を占める。しかし、参院では3分の2まで30議席程度足りない。
安倍首相の自民党総裁任期は2018年9月までだ。長期政権を視野に入れる首相だが、党規約を改正して任期を延長しない限り、参院選に臨むのは今年が最後になる。
このため、首相としては何としても参院選に大勝し、改憲要件をクリアしたいところだろう。
会期150日間の通常国会は6月1日に閉会する。その直前、5月26日からは日本で主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が開催され、安倍首相が議長を務める。
これならサミットの成果を誇示する形で参院選になだれ込める。会期末に衆院を解散すれば7月に衆参同日選も可能になる。少なくとも同日選をにおわしておけば、野党の足並みを乱すことができる。
安倍政権が設定した国会日程からは、こんな思惑がうかがえる。
首相は参院選に向けて「1億総活躍社会」の実現や「新三本の矢」をアピールするはずだ。
選挙前までは経済最優先を訴え、選挙が終わると国論を二分するような政策を数の力で押し切る。安倍政権の政治手法の特徴である。 今年の参院選で同じことが繰り返されてはならない。結果次第で憲法改正という戦後最大のギアチェンジに直結する選挙になるからだ。
すでに自民党内では、参院選後をにらんで大災害を想定した「緊急事態条項」の追加を憲法改正の出発点にしようとする動きがある。昨年来言われてきた「お試し改憲」に近い発想だ。憲法に風穴を開けて本丸の9条に迫ろうというのだろう。
安倍首相が改憲に執念を燃やす理由を知るうえで印象深いやり取りがある。昨年5月の党首討論だ。
価値観を押しつけるな
日本が敗戦時に受け入れたポツダム宣言について、共産党の志位和夫委員長から感想を求められた安倍首相は「つまびらかに読んでいないから論評を差し控えたい」と答えた。
志位氏がただしたのは、宣言が日本の行為を「世界征服の挙」と非難している部分だったが、宣言は同時に日本の民主化と言論の自由、基本的人権の確立を求めている。
憲法学者の長谷部恭男氏は「国家が戦争を通じて攻撃しているのは、実は敵国の憲法原理だ」と述べている。この表現に従えば、日本は憲法の戦いに敗れて、新たな憲法原理を獲得したことになる。
「戦後レジームからの脱却」を唱え、現憲法を「占領軍の押しつけ」と呼んできた安倍首相だ。出発点であるポツダム宣言を読んでいないとは考えにくい。むしろ、宣言への抵抗感を隠すために論評を避けたととらえるのが自然ではないか。
私たちは憲法改正を決して否定はしない。改憲論者は好戦的で、護憲論者は平和主義といったステレオタイプの色分けも排する。
ただし、憲法が国民に特定の価値観を押しつけるものであってはならない。日本の伝統は守られるべきだが、憲法による保護を一番必要としているのは普遍的な人権だ。
すなわち最も基本的な国のルールである憲法の改正論議は、国民がいかに暮らしやすい国にするかをベースに組み立てられるべきだろう。
憲法が定めるのは抽象的なことではない。自由に小説や音楽を楽しめるのも、差別はいけないと多くの人が考えるのも、外国との関係を良くしようとする力が働くのも、憲法が基になっている。
憲法の議論ではそんな生活者の実感を大切にしたい。憲法は権力者のものではなく、私たちのものだ。