龍の声

龍の声は、天の声

 第5話「慟哭!出撃命令下る」

2024-06-29 06:11:32 | 日本

青空が広がる朝、突然、松本中尉がやってきた。
父「ありゃー、どぎゃんしたとですか?今日は」 
父は何かある!と感じたのか、奥の部屋に松本中尉を招きいれた。いつも夕方と思いながら「いよいよ・・」という感じは拭いきれなかった。私は、耳をそばだてて聞き入ったり、様子を探ったり、母が目頭を拭いながらお茶を運ぶ姿に、どうやら出撃命令が下った模様が窺い知れた。
「小父さん、いよいよ沖縄へ飛ぶことになりました。いろいろとお世話になりました。」こんな内容の言葉だったように思う。いよいよ松村中尉ともお別れか・・と思うと寂しさが込み上げてきた。やがて両親との話も終わった。

そして、私の顔を見ると、「おお、坊や、試し切りでもやるか!」と持ってきた軍刀を抜き、庭先の桜の木に、孟宋竹(もうそうだけ)を立てかけ、正眼に構えて、一気に振り落とした。しかし、竹は半分しか切れず、刃こぼれした軍刀を見つめながら「なまくらじゃのう」と呟いていた。

今度は「坊や、山に行こうか?」と誘われたので、私は後に続いた。道中、「坊やともいよいよお別れだな・・。明後日、沖縄へ飛ぶことになったんだ・・」私は何と応えたらよいか、只々うなずくだけであった。松本中尉「ところでどうだい、学校は?」と問いかけられた。私は戸惑いながら、「ハア、空襲ばっかで授業はなかとです・・」消え入りそうな声で応えると、「そうか、ごめんな。飛行機さえあればアー・・」 後は、お互いに言葉が途切れてしまった。

やがて頂上に着き、本明川と諫早駅を臨む景色を眺めていたとき、松本中尉が急に、「坊や、ここで待っててくれないか・・」と言い残すと、そそくさと茂みの中へ入って行った。5分・・20分・・。時間が過ぎていく。私は、もしや?割腹?・・いやあ、そんな筈はない。居ても立ってもおれなくなり、不安を胸に、私も後を追った。かなり奥へ入り込むと、何やら泣き声のような声が聞こえてきた。そこで見た光景は・・・。

「俺はあした死ぬんだ。母ちゃん・・、母ちゃんよオ・・・、母ちゃん死ぬんだよオ・・、サイナラ・・、母ちゃんよオ・・、サ・イ・ナ・ラ・、母ちゃん・・、オウ・・」

正に、狂った猛獣の如く、木という木を、メッタ切り、絶叫し、号泣し切りまくる姿は、あの冷静でリーダー格だった松本中尉さんも、とうとう狂ってしまったのか??と子供心に衝撃と恐怖の光景であった。藪の隙間から見た光景は、軍人・松本中尉から想像も出来ない姿であり、地べたにひれ伏して母の名を呼び続ける姿は、邪気のない子供・・、人間松本中尉・・、いや、松本義人の真実の裸の姿があった。

うつ伏して、力尽きたか?松本中尉はやおら立ち上がり、我に返ったか「お~い、坊や!どこにいる?」私を探している様子。出て行っても大丈夫かな?とためらいながら薮の中から顔を出した。「お~、ごめんな!」の一言で安心し、私はトボトボと山道を下りて行った。私には、衝撃が大きかったので交わす言葉もなく、只ひたすら黙々と家路へと向った。

若さ、夢、青春、人生の全てを大義に殉じた若鷲たち。しかし、母の前には邪気のない子供・・。如何に母の存在は偉大であろうか!永遠の崇高の愛である。それにしても、「母ちゃん!俺はあした死ぬんだア・・。母ちゃん!・・」の絶叫は、今でも耳にこびりついて離れない。






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