龍の声

龍の声は、天の声

「敗戦75年に想うこと (その2) 」

2020-08-31 09:52:52 | 日本

菅家一比古さんから言霊の華が届いた。
以下、要約し記す。

先の大戦を「愚かな戦争だった」と一口で片づけることは、ご英霊に対しとても失礼であり、侮辱的なことであります。もっと歴史的、文明史的に観て判断すべきでしょう。その文明史観について述べたいと思います。

天正10年(1582年)九州のキリシタン大名、大友宗麟らの名代として、天正少年使節団がローマへ派遣されました。ローマでは法王に謁見し、天正18年(1590年)に帰国します。8年間のヨーロッパ滞在で眼にしたものが報告されており、それを読むと愕然とさせられます。

「行く先々で、日本人女性がどこまで行っても沢山目につく。ヨーロッパ各地で何万という。肌白く、みめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷として転売されていくのを正視できない。鉄の伽(とぎ)をはめられ、同国人(日本人)をかかる遠い地に売り払う輩(やから)への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父(神父)が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている(日本女性を)」。

豊臣秀吉が下した「伴天連(バテレン)追放令」の目的は、日本人奴隷売買禁止のためでした。秀吉の側近にいたルイス・フロイスの著書「日本史」の中にもあります。秀吉から副菅区長のコエリョとフロイスに遣わされた使者の言葉として、「高圧的な布教の禁止」、「家畜肉食への批判」、「日本における奴隷売買の禁止」を伝えたとの記録が残っています。

愛を説きながら、平然と人身売買をし、奴隷にする宣教師たち。秀吉の命令を受け、バテレン船を調査した長崎大村藩の役人たちが目にしたものは、夥しい数の婦女子や男たちが船倉に押し込められていた姿でした。これが決定的となり、バテレン追放令が発せられます。この背景にあったものがキリスト教だったのです。

旧約聖書「民数記」では、神の宣託を受けたモーゼが「神の言葉」として、人々に「男も女も全て虐殺しろ」「男を知らない処女は分かち合え」と命じたのです。聖書を信ずるキリスト教徒たちは、異教徒はそのように扱うのが神の御業(みわざ)、神の国を実現することに他ならないと信じたのでした。

白人キリスト教徒以外の異教徒は人間とは思われていなかったのです。大航海時代、スペインは16世紀に中南米で殺害した原住民の数は一億人に達すると言われております。スペイン、ポルトガルばかりではありません。北米大陸では1620年にメイフラワー号に乗った清教徒たちが上陸し、それを契機に次々と清教徒たちが上陸します。そして原住民を虐殺しながら西へ西へと進出したのです。

世界の歴史は、大虐殺と奴隷制度によって綴られて来ました。それはキリスト教以前から始まります。奴隷制度は、古代ギリシャに起こり、捕虜は奴隷にされ、戦利品として売買されたのです。古代ローマも同じです。そしてキリスト教によって更に激しくなります。

中世に栄華を極めたイタリアの商人たちは、奴隷貿易で儲けていました。ギリシャ人、トルコ人、スラブ人、アルメニア人、タタール人等がアレクサンドリアやベネチアへと売られていきました。大航海時代になると、アフリカ大陸の黒人が、奴隷貿易の主力商品となります。

白人キリスト教のスペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダ、アメリカは、アフリカ大陸から黒人を奴隷として「新大陸」に運んで来ます。奴隷船花盛りの時代そのものでした。奴隷貿易に拍車がかかったのは、1452年、ローマ教皇ニコラウス五世が、ポルトガル人に「異教徒を永遠に奴隷とする許可を与える」としたからです。これにより、白人キリスト教徒による奴隷狩りが始まったのです。









「中国の尖閣侵略作戦が始まる④」

2020-08-30 06:10:18 | 日本

◎「日米は劣勢下でどう戦うのか」が主要なテーマだ。

有事にイージス艦を東・南シナ海に浮かべてミサイル防衛を実行するなどは自殺行為だ。
米国ですら東シナ海では無人機、無人艇、潜水艦などで戦わざるを得ないことを政治家やマスコミは知っているのか。
米軍は10年の激論を乗り越え統合戦略の海洋圧迫戦略(Maritime Pressure Strategy)を対中作戦・戦略の柱に据えた。


◎日米の作戦の合体の柱は次の通りである。

日本が合体させるのは海洋圧迫戦略であり、今の防衛大綱の戦力を修正しつつ、本当に戦って勝てる教義(ドクトリン)を策定しなければならない。
これが予算の大本、防衛の柱である。負けると思うから某政治家のように中国に対して敗北主義や宥和政策を採るようになってしまう。中国に勝つことを考え、実行すべきであろう。
米国の戦略の大きな柱は、陸軍・海兵隊が長射程対艦・対地ミサイルおよび電子戦部隊を日本や第1列島線に展開して中国軍の侵攻を阻止・撃破する壁を作り、主に中国の水上艦・潜水艦を撃滅することにある。

海空軍は、第1列島線の地上部隊を壁として、中国のミサイルの射程外から長射程対艦ミサイルを多数発射して中国艦艇を撃破することになる。
この際、日本は中国のミサイルなどの攻撃に対し、米国に中国本土への懲罰的打撃を依存することになることから、日本は長射程ミサイルの持ち込みを容認すると共に、非核三原則の核兵器を持ち込ませないという政策は直ちに廃止すべきである。
そして、上記の行動に連携して、第2列島線からマラッカ海峡にかけて米英豪仏印が主体で海上経済封鎖する。これでマラッカ、スンダ、ロンボック海峡は完全に封鎖される。

これに呼応して、日本の防衛の柱は、言うまでもなく「船(潜水艦を含む)を沈めよ」である。
台湾も対艦ミサイルを保有しているし、豪州も米国製の長射程対艦ミサイルの保有を決めた。
今や日本発の主流の非対称の作戦であるが、国家安全保障戦略の改定や防衛大綱議論で強調されることがないのは不思議だ。
陸海空自共に東シナ海・日本海をカバーできる長射程対艦ミサイルと撃破に必要な数量を至急装備化しなければならない。
 ちなみに、「F35B」を搭載した「いずも型」護衛艦は、米印英仏豪などと海上経済封鎖を構築するための戦力である。


◎終りに

日本のみならず世界は激変、激動の真っ只中にあるが、その先の希望ある世界へ向かうために次のことを念頭に置き時代の激流を渡ることが必須である。
①国内奴隷を使う中国のサプライチェーンによるグローバル化を終焉させ、強い、豊かな国家再生の原点に立ち返る。
日本企業も政府ももう一度技術者を中心に国内回帰させ、国内産業を活性化すべきであり、また、それは日本人の義務である
②倫理観を重視し、個人の豊かさ、自由、幸福を追求できる国民国家の再生。
③国民が自らの国は自ら守る原点に回帰し、自由を重視する人間性ある国家と共闘する強い意志と軍事力を保有。
④中国の軍事的野望を断念させる自由主義国家グループの強い意志と軍事力、軍事戦略の再構築。
 その根本は、日米が主導するインドアジア太平洋戦略である



<了>











「中国の尖閣侵略作戦が始まる③」

2020-08-29 05:58:30 | 日本

◎国家存亡の危機における日本の防衛

日本は間違いなく国家存亡の時代に入った。その認識がないから、また、前例主義の調整型危機管理を続けたため国家意思が麻痺してしまっているから時代の激変に無頓着だ。
間違いなく前例のない危機の時代に足を踏み込んでおり、現憲法の前提は崩壊し、防衛力整備の考え方は危機の時代に全く不適合である。そのことをこそ国会で議論すべきではないのか。

事実、現防衛力は、中国と北朝鮮の軍事的脅威が明確になったにもかかわらず「自らが脅威となることなく、戦争を誘発する軍事的空白を作らない」という「平時の防衛力」の発想で構築されている。 
だから、尖閣諸島に軍隊に属する中国公船が縦横無尽に領海侵犯しても、警戒監視を継続し、中国に遺憾の意を伝えることしかできない。
まさに現防衛力は、平時に一応装備品やミサイルなどを並べたショウウインドウ戦力でしかなく、本気で日本を侵略しようとしている国々にとっては、抑止も効かない弱点だらけの飾り物にしか過ぎないのだ。
この事実を理解したうえで既に手遅れだが、本気で次のことをすみやかに解決しなければならない。


◎前提を改めよ

●現憲法前文にある「諸国民の公正と信義に信頼し」という前提は崩壊している。
ならば、国民を守り切る為の防衛力を再構築しなければなるまい。その基本は平時ではなくグレーゾーン・有事対処である。有事に機能しない防衛力は張子の虎である。

●憲法に自衛隊を明記するとの考えは既に周回遅れだ。
「国防軍」として諸外国の軍隊が保有する自衛権を行使しなければ、足手まといとなり米国などと共に中国に立ち向かうことはできない。
国家非常事態に関する法整備も、国境警備法などの制定も待ったなしである。特にグレーゾーンに対応する法整備がないのは致命的だ。
また、専守防衛や非核三原則中、核の持ち込み禁止などの政策は直ちに廃止すべきである。

尖閣に大挙して侵入する海上民兵を乗せた漁船は、空軍やホーベイ(紅稗)級のミサイル艇、軍艦、地上発射型の対艦ミサイルなどに支援された軍事作戦を遂行する。
従って、これを抑止し、対処するためには、まず日米の共同哨戒を直ちに実施すべきである。
そして今からでも遅くはないので、地域調査などの為に国の調査員を尖閣に速やかに派遣する事を宣言すべきだ。
そして、自衛隊の防衛準備態勢(DEFCON)を引き上げ、 九州から南西諸島全域に防衛出動待機命令を発令すべきである。
中国沿岸にも尖閣を睨んだ対艦ミサイル部隊などを展開している事実は、当然、日本も後方から軍事支援するつもりだと考えるだろう。
すなわち、尖閣のみならず、石垣島、宮古島など南西諸島全域にも中国軍の攻撃がある事を前提に防衛の態勢を固めなければならない。

●防衛の基本的考え方は、防衛省、特に統合幕僚監部、国家安全保障局の防衛主導へ転換すべきだ。
そして、財政主導のショーウィンドウに並べただけの平時専用の防衛力整備は直ちにやめ、中国、北朝鮮の脅威に対抗できる「脅威対向型」の自主防衛力を至急構築すべきだ。
防衛費は3~4倍になるだろうが、国が亡びるよりもましだろう。

一方で、「対称戦力」(船には船を、航空機には航空機を)の考え方に偏ると防衛費は際限なく増加することから、「非対称戦力」(船にはミサイルや潜水艦・機雷を、敵のミサイル攻撃にはサイバー・電磁波の戦いを組み合わせるなど)で戦う事を追求すべきだ。
また、防衛大綱における海空優先の方針は戦争の実相を無視している。
もちろん海空戦力の充実は重要だが、中国の艦艇・航空機の激増により既に東・南シナ海では劣勢で、さらにその差は拡大しているという事実を政府は認め、現実的な「非対称の戦い」に勝ち目を見出すべきだ。













「中国の尖閣侵略作戦が始まるまる②」

2020-08-28 06:32:24 | 日本

◎分断する世界の切り口は人間的社会vs非人間的社会である。

中国に経済を寄りかかるドイツや一帯一路に入ったイタリアなどはG7に不適格だ。韓国にはサムスン電子などの中国傾斜を辞めよという警告だ。
ロシアの加入は中ロ分断のためには必須だ。今後は、米日豪印英仏加に露を加え、台湾や東南アジア諸国を巻き込むべきだろう。
米国は、2018年10月のマイク・ペンス副大統領の演説で、従来の対中政策が誤りであったと懺悔し、中国に立ち向かう決意を明確にした。
2019年3月には超党派で「残酷な全体主義の支配を許さない」と宣言した。
中国が核心的利益と称する台湾にも軍事支援を強化する米国の決意は固い。そして、2020年7月23日のマイク・ポンペオ国務長官の「自由主義国家は団結して中国共産党に打ち勝たねばならない」という声明へと繋がっている。


◎米国の決意は不退転だ

日本はいつも曖昧だが、今回はその曖昧さは命取りである。さらに台湾との安全保障・防衛協力の行方は日本が本気かどうかの踏み絵だ。
日台交流基本法などの締結は待ったなしである。日本と台湾は中国の脅威の前には運命共同体だ。どちらか片方が倒れれば両方とも倒れる。
それが現実であり、そのため米国は日本が韓国ではなく台湾と共に中国に立ち向かうことを切望している。

香港の民主活動家の周庭氏(8月10日に国安法違反の疑いで逮捕)が5月27日にツイッターに掲載している。
小・中学生が護送される、これが中国の本性だ。こんな未来を日本人は望んでいるのか。チベット、ウイグル、香港そして次は台湾、日本だ。
自民党、公明党の与党で習近平主席の国賓訪日に反対しない勢力が幅を利かせ、また、そんな首相候補がいるが、こんな未来を許容するのか。
こんな世界を拒絶し自由社会を守るために、日本人は自らの立ち位置を明確にして、自らの代表を選び直さなければならない。










「中国の尖閣侵略作戦が始まる①」

2020-08-27 06:18:47 | 日本

用田和仁さんが「中国の尖閣侵略作戦が始まる」と題して記載している。これは誠に重大事である。
以下、要約し記す。


◎国家的危機に何もしない国会は解散せよ!

外交、経済、防衛のいずれもが危機的状況を迎えようとしているのに、国会は閉会し、日本政府は日本経済が倒れていく様を呆然と眺め、自民党の税調はこの経済的危機にあって増税を審議している。

米国は、景気回復のために大統領令を発出してコロナと戦いながら、次々と救済策を打ち出しているのと対照的だ。
コロナ禍、それに引き続く経済の崩壊、そして米中の本格的軍事対決の危機が迫っているのに、何も議論しないどころか、経済でさらに国民を痛めつけ、香港や中国問題には見て見ぬふりするこの国に異様さを感じないだろうか。
本来、国の危機をいち早く訴え、警鐘を鳴らさなければならないマスコミや保守と言われる人たちは、一部を除き「米中の対決に日本は巻き込まれることなく、のらりくらりとかわして行けばいい」と言う始末だ。
最悪の事態に備え、事前に手を打っていかなければならないとする考え方は、どうもこの日本では極少数派の意見のようで、そのため国民に国家的危機の認識がない。

少なくとも、8月16日以降、中国漁船が大挙して尖閣周辺に押し寄せることが予測されていながら、何も議論することがないのだろうか。
国家の危機に無反応で道義も失った内閣は総辞職すべきであり、衆議院は即、解散し総選挙を実施すべきではなかろうか。 
争点はただ一つ、米国と共に自由主義国家と共に歩むのか、それとも化けの皮が剥がれた非人道的な中国の属国として生きるのかである。


◎激変する未来を予測できない日本

(1)戦後、軍事を排斥した日本
戦後、軍事をないがしろにし、現実の危機や紛争から憲法の制約だと言って逃げ続けてきた日本人は、最悪を予測してそれに備えるという危機管理の鉄則まで放棄してしまった。

それに加え、多くの日本人が中国の軍事的挑戦に慣らされてしまい、抵抗の意思さえ示さなくなっている。
警察の力と権限で軍事力に立ち向かうことはできないので、いずれ簡単に尖閣諸島は獲られてしまうだろう。
コロナ禍にあって日本は、何となく小康状態を保ち、経済的大不況の前触れにも、米中の本格的対決の時が迫っていることにも反応せず、政治家、経済界などは米中どちらが儲かるかで両者を天秤にかけている。

日本以外の世界の指導者が宣言するように、ワクチン開発までの「見えないコロナウイルスとの闘い」は、いわば戦争であり、それに起因する「経済崩壊」と「米中の本格的対決」は世界を二分するだろう。
それは形を変えた戦争が拡大しながら継続するということだ。
これは予言者でなくとも、最悪のシナリオを考えれば自然と導かれる未来図だ。

前例踏襲の調整型の危機管理しか考えず、政府の危機管理組織に軍事的知見を持った専門家がいない日本は、最悪に対応する軍隊型の危機管理が分からないし、決断し実行するシステムになっていない。
コロナウイルスの感染爆発を何とか食い止めている今こそ大胆に国の行く末を考えなければならない時なのに、思考停止している。
現段階は、コロナに対処をしつつ、経済の底が抜けないように手当てし、自立の道を支援することが重要だ。だが政府がこの難しいかじ取りをしているようには見えない。

しかし、コロナ禍と経済崩壊への対処は言わば前哨戦であり、次に来る米中本格対決こそ本丸である。
日本は自由世界で生きるのか、全体主義国家に跪くのか、大きな決断を迫られる。
いずれにしても、日本は真に戦える軍事力を至急構築しなければ、国難の連続を乗り切ることはできない。
情勢は、これらへの対応を無駄と考える日本を置き去りにして、従来の考えが全く通用しない時代へと突き進んでいるのだ。


(2)なぜ中国を主敵として腹を決めないのか

連続する災いの本質は中国である。コロナウイルスをまき散らし、経済崩壊を世界にもたらし、そのうえこれをチャンスとして一挙に軍事的覇権の牙をむき出しにしている。

それでなくとも中国が宣言する核心的利益は当初チベット、ウイグル、台湾と言っていたものが南シナ海、そして尖閣諸島へと拡大し続けている。
中国の力が及ぶ範囲が自国の領土であるという考えを裏づけている。
米国はいまだにコロナ禍に苦しんでいるが、7月の中国の南シナ海での軍事演習に合わせ、空母2隻を南シナ海に送って対決の姿勢を明確にした。恐らく水中では両国の潜水艦が激しく鍔迫り合いを演じているだろう。
さらに、米国は他国の領土問題には関与しないこれまでの方針を転換し、南シナ海における中国の領有権主張に対し公式非難に転じた。
米国のコロナによる死者は16万人を超え増え続けており、朝鮮戦争、ベトナム戦争の戦死者を超えてしまった。米国の怒りは最早限界を超えたと見るべきだ。

香港やウイグル、チベットなどの中国の非人間的振る舞いも含めて米国のみならず、欧州などは絶対に中国を許さないだろう。
インドは、中国の侵略を受けて敢然と応戦し、オーストラリアも中国から制裁を受けながらも戦い続けている。
中国との戦いは、単なる覇権争いの域を超え、「人間的社会vs恐怖と抑圧による非人間的社会」の戦いに変質し世界を二分しつつある。
中国による利益誘導や強権体質の国とはいえ香港への国家安全維持法を認める国が53か国、これに反対する日米欧などの勢力が27か国だったことは、その流れを示している。

この変質を日本政府は分かっているのだろうか。
歴史の流れは一瞬にして変化する。その変化を見誤ったら間違いなく国を亡ぼす。
そして「倫理観なき国家は滅び、倫理観なき経済は蔑まされる」そういう時代に来たということだ。
恐らく、11月の米大統領選挙後に開催予定のG7プラス4で大勢は決まるだろう。トランプ大統領のG7は時代に合わないという認識は正しい。














「敗戦75年に想うこと」

2020-08-26 06:01:22 | 日本

菅家さんよりメールが来た。
以下、要約し記す。


高須クリニックの高須克弥先生も仰っていたことですが、「人は二度死ぬ、一度目は肉体としての死で皆そう思い込んでいる。死んだら終わりだと。しかし人間は肉体的死があっても実は死なないのです。皆の記憶に残っている間中は、実は生き続けているのです。靖国に祀られるというのは神になるということであり、神は永遠です。靖国に来ればいつも父に会える、祖父に会える、夫に会える。会ったこともない孫や玄孫(やしゃご)が来てお爺ちゃんを讃えてくれる。英霊たちが靖国で会おうと戦友と誓い、家族に宛てた手紙で述べたのは、単なる比喩ではなく、永遠の生命を手に入れるためのことだったのです。」と。

二度目の死とは何か。それは後世の人々の記憶から忘れ去られ、顧みられなくなった時です。ご先祖と子孫の関係も同じでしょう。あの世とこの世は陸続きになっており、あの世は常にこの世に忍び入っており、強く干渉して来ます。繋がりが切れるとあの世は不安定となり、この世に霊障をもたらし、国内は乱れ、国力が弱るのは当然です。

先の大戦のことを多くのメディアや人々が「愚かな戦争」と言い切っているのを時々テレビなどで目にする度、国の楯になって犠牲になった英霊たちに申し訳ない氣持ちになり、憤りを憶えます。英霊たちのこと、犬死にだとでも思っているのでしょう。愚かな戦争に駆り出された哀れな人々だと。これでは英霊たちは浮かばれません。

愚かな戦争が何故、白人植民地支配から有色人種を解放し独立に至らしめることができたのか。その愚かな戦争が何故太古の昔から続くのか。人類の歴史とは戦争の歴史だったと言えるでしょう。

現代我々人類が享受している民主主義、自由、平和、平等も戦争の結果もたらされたものなのです。とくにアジア諸国の植民地支配からの解放、独立国家の建設、経済の発展は、先の大戦がもたらしました。

その事実はASEAN諸国もインドも中東もよく知っているからこそ、そのほとんどが親日国なのです。インドでは昭和陛下が崩御された後、一週間半旗を掲げ、国民全体が喪に服しました。

戦争にはどうしても避けて通れないものもあるのです。尖閣が若し、武力侵攻され占領されたら、武力衝突は絶対避けられないでしょう。日米開戦の時もそうでした。日本は昭和陛下の御(み)心を受けて、直前まで平和交渉を続けていましたが、次から次へと無理難題を強圧的に押し付けられ、「座して死を待つか、立(起)って活路を開くか」の決断を迫られたのです。

欧米諸国は、アジアに於ける自らの権益である植民地支配を脅(おびや)かす日本を叩きのめしたかったのです。米、英は戦争のシナリオを作り、日本に仕掛けたのです。遠からず、欧米との戦争は避けて通れなかったでしょう。

戦って失った人命や物は確かに大きかったのですが、しかし連合国はアジア(インドも含め)での権益である植民地の全てを失ったのでした。日本のアジアの解放という大東亜戦争の理念は勝利したのです。









「コロナ禍と引きこもりと社会構造の激変、これが8050問題の解決策だ!⑤」

2020-08-25 06:10:15 | 日本

◎引きこもりを「変える」のではなくそのままで暮らせる社会づくりが重要

「引きこもりにもっと理解を」「社会みんなで手を差し伸べましょう」というのは、一見すると引きこもりの人たちに優しい社会ではあるのだが、他方で、引きこもりの人たちに「俺は社会から気を使われる存在」だと思わせて、その強烈な「被害者意識」から「暴走」をさせてしまう恐れがあるのだ。

以上が、引きこもりの「自立支援」がよくない理由である。
この手の話が注目が集めると、お約束のように「引きこもりというレッテル貼りはやめるべき」「引きこもりの人たちへの差別や偏見を助長するような言葉は控えるべき」とか騒ぐ人たちがいる。
その主張には何の異論もないが、そのような優等生的な意見だけでは何も変わらないという現実も直視すべきだ。
まずすべきは、引きこもりの人たちを「変える」とか、どうにかして社会に適応させるなんて、「上から目線」の傲慢な考え方を捨てることだ。
一方で、過度な哀れみや配慮もやめるべきだ。引きこもりの人が傷つくので、これを言うな、ああいう問題と結びつけるなと「タブー」扱いをしても、本人たちがいらぬ勘違いをするし、口を封じ込められた人たちの憎悪も増す。何もいいことはない。

そういう「弱者を守れ」的な政治運動に利用するのではなく、引きこもりという人たちのありのままを受け入れればいい。そして、彼らの生き方を持続できるシステムを整備するだけでいいのだ。

そうすれば、高齢の親に寄生することなく、1人で引きこもることができる。多くの悲劇が家族間で起きているという現実に鑑みれば、我々が目指すべきは、「引きこもりのいない社会」ではなく、「家族と離れても引きこもりができる社会」ではないのか。


<了>











「コロナ禍と引きこもりと社会構造の激変、これが8050問題の解決策だ!④」

2020-08-24 05:56:53 | 日本

◎「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる

その典型的なケースだった可能性が高いのが、川崎の事件を起こした岩崎隆一容疑者だ。
今年1月、引きこもり傾向を相談していた市職員からアドバイスを受けて、おじが手紙を書いた。手紙の中で自分のことを「引きこもり」と書かれていることに対して、岩崎容疑者はカチンときたようで、「自分のことはちゃんとやっている。食事も洗濯も自分でやっているのに、引きこもりとは何だ」と怒ったという。

もちろん、引きこもりの人はすべてプライドが高いなどと言うつもりは毛頭ない。受け取った手紙に「引きこもり」という文言があっても、なんとも思わないという方もいらっしゃるだろう。しかし、9割の人が「他人に干渉されたくない」と思っているのも事実だ。
そういう人たちに、「自立支援」という、かなり一方的で押しつけがましい「干渉」をしても、反感を買うだけというのは容易に想像できよう。
また、「自立支援」というスタンスの最大の問題なのは、(3)の《腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる》ということだ。

「支える」「助ける」という「上から目線」の扱いがまずいのは、引きこもりの人たちに「自分は社会からサポートされるようなかわいそうな立場の人間なのだ」と錯覚させてしまうことにある。そういう被害者意識を植え付けられた人は往々にして、周囲を困らせるパターンがよくあるのだ。
10年くらい前、世間を震撼させた猟奇事件を起こして服役していた人物と親交があった。当時で50代後半だったが仕事はなく、大企業の役員をしていた父の家で暮らし、その父が亡くなった後も、父の残した資産で食べ繋いでいた。今でいう「中高年引きこもり」だ。

最初は普通に友人付き合いをしていたが、何かにつけて社会が悪いとか、自分のことを評価しない、誰それが悪いという愚痴っぽい話が多いので、次第に距離を取るようになっていった。すると、ある日、携帯電話にこんな留守電が入っていた。
「そんなに僕に冷たくするのなら、これから包丁を持って渋谷のスクランブル交差点に行って誰かを刺します。捕まったら、友人から避けられて人生が嫌になったと言ってやりますよ」

私は速攻で自宅に伺って、話相手になってご機嫌取りをする羽目になった。なにせ相手は一度、人を殺した経験がある人物なのだ。











「コロナ禍と引きこもりと社会構造の激変、これが8050問題の解決策だ!③」

2020-08-23 06:00:07 | 日本

◎「自立支援」という言葉自体が引きこもりに喧嘩を売っている

これはつまり、この問題が「草の根の頑張り」で解決できるような類いのものではないということである。多少の税金を投入して、引きこもり支援の人員を増加するとかではなく、これまでとはまったく異なる方面からアプローチしなくてはいけないということなのだ。
そこに加えて、従来の自立支援が問題なのは、(2)の《引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける》という側面があるからだ。
偏見とかディスっているわけではなく、引きこもりの人というのは、一般の人よりも「自尊心」が高いという傾向がある。それは内閣府の調査(生活状況に関する調査、平成30年)でも浮かび上がっている。

「他人から間違いや欠点を指摘されると、憂うつな気分が続く」という質問に、「はい」「どちらかといえば、はい」と答えた人の割合が、引きこもりではない人たちが34.8%だったことに対して、「広義の引きこもり群」は55.3%と明らかに高くなっている。
また、「自分の生活のことで、人から干渉されたくない」という質問に関しても、引きこもりではない人たちが79.9%なのに対して、「広義の引きこもり群」は93.6%となっている。

皆さんの周りにいる、他人の意見に耳を貸さない人、間違いを指摘されると不機嫌になる人を思い浮かべていただければわかるが、このような人たちは基本的に、プライドが高いのである。では、そういう人たちが「あなたが自立するように支援しますよ」「手を差し伸べますよ」なんて言われたら、どういう感情が湧き上がるのかを想像していいただきたい。

憂鬱、苦痛、不機嫌――中には、侮辱されたと怒りの感情を爆発させる人もいるのではないか。プライドが高い人に対して「引きこもり自立支援」というのは、明らかに「上から目線」で喧嘩を売っているようなものなのだ。











「コロナ禍と引きこもりと社会構造の激変、これが8050問題の解決策だ!②」

2020-08-21 07:44:34 | 日本

◎従来の引きこもり支援では歯が立たない3つの理由

役所に行かずとも、生活保護の申請などの面倒な手続きができるような制度の整備、親が遺した不動産や資産を活用して、安心して引きこもり生活が送れるようなアドバイス、そして誰とも顔を合わせずにできる在宅ワークの斡旋などなど、「引きこもり生活の支援」である。
もちろん、社会復帰したいという方には、これまで通りの就労支援をすればいい。が、引きこもりは10人いれば10通りの問題があり、中には社会に出たくないという人もいる。というよりも、そっちが大多数なのだ。そのような人たちを無理に外へ引っ張り出して、「みんなと同じように働け」と迫るより、これまでのライフスタイルを維持しながら、引きこもりの人なりに社会と関わる方が、本人にとっても、社会にとっても幸せなのだ。
「はあ?そんな甘っちょろいやり方では、引きこもりが増えていく一方で何の解決にもならないぞ!」と怒る方もいらっしゃるかもしれないが、現実問題として、初老にさしかかったような人の生き方・考え方をガラリと変えさせるのは非常に難しい。しかも、60万人以上という膨大な数の人々を変えることなど不可能だ。

だったら、社会が変わるしかない。「引きこもり」は撲滅するようなものではなく、「サラリーマン」とか「専業主婦」とかと同じような位置付けで、この社会の中に当たり前のように存在する生き方として受け入れて、それを継続できる仕組みを国や行政がつくるという方が、よほど現実的なのだ。

そこに加えて、筆者が従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由が大きい。
(1)20年継続して状況が改善していない
(2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける
(3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる

まず、(1)に関してはじめに断っておくと、自立支援に尽力されている方たちを批判するような意図はまったくない。そのような方たちの血のにじむような努力によって、引きこもりではなくなったという方もいらっしゃるだろうし、献身的な活動をされている方たちに対しては、尊敬の念しかない。

が、そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない。B29に竹やりで挑むようなものだと言いたいのである。

引きこもりが社会問題となった1980年代から「自立支援」という対策は続けられている。1990年代後半から2000年代にかけて、「引きこもりに対する理解を深めて、彼らの自立を支援しよう」という、現在にもつながる考え方が社会に広まり始める。支援をする人たちも増えていった。
そこから20年が経過した結果が、「中高年引きこもり61万人以上」である。もちろん、自立支援をする方たちの血のにじむような努力で、引きこもりから社会復帰したという方もいらっしゃるが、社会的には「状況は改善していない」というのが、動かし難い事実なのだ。











「コロナ禍と引きこもりと社会構造の激変、これが8050問題の解決策だ!①」

2020-08-20 05:40:33 | 日本

中高年という年代に達した引きこもりの人に、今さら「生き方をガラッと変えて働け」と迫っても効果はあまりない。引きこもりの人たちを変えられないのなら、変わるべきは社会の方ではないかと窪田順生さんが言う。

今日コロナ禍の影響により、日本の、否、世界の国々の誰もが感染恐怖におびえている。その結果、自宅テレワークの人達が大幅に増えている。この現象は、ある面、安心して引きこもれる仕組み創りそのものではないのかと思えてならない。社会構造の激変ではないのか!よって、現在の引きこもりの人達にもテレワークのビジネスシャンスの機会としてどんどん与えることが重要だと思える。
以下、窪田順生さんが、提言した文章があった。
参考になるので要約し記す。


◎「安心して引きこもれる」環境づくりこそが望ましい

数年前、川崎の殺傷事件に続いて、元農水事務次官が息子を刺殺する事件が起きたことで、「8050問題」が注目を集めている。80代の後期高齢者にさしかかった親が、50代の中高年引きこもりの生活の面倒をみるケースのことだが、これからの日本の大問題になるというのだ。
内閣府の調査によると、40~64歳の中高年引きこもりは約61万人ということだが、そんなものではないという専門家もいる。世間体を気にして家族が周囲に隠す「隠れ引きこもり」や、親の身の周りの世話をするという名目で同居する「パラサイトシングル」も含めると、もっと膨大な数に膨れ上がるという。

では、そんな8050問題を解決するにはどうすればいいか。
メディアや評論家の主張の「王道」は、「1人で問題を抱えこまず周囲に相談」である。行政や専門家の力を借りて、中高年引きこもりが自立できるよう社会全体で支援をすべき、要は「自立支援」で引きこもりを1人でも減らしていこう、というわけだ。実際、某有名引きこもりの自立支援施設は、「引きこもりをなくす」というスローガンを掲げている。

しかし、事件取材で少なからず、引きこもりの人たちや家族と過ごしてきた経験から言わせていただくと、この「解決策」はあまり良くない。「引きこもりをなくす」という表現からもわかるように、自立支援施策は、「引きこもり=撲滅すべき悪いこと」という大前提に立っている。そういう考えで、引きこもりの人たちと向き合っても、うまくいくどころか、事態を悪化させる可能性が高いのである。
では、どうすればいいかというと、「なくす」のではなく、いかにして「無理なく続けられるようにするか」だ。親が亡くなってからも、中高年引きこもりがこれまでの生活を継続できる仕組みを早急に整備することだ。













「横田滋さんを偲んで」

2020-08-18 05:26:35 | 日本

西村真悟さんが、北朝鮮に拉致されている横田めぐみさんの父、「横田滋さんを偲んで」と題し掲載している。
以下、要約し記す。


横田滋さんが、六月五日に帰天されてから、三ヶ月が経ち、お盆の八月になっている。 
横田滋さんを偲び、妻の早紀江さんとともに日本を救った瞬間を確認するその間、度々、横田滋さんと妻の早紀江さんの歩み、娘のめぐみさんをはじめとする拉致被害者のことを思った。

横田滋さんは、微笑みながら訥々と話す静かな普通の方だった。
しかし、抽象的に人権や政治を語る人ではなかった。
ただひたすら、突如として拉致されていなくなった娘のめぐみさんのことを語り、そのことによって、戦後日本に於いて、誰よりも深く、そして、誰よりも強く「公(おおやけ)」、即ち、「国が動かねばならない責務」を語った。
横田滋さんの語りには、一切の「私情」はなかった。
それ故、経済的利害得失(私情・私利)に関心が集まる戦後という閉塞した時代の中で、田中正造が明治に訴えた「亡国を知らざればこれすなわち亡国」の叫びと同じ強さで国民の心情に届き、これからも生きた言葉として国民の心に甦り続ける。

我が国の戦後という時代空間においては、声高に抽象的に人権を語る者ほど、北朝鮮に拉致された国民の人権に無関心だった。
即ち、声高に人権尊重や反戦平和を叫ぶ者ほど、北朝鮮に拉致された国民の人権と平和は無視している。
社会党などは、北朝鮮に同調して拉致はでっち上げだと非難したのだ。
横田滋さんが、街頭で娘のめぐみさんの救出を訴えるビラを手渡そうとすると、私の眼の前で、社会党に同調する歩行者が、そのビラを払い落とした。
このような「戦後」は、亡国の輩の時代である。

私の平成九年二月の衆議院予算委員会の質問で、橋本総理は、「昭和五十二年十一月十五日、十三歳の中学一年生の横田めぐみが、新潟から北朝鮮に拉致されたこと」を認めた。
この時、国会内の雰囲気で印象に残るのは、「日朝友好に反する」という野次と困惑のざわめきがあったことだ。
つまり、思想的もしくは金儲けという実利に絡んで北朝鮮と親しい議員連中が困惑していたということだ。
また、この時、北朝鮮の主体(チュチェ)思想の大物理論家で前金日成総合大学学長、朝鮮労働党国際担当書記の黄長燁(ファン・ジョンヨプ)が、主体思想の講演の為と称して来日しており、帰国と見せかけて北京に飛び、二月十二日に韓国大使館に駆け込み亡命申請するという事件があった。
それ故、公安情報に詳しいという売り込みでマスコミによく出演する者が、テレビで横田めぐみ拉致の国会における質問を、さもウラを知っているかの如き顔をして「謀略です」と発言していた。
まったく、国会にもマスコミにも、戦後日本には、いい加減な奴らが生息している。

この戦後の偽善のなかで、十三歳で拉致された横田めぐみさんと父の横田滋さんと母の早紀江さんの三人の親子は、図らずも娘が北朝鮮に拉致されることによって、天に選ばれたように、
想像を絶する苦痛に耐えて、全日本に、戦後日本の欠落と国民を守る国家体制のあるべき姿を示す役割を担うことになったのだ。
しかし、この北朝鮮によって十三歳の時に拉致された横田めぐみさんの存在によって我が国に湧き上がった拉致被害者救出の国民運動のなかで、平成十四年九月十七日に、我らが目の辺りに見た戦後国家の最大の危機を断じて忘れてはならない。
この日の、小泉純一郎総理の平壌訪問と日朝首脳会談は、拉致被害者救出という国民的願望の盛り上がりに乗って、実は、拉致被害者より日朝国交樹立という功名を優先し、その為に、我が国が、核開発を続ける独裁国家に「核開発のための巨額の資金を提供する世界最大のテロ支援国家」に転落する瀬戸際までいった妄動だったのだ、

振り返れば、平成十四年(二〇〇二年)までに我が国政府(小泉内閣)は、朝鮮総連傘下の日本各地の破綻した朝銀に、我らの反対を無視して、総額一兆三千六百億円の公的資金の投入を終えている。
いうまでもなく朝銀は、日本における朝鮮系商工人のカネを預かり本国の北朝鮮に送金する機関である。
それが破綻して、何故我が国の公金を投入するのか。
同時に、前年暮れ十二月に九州南西海域で沈没した北朝鮮工作船の引き上げ調査を、日本政府(小泉内閣)は平成十四年の九月になるまで、十ヶ月間、実施せずにいた。
これは、工作船に積まれた覚醒剤等の証拠物が海中で溶けてなくなるのを待つ為であろうか。
いずれにしろ、北朝鮮が、朝銀への一兆三千六百億円投入と不審船引き上げ調査の遅延を見届けた上で、同年九月十四日の、小泉総理訪朝と日朝首脳会談の日程が発表されたのだ。

この時、拉致被害者救出国民運動の盛り上がりのなかで、日朝間の緊急を要する深刻な問題は、横田めぐみさんをはじめとする北朝鮮に拉致された日本国民の解放であると誰もが思っていた。
従って、誰もが、小泉総理が北朝鮮の独裁者の金正日と拉致被害者救出を目指して直談判をするために平壌に行くことになったものと思い、国民の大きな期待が小泉訪朝に集まった。
また、小泉総理も、平壌訪問は拉致被害者家族と国民の期待を担って実施されるものであるというポーズをとった。これを、羊頭を掲げて狗肉を売る、という。
日朝会談前日の九月十三日に、総理との面談を求めて首相官邸を訪れた拉致被害者家族会の方々に対して、福田官房長官は、総理は、明日の日朝首脳会談に、澄み切った気持ちで臨みたいので、本日の総理との面談は遠慮させていただきたいと伝えた。
その上で、官房長官は被害者家族に、明日、皆さんのご家族の消息は、判明次第、平壌からリアルタイムで皆さまにお伝えします、と約束した。
この官房長官の応対は、あたかも明日の日朝首脳会談の主要議題が、拉致被害者解放のことであるかの如くではないか。
しかし、事前に、日朝の事務方で出来上がっていた小泉総理と金正日が署名する「日朝平壌宣言」には、拉致の「ら」の字もない。

この「日朝平壌宣言」は、まず我が国の北朝鮮に対する植民地支配の反省と謝罪から始まり、
次に日朝両国の国交樹立と、我が国が北朝鮮にカネを支払うこと、我が国が有する北朝鮮に対する請求権を放棄することが約束されていた。
これに対して北朝鮮は、「日本国民の生命と安全に関わる懸案問題」は、日朝の不正常な関係の中で生じた問題であるので、今後再び生じることがないような措置を取ること、核開発に関しては国際的合意を遵守すること、そして、ミサイル発射のモラトリアムを約束している。

ここで明らかなように、北朝鮮は「日本国民の生命と安全に関わる懸案問題」は、今後再び生じることがないような措置を取る、と言っているに過ぎない。
ここには、長年にわたって北朝鮮が日本から拉致して連れ去った日本国民を日本に帰すという約束などない。
では、九月十七日の日朝首脳会談で、拉致被害者のことは話し合われたのか。
それは、午前十時頃、議題に上った。
しかし、話し合われたのではない。
冒頭に、北朝鮮から、日本側に、五名は生存しているが八名は死亡していると伝達され、死亡者の名と死亡年月日のリストを渡されただけだ。
その時、同席した外務省高官は、後日、我々に、その伝達を受けた時、「頭が真っ白になった」と説明した。
つまり、小泉訪朝団は、頭が真っ白になって真に受けたのだ。
このように、愕然とした日本側は、その死亡リストを真に受けて真実と鵜呑みにして、東京に「死亡」と連絡し、東京では官房長官が、同日夕刻五時頃、外務省飯倉公館に拉致被害者家族を集め、一家族ごとにそれぞれ個室に呼び入れて、官房長官と外務副大臣が厳かに「残念ですが、あなたの息子(娘)さんは、既に死亡されておられます」と死亡宣告をしたのだ。
拉致被害者の家族は悲しみに打ちひしがれ、全国民は驚愕した。
しかし、前日の官房長官が、家族に、リアルタイムでご家族の消息を伝えるという約束は守られなかった。
北朝鮮からの伝達は午前十時で、日本側が家族に伝達したのは午後五時頃だ。
何故、約束は守られなかったのか。
その理由は、リアルタイムの午前十時に、東京で家族に伝達しておれば、国民感情は憤怒に変わり、平壌での平壌宣言への調印に支障が出る恐れがあると懸念したからではないかと推測する。
つまり、小泉首相と訪朝団の主目的は、日朝国交樹立にあり、北朝鮮が拉致した日本国民の存在は、その国交樹立の「障害物」と認識されていたところ、拉致被害者が死亡したならば、障害物は無くなる。
こう思って日朝首脳は、平穏に、平壌宣言に署名した。
両国交渉団は、これで九月十四日は終わったと思ったことだろう。

また、生存していると告げられた五名は、平壌に集められており、日本外務省事務官が面談して本人かどうかを確認し、日本へ帰国するかどうか尋ねた。
すると彼等は日本に帰国せず首領様の北朝鮮に留まると事務官に言った。
また、北朝鮮が死亡したと告げた八名の家族には、東京で家族に対する死亡宣告を済ませた。
家族が葬式をすれば、これで拉致問題は終わる。
よって、これから署名した平壌宣言通り、日朝国交樹立の交渉が十月から始まる。
そして、北朝鮮には目もくらむような巨額のカネが日本から支払われ、小泉総理と外務省には
戦後外交の最後の懸案事項である日朝国交樹立の功名が転がり込む。
そこで、北朝鮮は、日本側に日本人が喜ぶトラック二台分の松茸をプレゼントし、日本側はそれをありがたく受け取って政府専用機に積み込み、日本を目指して飛び立った。
そこで言っておく、小泉訪朝団は、北朝鮮に騙されに行って騙されたまま帰路についたのだ。
拉致被害者八名死亡は嘘だ。
また、北朝鮮が平壌宣言で約束した核開発に関する国際法遵守とミサイル発射のモラトリアムは、皆、破られて北朝鮮は核実験をしてミサイルを発射している。
破る約束をすることを騙すという。
小泉訪朝団は、総てのことで騙されに北朝鮮に行った。
とはいえ、騙されて、彼等は一日が終わったと思い、しかも、トラック二台分の松茸をもらった連中だ、ホッとして、機内でワインでも飲んだのではないか。

しかし、東京では、まだ九月十四日は終わっていなかった。
その時、私は、死亡宣告をした官房長官のいる官邸に電話をかけて、官邸に半旗を掲げろと言った。
そして国民の悲しみと北朝鮮に対する憤怒の思いのなかで、衝撃の死亡宣告を受けた家族の記者会見が始まったのだ。

確かにこの時、総理大臣と外務省が演出した我が国の戦後の惰性に痛撃が下った。
まさにこの時、小泉訪朝団が、世界最大のテロ支援国家に転落する淵にもっていった我が日本を、十三歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親が救出したのだ。
この「星の時間」から見れば、日本海を政府専用機で東京に向かって飛んでいる国益に反する虚飾の功名にかられた小泉訪朝団は「小僧の使い」にも値しない「有害な虫」のような連中だった。
この小泉訪朝団の一員だった安倍総理は、ぼつぼつ、その実態を語るべきだ。
何故、騙されたのか・・・!
何故、松茸をもらって帰ったのか・・・!

衆議院議員会館で行われた記者会見は、マイクが置かれたテーブルに家族会会長の横田滋さんが座り、並んで、死亡宣告を受けた有本恵子さんの父有本明弘さんが座っていた。
その後ろに母親の横田早紀江さんと有本嘉代子さんが立っていた。
どういう訳か、横に、拉致被害者救出集会で見かけたことはないが、こういうカメラの前にだけ姿を見せる議員も立っていた。

まず、横田滋さんがマイクに向かって話し始めた。
しかし、話し始めると同時に涙が溢れて絶句し、話そうとしても声が出なくなった。
その時、夫を労るように後ろにいた横田早紀江さんが話し始めた。
感銘深く強く心に残る話であったので、後に、早紀江さんに「あの時、話されたことは、予め準備されていたのですか」と尋ねた。
すると早紀江さんは「いいえ、主人が泣き崩れて声がでなくなったので、とっさにしゃべり始めてしまったのです」と答えられた。

即ち、あの時、横田めぐみの両親、夫と妻は、一つに溶け合って語ったのだ。
次に、その時、横田早紀江さんが滋さんに替わって話したことと、約一ヶ月後の皇后陛下の御誕生日に皇后陛下が語られたことを記しておきたい。
想像を絶する悲しみのなかで、これほど凜として、娘の運命を祖国の大義に結びつけた母がいる我が日本に、誇りを感じる。
そして、この情景を見守っておられたに違いない天皇皇后両陛下がおられる我が日本の國體に深い感謝の誠を捧げたい。

『絶対に、この何もない、いつ死んだかどうかっていふことさへ、分からないような、そんなことを信じることはできません。
そして、私たちが一生懸命に、支援の会の方々と力を合わせて闘ってきた、このことが、かうして大きな政治のなかの大変な問題であることを暴露しました。
このことは、本当に日本にとって大事なことでした。
北朝鮮にとっても大事なことです。
そのようなことのために、本当にめぐみは犠牲になり、また、使命を果たしたのではないかと私は信じています。
いずれ人は、みな、死んでいきます。
本当に濃厚な足跡を残していったのではないかと、私はそう思うことで、これから頑張ってまいりますので・・・。
本当にめぐみのことを愛してくださって、めぐみちゃんのことをいつも呼び続けてくださった皆さまに、心から感謝いたします。
まだ生きていることを信じ続けて闘ってまいります。
ありがとうございます。』

小泉総理の訪朝とともに、一連の拉致事件に関し、始めて真相の一部が報道され、驚きとともに無念さを覚えます。
何故、私たち皆が、自分たちの共同体の出来事として、この人々の不在を、もっと強く意識し続けることができなかったのかとの思いを消すことができません。











「作詞家、喜多浩志翁の少年時代の思い出⑧」

2020-08-17 07:06:52 | 日本

第8話「8月15日、玉音放送」

「何か、天皇さまの話があっとげな。重大ニュースげな」と言うことで、近所の人達が我が家のラジオを囲んで、今か今かと心待ちに待っていた。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・」とか。勅語風に語られる陛下のお言葉を聞いて、「あ、戦争に負けたんだ・・」と実感した。うつむく大人たち、目頭を押さえる人達。子供心に、「ああ、これでB29の空襲もなく、防空壕にも入らなくてすむのか、これで戦争は終わったんだ。」と思った。

8月15日は、極めて青く清々しく、普段と変わりなく時は過ぎて行った。


<了>














「作詞家、喜多浩志翁の少年時代の思い出⑦」

2020-08-16 06:16:22 | 日本

第7話「雲、流れる果てに」

寝苦しい夜、中々寝付かれない。静寂な夜に、柱時計の時を刻む単調な音だけがやたら気になり、眼が冴える。やがて3時を回り、白々と夜明けが少しずつ明ける朝ぼらけ。
もう直ぐ、松本中尉の愛機が姿を見せるのか?そう思うと寝てはいられない。父はどうやら一睡もせず徹夜したらしく、何度も生あくびをしていた。
その父が、日の丸にない、屋根の上へ上へと登って行った。私も父の元へ、と見上げたら、「危なかけん、お前は下で見送れ!」とたしなめられた。

今か、今かと待ち焦がれていると、「ブーン・・」とエンジン音が聞こえてきた。そして音が近づくにつれ、裏の山陰から遂に機体を現した。低空で一回、二回と旋回する。やがて名残りを惜しむかの如く、「永遠の別れ、サヨナラ・・」のサイン。両翼をバンクさせながら南の空目指して飛んでいった。
とうとう行ってしまった。父は、大旗を振り続けたせいで疲れ果てたのか、屋根にまたがってうつむき、涙を拭っていた。

私は、尊い若鷲たちの「命」の瞬間を脳裏に刻み、彼らの軌跡を感謝の思いで、後世に伝えなければならない。それは青春も知らずして国に殉じた若者たちへの鎮魂の思いもあり、二度と不幸な戦争の轍を踏まないよう。平和と豊かさを誇る日本が今日あるのは、幾多の尊い犠牲の上にあることを。
我々は忘れてはならない。そしてこの事実を、我々は後世に伝えなければならない。先人たちへの感謝の念を常に、胸に抱き、生きていかねばならない。















「作詞家、喜多浩志翁の少年時代の思い出⑥」

2020-08-15 05:22:19 | 日本

第6話「惜別、永遠の別れ」

残された貴重な時間を意義あるものに。そんな思いの一日だったような松本中尉は、テキパキと行動し、夜は「駒我家」の小父さん等に、お別れの挨拶をとのことで、「坊や、一緒に来いよ」と呼ばれ、私は一緒に駒我家へと向った。

お店は空襲の影響か閑散として、芸奴連中のお姉さん達も談笑にふけりながら、手持ちぶささにたむろしていた。そこへ松本中尉が顔を出した途端、こぞって驚いた様子で、今日は来る日じゃないのに・・。来るべきときが来たことを、皆、感じていた。
しばらく奥の部屋で叔父と語り合っていたが、松本中尉馴染みの美和子の案内で、奥の四畳半の部屋へ通された。

松本中尉はあぐらをかき、うつむいて貧乏揺すりをし・・。しばらく沈黙が続き、やっと口を開いた。「俺・・、俺・・、明後日、飛ぶことになった・・。」と言った途端、美和子は畳にうつ伏して、大声を上げ、体を震わせ、泣き叫んだ。私はここに居るべきではないと、ソッとラムネを片手に抜け出した。日ごろからおとなしい芸奴と言われていた美和子さん。その狂乱ぶりには周りが驚いていたようだった。

男と女。相寄る二つの魂。結ばれることのない束の間の愛。外では、しとしとと無常の雨が円窓を濡らしていた。