李登輝・特別寄稿「日台の絆は永遠に」の論文が『Voice』に掲載された。素晴らしい内容であるので、以下、要約し記す。
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(1)新渡戸稲造との出会い
台北高校の1クラスの定員は40人。そのうち台湾人の生徒は3人か4人だったと記憶している。在学中、とくに差別を感じたことはない。むしろ先生からはかわいがられたほうだと思うし、級友たちも表立って私におかしなことをいう者はいなかった。自由な校風の下、私は級友たちとの議論を楽しみ、大いに読書に励んだ。
そんなとき、台北の図書館で新渡戸稲造の『衣裳哲学』についての講義録に出合った。これに大いに助けられ、またその内容に感銘を受けた私は、『武士道』を座右の書とするようになる。京都帝国大学で私が農業経済学を学んだのも、農業経済学者であった新渡戸の影響を受けたことが理由の一つである。
新渡戸は『武士道』のなかで、「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」を武士の徳目として挙げている。しかし『武士道』でなにより重要な点は、それらの実践躬行を強調していることであろう。一回しかない人生をいかに意義あるものとして肯定するか。そのために「私」のためではなく、「公」のために働くことの大切さや尊さについて『衣裳哲学』や『武士道』から学び、若き日の私は救われたのである。
(2)安倍総理へ3つのお願い
大東亜戦争に出征して散華し、靖国神社に祀られている台湾人の英霊は2万8000柱。現在、このことを多くの日本人が知らないのは残念である。
もし、先の戦争における台湾人の死を無駄にしないために、日本は何をすべきかと問われれば、私からは次の3つのことをお願いしたい。
1つ目は、昨年4月に締結された日台漁業協定に従い、尖閣諸島周辺における日台間の漁業権の問題を円滑に解決することである。この協定は安倍総理のリーダーシップによって結ばれたもので、私は高く評価している。「水面下で私が反対派を説得した」という論文も目にしたが事実無根で、私はいっさい何もタッチしていない。ひとえに安倍総理の決断のおかげだ。実務レベルではまだまだ解決すべき課題は多いだろうが、引き続き安倍総理の指導力に期待したい。
2つ目は、中性子を使った最先端の癌治療技術を台湾の衛生署を通じて台湾の病院に売ってもらうことである。日本と同じように、台湾でも死因の1位は癌である。日本がこの技術を台湾の病院に売らないのは、中国への技術流出を恐れている事情があるのかもしれないが、私、李登輝がそのような事態が起きないよう責任をもつ。
3つ目は、「日本版・台湾関係法」の制定である。1979年、アメリカは国内法として台湾関係法を定めて台湾との関係を維持し、中国を牽制した。しかし日本では、72年の日中国交正常化にともなう日台断交以来、台湾交流の法的根拠を欠いたままである。
近年、私は台湾に来た日本の国会議員に必ず「日本版・台湾関係法」の制定について尋ねるようにしている。すると、反対する人はほとんどいない。しかし一部には、中国が反対するから難しいと囁く人がいる。中国が口を出す権利がいったいどこにあるのか。台湾は中国の一部ではない。台湾は台湾人のものである。
日本が中国の対応を恐れて台湾との義を軽んじることは了解できない。歴史的経緯を顧みれば、台湾の未来について日本にも一定の責任があると考えるのは当然であろう。安倍総理はしっかりとした国家観の持ち主であるようにみえる。直接、お会いして頼むわけにはいかないので「日本版・台湾関係法」の制定についてはこの誌面を通じて深くお願いすることにしたい。
(3)結びに
私は今年で91歳になった。台湾のためなら、もういつ死んでも構わないと思っている。結局、「生」と「死」というものは表裏一体の関係にある。一回しかない生命をどう有意義に使うか。「死」をみつめて初めて、人間はそれが理解できる。これは私の確信である。しかし、確信は行為に移さなければ、何の役にも立たない。
なにぶん老齢の身である。身体はなかなかいうことを聞いてくれない。まことに情けない限りだ。しかし、台湾こそ私の生きる国なのだ。台湾のために十字架を背負って、誰を恨むことなく、牛のように一歩一歩、国土を回り、果てる所存である。