磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

風の子ピュータ

2007年07月21日 | 読書日記など
『風の子ピュータ』
     竹田まゆみ・作/中村悦子・絵/岩崎書店1992年

ボクといっしょで勉強のできない子どもが主役です。まあ、小学生くらいだったら、気にすることないと思うよ……。健康が一番! あせらず、あわてず、コツコツ勉強しましょう。




表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「ピュータは風の子どもです。いつも人間の子どもになりたいとあこがれていました。それを神さまにはなしたところ、神さまは、人間の子どもからハナマルをもらったら、人間にしてくれるというのです。そして、シンちゃんをしょうかいしてくれました。そっそくピュータは、人間の世界へまっしぐら。」


「あとがき」ではこんことを書かれています。下「」引用。

「おもいがけないとき、「あれ、風がいる」とおもったこと、ありませんか。
 そう、「風」って、どんなところにでも、あらわれるのよね。
 とてもうれしいときは、「よかったね」っていってくれるみたいだし、悲しいときは「元気だしなよ」っていってくれるみたい。」

やさしい方の心の中では、風もやさしい歌をうたっている感じがしませんか?

心理学的にいっても、環境がその人の心に語りかけているのです。
「このロクでなし! 生きている資格があるものか!」
そんなふうに、風が襲う人もいるでしょうね。

でも、そんな風は嘘の風ですよ。

「ウソつき大嫌い!」と、笑いましょうね。

そのウソつきの風こそが、きっとなくなっていい風なのです。

ようは気持ちの問題です。

多くの人に人気があって、成績がよくって、スタイルがよくって……。

--そんなこともないくせに、思い上がっている人もいるでしょう?

そういう人もいるんだから、少しは自分にやさしい風を……。

心の中にふかせてください。

やさしい風が心に吹く人は、きっと、まわりの人にとってやさしい風のような人になれるのではないでしょうか?

そんなことをいう人は多いですね。

--さて、それは事実でしょうか?……













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朝日選書534 原爆 表現と検閲 日本人はどう対応したか

2007年07月21日 | 読書日記など
『朝日選書534 原爆 表現と検閲 日本人はどう対応したか』
    堀場清子・著/朝日新聞社1995年

帯に書かれています。下「」引用。

「私たちは沈黙を強いられたのだろうか。
1945年、焼土の日本。新しい時代に期待し、ほとばしる言葉、文章。だが、周到に張りめぐらされた占領軍の検閲は、原爆の悲惨さを伝える術(すべ)さえ奪っていく。プランゲ文庫に残る原爆作品を中心に、検閲個所を復元しつつ、日本人自身の表現へのこだわりを問う。」



検閲といえば聞こえはいいものですね。

しかし、実際は事実を隠蔽して、『原爆神話』を作り出したのです。
善なる者がなしたのなら、良いことかもしれないが……。
それでも、きちんとした文書は残していないと仕事とはいえないでしょう。

このことについて、著者の知人は「検閲」なんか問題じゃないと……。それに対して著者。下「」引用。

「社会における軍隊の比重が上るに反比例して、言論の自由は極限される。」

暢気な著者ですね。これは実に重要なことです。
今、原発の耐震性がいわれていますが……。

--原爆から生まれた技術。
原爆の関係者がうみだした、平和利用……。
しかし、その実態は軍事と同じで隠蔽……。

最初から原発は、高く危険であった。
これを『安全神話』に切り替えていくには、隠蔽体質がなければ成立しません。

もし、原爆をもっときちんと見つめておいてくれたら、ボクがそう書くのはことなのです。

でも、これは日本に関したことではなく、原発をもつということは、こういうシステムを取らねば仕方がないのです。

アルコールを飲めば酔っぱらう。
--これと同様のことですね。

ですから、いくら、改革だ! 安全だ! と神輿をあげようが体質はかわらないのです。
変われば、原発は止まります……。
--「公害と原発のあるところに民主主義はない」ですね。


著者は当時、爆心地から九キロの所におられたという。

偽薬でも渡すことができたら、どんなによかっただろうと著者は書く。

ジグソー・パズルとは、うまい表現だと思いました。下「」引用。

「母や叔母たちと話しあってみると、同じ場所、同じ状況の中にいながら、体験や記憶がそれぞれに違っている。まるで各自が、ジグソー・パズルの別々の一片を抱えこんでいるように、それほど、どの局面も切羽詰まり、混乱をきわめていた。」

社会もまたジグソーパズルなのに、気に入らないピースを切り捨てる国家社会主義者……。

著者は被爆者ではないのにと、非難をうけ、原爆をテーマにした詩をかくのをやめられたという。--後悔されているようです。

カトリック司教ブリエ「宗教の自由、平和を口さきだけでいっている、原子爆弾主義者の悪だくみを、うちくだかなければならない」


そして、意外なことに、検閲というよりも自己規制されていたようです。
言論を仕事というよりも商売にされている日本らしいことですね。

大手新聞は、軍部を暴走させたのも、自らの責任はなく、強制されたという……。
--そして、原発もきっと同様なのでしょう……。
それでは、ジャーナリストではないですね。

検閲処分を受けた原爆作品は少なかった。その理由。
1.すでに重要な資料はアメリカ軍の独占状態。
2.朝日新聞社の停止(1945年9月18~20日)以後、マスメディアは自己規制。
著者が調査するにも、文献や資料がなく証明できなかったのもあるようです。


朝日選書534 原爆 表現と検閲 日本人はどう対応したか






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103 金魚鉢の汚染

2007年07月21日 | ライト小説
総理がコジキでコジキがソーリィー

四章、ゼロサム社会




103 金魚鉢の汚染


教育の弊害は、ヒトラーにだけではない、多くの人に現れており、残虐な犯罪をした者もまた教育の弊害だと、アリス・ミラーは指摘する。

裁判官でさえ、この社会の教育を受けた同じ人間であるから、その判決にも教育の弊害があらわれているという。

金魚鉢の汚染が問題なら、その中の金魚はすべて影響を受けているといってもいいだろう。

もちろん、ここでは社会を金魚鉢として表現してある。

そんな話を長々と美智子はした。

「そういう考え方って、おもしろいわね。わたしも、その本を読んでみたいわ」
「そういうと思ったわ、持ってきたから、読む?」

--美智子の話をきいてクラス委員は喜んでいた。

美智子は沙也加が総理大臣の娘だとは知らない。

総理の娘に似た、もう一人のちがう先輩と認識している。

髪形も違うし、気さくな沙也加がまさか……とさえ思っている。


「わたしたちの生徒会を素晴らしいものにしましようよ」

電話でも、美智子とクラス委員は話していた。

「そうよね、憎しみは大切なことだと私も思うわ。ヒトラーが伯母さんを憎しむことを許されず、憎しんでいることすら、理解できない。だけど潜在意識では、その憎しみはあったわけでしょう。その憎しみを払いのけるために、ユダヤ人たちを殺したんでしょう」

「そうよ、もし、ヒトラーが伯母を憎しんでいたら、ユダヤ人を殺すこともなかっただろうし、もしかしたら、伯母さんを許すこともできていたかもしれない。憎しみをきちんとしなければ、許すことさえもできないってこと、それを知ったことが、貴重なことだったわ」

「ふーん、そんなこと教えてくれる先輩がいたんだあー。いいなあー、沙也加先輩っていうだあー」

今、女性は素晴らしい働きをしている。多くの新しい発見や、新しい考えは女性の手で行われている。

この『魂の殺人』を書いたアリス・ミラーもその一人だろう。

--教育の弊害、それは社会の弊害でもある。多くの人がもっている病的なものであり、社会病理学とも関係することだろう。








閑話休題

--憎しみ。

これに関する童話を読んだ。

ある頭のいい奴が、

わざと、憎しみをうえつけ、

関係のない人を憎悪の対象にする。

そして、本当の悪い奴は、

それを見て笑っている。

こんなことは、

現実社会には意外にある。

乗せられている人たちは、

そんなことも理解されていない。

高学歴だからといって、

この手のマンイド・コントロールに

乗らないとは限らない。

むしろ、高学歴の人の方が、

だましやすいという方もいる。

安っぽいプライドをもっている人ほど、

だましやすいそうだ……。

……金魚鉢は汚染されている。










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