龍の声

龍の声は、天の声

「韓半島・三国史記とは、①」

2017-08-31 09:04:12 | 日本

◎概要

・新羅・百済・高句麗の時代の史記。書いたのは高麗の時代。成立は12世紀。
・三国史記は一部の歌は朝鮮語を漢字で書いているが、ほぼ全部を漢字で書かれている。
・漢字で書かれているために、漢字を読めない現代の朝鮮人には読めない。朝鮮人の歴史の改変の原因の一つ。


朝鮮半島には古代、新羅・高句麗・百済の三国がありました。これが朝鮮半島の「三国時代」です。その後半島を新羅が統一、百済と高句麗は滅んでしまいます。ところが、その新羅は腐敗し統治能力が著しく低下してしまい、後高句麗と後百済が発生します。これが「後三国時代」です。その後高句麗が「高麗」に発展し、半島全体を統一します。

三国史記はこの三国時代から後三国時代を経て、高麗によって統一されるまでについて書いてあるのが「三国史記」です。


◎物語・由来

この三国史記を書いたのは「金富軾(キム・プシク【きんふしょく】)1075年-1151年」。金は高麗の実力者。編纂したのは官僚を引退してから。
三国史記がイマイチ有名ではない理由は、名前が「三国志」に似ているから、ではなくて、韓国政府や学会がこの本を「信用できない」とレッテル張りをしているから、というのもあります。


◎朝鮮人にとって隠したい過去?

三国史記には古代の朝鮮半島には多くの日本人や中国人が住んでいたことが描かれています。ところが、これが朝鮮の人にとって不都合らしいのです。といっても、北朝鮮の学者は「古代の半島に日本人が居た」ということは認めていますし、半島の古代の王族に日本人が居たことも認めています。それは、別にたいした問題ではないからです。古代の朝鮮半島の王が日本人だからといって、どうということは無いのです。
ところが「日本に文化を伝えたのは韓国」、としたい韓国政府にとって、それはとても不都合のようです。


◎三国史記の正当性

三国史記は主に新羅の――ひいては高麗の正当性を描いています。新羅は国力が衰えて、最後は高麗に「国を譲り渡し」ます。
当時、新羅は後百済など統治能力が下がっていたとはいえ、朝鮮半島を統一しています。この新羅から高麗へと「半島を統治する正当性」が譲られたことをハッキリすることが、この三国史記のテーマとなっています。

韓国は三国史記には嘘が多い、としていますが、日本や中国の歴史書をみれば分かるように、神話はともかくとしても、記事は事実と考えて呼んだ方が良いですし、「これは嘘」「これは事実」と読み手の勝手にして、判断してしまうと、どんな解釈だって成立してしまいます。史書――特に当時の朝廷が編纂したのであれば、ある程度の加工があったとして、記事を読んだ方がいいでしょう。すべてが事実と考えるのはおかしいですが、全否定したり、都合のよいところをかいつまんで事実とするのは危険です。


◎漢文で書かれているので半島の人には読めない

朝鮮半島の最古の史書ではありますが、当時は当然ハングル語などなく、漢文で書かれています。すでに漢字を捨てた朝鮮半島の人にとって、三国史記は時間と共に更に読めない本となっています。









「韓国の歴史の始まり」

2017-08-31 09:04:12 | 日本

◎「三国遺事とは、」

高麗時代の一然著『三国遺事』(1280年代成立)に魏書からの引用と見られるのが、檀君朝鮮の文献上の初出である。『東国通鑑』(1485年)にも類似の説話が載っている。しかし引用元とされる魏書(陳寿の『三国志』や魏収の『北魏書』)などの中国の史書には檀君に該当する記述がまったくない。また『三国遺事』以前の古書・古記録によっても実在を立証できないため、檀君神話を自国の朝鮮民族主義歴史学の拠り所としている韓国・北朝鮮を除いては、信頼性や価値がある文献とされていない。中国の史書にはまったく登場せず、初めて朝鮮の歴史書に登場するのも13世紀と遅く、「仏教の宗教説話」の一つとして出てくるだけである。通常は神話として扱われ、歴史事実とは看做されていない。なお、偽書とされる『桓檀古記』、『揆園史話』には『三国遺事』とは異なる記述がなされている。

『三国遺事』が引用する「朝鮮古記」によれば、桓因(かんいん、。桓因は帝釈天の別名である)の庶子である桓雄(かんゆう、)が人間界に興味を持ったため、桓因は桓雄に天符印を3つ与え、桓雄は太伯山(現在の妙香山)の頂きの神檀樹の下に風伯、雨師、雲師ら3000人の部下とともに降り、そこに神市という国をおこすと、人間の地を360年余り治めた。

その時に、ある一つの穴に共に棲んでいた一頭の虎と熊が人間になりたいと訴えたので、桓雄は、ヨモギ一握りと蒜(ニンニク、ただしニンニクが半島に導入されたのは歴史時代と考えられるのでノビルの間違いの可能性もある)20個をあたえ、これを食べて100日の間、太陽の光を見なければ人間になれるだろうと言った。

虎は途中で投げ出し人間になれなかったが、熊は21日目に女の姿「熊女」(ゆうじょ、)になった。配偶者となる夫が見つからないので、再び桓雄に頼み、桓雄は人の姿に身を変えてこれと結婚し、一子を儲けた。これが檀君王倹(壇君とも記す)である。
檀君は、堯(ぎょう)帝が即位した50年後に平壌城に遷都し朝鮮と号した。以後1500年間朝鮮を統治したが、周の武王が朝鮮の地に殷の王族である箕子を封じたので、檀君は山に隠れて山の神になった。1908歳で亡くなったという。


◎「桓檀古記(かんだんこき)とは、」

この本は、超古代からの朝鮮半島の歴史を詳細に書き綴っているが、この本は書いたのが桂延壽という人であり、最初に出版されたのが1911年である点からも近代になって作られた話であるのが分かる。また、現行版の「桓檀古記」は1949年に書かれたもので、出版が1979年であった。内容をみると、清の嘉慶5年(1800年)に命名された「長春」という地名の表記があったり、男女平等、父権など、近代になってから登場した社会用語がそのまま使用されている等、明らかに20世紀に入ってから作られた偽書であることが確実視されている。要するに、明治にはいり日本が韓国を併合(日韓併合、明治43年)した後、朝鮮人の桂延壽が愛国心から、日本の記紀を真似て、「朝鮮の国の方が日本の倍くらい古い歴史がある」とばかり書きなぐってできあがったものであると考えられている。










西郷吉之助

2017-08-30 06:40:04 | 日本

・西郷が明治政府の中央政府にいたのは2年余り。


・他人や世間から、褒められたり、けなされたりすることは、月が欠けたり満ちたりするのと似ている。満ちたり欠けたりするのは月ではなく、地球の影となって、そう見えるだけだ。もともと月の姿は丸いままで変わっていない。蔭でそう見えるだけである。蔭で一喜一憂すべきではない。自分のもつ物差しで、他人を測ろうとし、計ってしまう。しかも自分の力量の長さしかない物差しで、他人の力量をおかまいなしに計ってしまう。


・入水自殺事件。西郷32歳、月照45歳。西郷のみ蘇生する。人間の運命とは計り知れないものである。


・只今生まれたりと言うことを知りて来たのではないから、いつ死ぬということを知り様がない、それじゃによって生と死と言う訳がないぞ。さすれば生きてあるものではないから、思慮分別に渋ることがない。そこで生死の二つあるものではないと合点の心が疑わぬもの也。
確かに只今生まれて来たと言うことは、誰にも分かるはずがない。三、四歳になり、記憶の中におぼろげに存在していることが分かるくらいである。そして現在だだ今、いつ死ぬかは分かりようがない。生まれるということ、生きるということ、そして死ぬということ。


・島流しの5年間、晴耕雨読を常とし、聖賢の書を読むことや心の鍛錬を怠らなかった。普通であれば絶望感に支配され、運命を呪い気を狂わせたくなる。人が見ていようと見ていまいとかまわなくなり、寝そべったりわめいたりする。自堕落になり無気力となり、ついには食うのと寝るだけの動物のようになるであろう。西郷は己に死をせまるような運命と対峙し、逆にこれは絶好の修行の場であると思い、己の運命と対決しようとしていた。
人のいないところでも身を慎んでいく修養工夫は、自身が大人数の集まりの中にいるのと同じような気持ちでいなければならない。
読むべき本を噛むようにして、何回も何回も読んだのであろう。自己との戦いであり運命との戦いであった。


・さまざまな事象の変化はあった。これらの一つの出来事は、天は自分に対し何を暗示したくて存在させたのか。その天意を知ることができないのか。天意を知ることが出来れば、それに従うことができる。天意を知るために現在ある環境を全て認め、そして誠意をもって眼前の変化する、あらゆる事象に対応しようと全力を尽くした。そこに私心を入れない訓練をすることが、天意を知り得る方法であると思った。


・生というものは天からの授かりものであり、授かった生を天に返すのが死である。生(命)が自分にあるのか、天にあるかだけのことであるから、生死は一体であり区別するものではない。


・日本のトップである首相の職は誰のための職であろうか。首相の仕事は誰のためになす仕事であろうか。日本一国で世界に進んでいける時代ではない。日本と世界のあるべき未来を見据えて、手を打てる政治家が必要であろう。その人を得るか否かは日本の盛衰にかかわってくる重大事である。


・人間は99.99%自分のことしか考えないという自分の本質をしっかりと見極め、0.001%の無私の部分を探求し拡大することが人の人としての道を探求することになるのではないのか。

・『死生を視ること、真に昼夜の如く、念を著くる所無し』
朝目が覚めて夜眠るまでを生きている間(昼)とし、目を閉じて眠りに入ることを死(夜)とみなすのである。実際、眠ることは死と似ている。睡眠が二度と目を覚ますことのない死と同様なものであるとしたら、眠る前には遺言を書いたり、明日の予定を変更したり、あわただしくなるだろう。しかしながら、朝は不変の事実としてやってくる。太陽が東から昇り西に沈んで一日が終わる、天地自然そのものである。だから、人間は安心して何も考えずに眠れる。

人間の生と死を、日々繰り返される昼と夜とするとき、眠る前にあれこれ遺訓を残したりはしない。自然に眠るだけである。西郷自身「死生をみること真に昼夜のごとし」の思いで生きようとしていたからであろう。ゆえに写真も遺訓もないのである。もう眠る時間だから明かりを消してくれ!ぐらいの感覚で、「もうここらでよか」と声をかけ、首を打たせたのだろう。生を閉じることはこういうことであるのかもしれない。


・生物は皆死を恐れる。人間は万物の霊長である。当然、死を畏れる中にも、死を畏れない理由をえらび出して安住する必要があろう。
自分の身体は天の命を受けてこの世に生まれたもので、『生死の権利は天に有る』だから、従順に天の命令を受くべきものである。我々の生まれるのは自然であって、生まれた時に喜びを知らない。また、我々の死ぬときも自然なのだから、死ぬ時に悲しむことを知らないのがよいのだ。天が我々を生み、そして死なすのだから、死生は天に任すべきもので、畏れないでよいのだ。


・死を畏れるのは、人が生まれた後に生ずる感情である。身体があって、その後にこの感情があるわけである。死を畏れないのは、生まれる前の本性である。身体を離れて、始めてこの本性を見る。人は畏れないという道理を、死を畏れる中、すなわち生後に自ら体得すべきである。かくしてこそ、生前の本性にかえるに近いといい得るだろう。
聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る。
いずれの立場にあっても、生まれ、いずれ死ぬ。誰でも同じことである。であるならば「百尺竿頭一歩飛ぶべし」


・宗教や思想や時代の勢い、流れに洗脳されたり麻痺されたりする死生観はあってはならない。自身で得た死生観であらねばならない。


・死という来訪者のことをあらかじめよく知っておき、突然の来訪にあわてたり、うろたえたりすることがないように常日頃から心の準備と対応法を十分に練っておく。そして、なにより死というものが人間にとってどういう存在なのかを知っておかなければならない。


・人間はまず自分自身を発見し、次に一個人としての自分の義務を、万物と自分との関係を、万物を通して表れている意識や英知との一体性を発見しなければならない。人生の目的は人に奉仕することである。できるだけ多くの人に奉仕することである。奉仕する相手がふえればふえるほど、自身についての理解が高まるであろう。実際にはこのことが生まれてきた運命を成就したいと願う人の動機ともなるのである。


・強く大きい胆力の有る者をモデルとしてまねをすればよい。


・大自然や大宇宙には『我欲』は無い。












「武士道精神がもたらす死生観」

2017-08-29 06:26:39 | 日本

南州翁は、
道は天地自然物にして、人は之を行ふものなれば、天は敬するを目的とす。
天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛するなり。
人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽して人を咎〔とが〕めず、我が誠の足らざるを尋ぬベし。
と「敬天愛人」を説かれて、やまなかったのである。


18世紀のドイツの哲学者・カントは、 「死といふものは、決して恐るべきものではない。ただ『死という観念』が、人を恐れさせるのである」と述べ、死はあたかも眠るがごときもので、快感を件なうものでさえあると主張した。しかし、人間は、生れるときのことを知らないのと同じく、寿命を全うして死ぬときのことも、知ることができないのである。


イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)は、「人は生れるがごとく死ぬ」という。しかし、人間が病気や負傷により死に至る時には、必ず苦痛を件なう。ベーコンによれば、それは生きようとする力があるためで、この苦痛を脱しようと努めるところに、生命の力が存在する。人間が生に執着している間は、苦痛をまぬがれることができない。それでも、死そのものには、本来、何らの苦痛も伴なわないのだという。


自らの天命に忠実に生き、十分にその務めを果たし、死に臨んで一点の悔いもなく、さわやかな心境でいられる。これこそが、武士道精神がもたらす「死生観」ではなかろうか。
死して不朽の見こみあらば、いつにても死ぬべし。
生きて大業の見こみあらば、いつにても生くべし。
僕が所見にては、生死を度外に措いて、ただ言うべきを言うのみ。                          吉田松陰









「聖徳太子十七条憲法」

2017-08-28 06:01:50 | 日本

「聖徳太子十七条憲法」について学ぶ。



604年、17条の憲法は、聖徳太子(しょうとくたいし)によって定められたといわれている日本で最初の憲法である。
この17条の憲法は、今の憲法とはちょっと違い、役人が守るべき決まりごとを定めた憲法である。


◎聖徳太子十七条憲法訳文

一、調和する事を貴い目標とし。道理に逆らわない事を主義としなさい。人には皆仲間がいるが。道理に通じている人は少ない。それで天子や父に従わない者があり。たちまち隣り里へ立ち去る。しかし、天子が調和して臣下の仲が良いと。事を議論するに調和する。それで事の道理は自然にゆきわたる。何事も出来ないものは無い。

二、心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。人生、生老病死の間で最後に行き着くところは。どこの国でも究極の宗教です。どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪人は少ない。良く教えれば宗教に従う。仏教に帰依しないで。何で曲がった心を正すことが出来ようか。

三、天子の命令を受けたら必ず恭しくしなさい。天子は天なり。臣下は地なり。天は地を覆って。四季が順調に経過し。万物の霊気がゆきわたる。地が天を覆うことを望めば。道理が破れる。それで天子の言葉に臣下は従う。天子が道理を行えば臣下はなびく。だから天子の命令を受けたら必ず注意深くしなさい。恭しくしなければ自然に破れます。

四、公家百官は。真心を持って行うを基本としなさい。民衆を治める基本は。必ず真心を持って行う事です。天子が真心を持って行わなければ臣下は調和することがない。臣下が真心を持って行わなければ必ず道徳に反する事がある。それで公家衆が真心を持って行う事あれば。公家の上下の行いが乱れる事が無い。百姓が真心を持って行う事あれば。国家も自然に治まります。

五、飲食を貪る事を絶ち、他の欲望を捨てて。訴訟をはっきりと区別しなさい。百姓の訴えは。一日に千件あります。一日でさえそうなのに。永年にわたり訴訟を治める者は。利益を得る事を常にしている。賄賂を貰っては裁きをゆるす。すなわち財産を有する者の訴訟は石を水に投げるように易しい。貧乏な者の訴訟は水を石に投げるように難しい。このように、貧乏な民衆は頼りにするものが無い。臣下の道徳もここに欠けている。

六、悪行を懲らしめて善行を勧めるは。昔からの良い手本です。これで人の善行が隠れる事が無い。悪行を見たら必ず正しなさい。へつらい欺く者は。国家を覆す鋭い器具です。人民をほろぼす鋭い釼です。またへつらい媚びる者は天子に臣下の過ちを良くつげる。臣下に逢うと天子の度をこすをそしる。この様な人は天子に忠誠が無く。民衆に対して慈しみの心が無い。これは大きく乱れる原因です。

七、公家は各々職掌に任命されている。道徳に背かない様にしなさい。賢く才知が有る人が任官する時に。天子を褒め称える声が沸き起こる。邪悪の者が官に任命されていると。禍や乱れがしばしば起こる。世の中に生きていて道理を知る者は少ない。強く心に思えば物事の道理に通じた者となる。事を行うに大事、小事の区別は無い。適任者を任命すれば必ず治まる。行う期間に至急ものんびりも無い。賢者にめぐり合うと自然にゆとりが有る。これにより国家は永久に続く。国家の最も重要な守り神が危うくなる事は無い。だから昔の聖王は。官のために賢者を求めた。人のために官を求めない。

八、公家百官は。朝早く出仕して遅く退出しなさい。公の事は念入りにしっかりやらなければならないから。仕事はその日に終わる事が難しい。それで遅く出仕して。速くやらなければ追いつかない。早く退出すれば必ず仕事は終らない。

九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です。仕事毎に誠実に行いなさい。善悪の裁きこそは。誠実である事が肝心です。公家衆ともに誠実であれば。何事も出来ないものは無い。公家衆に誠実さが無ければ。総ての仕事に失敗する。

十、いきどおりを絶ちいかりを捨て。人が従わないことを怒らない。人には皆それぞれの心が有ります。心は各人思いとらわれるところが有ります。彼は我では無く。我は彼では無い。我も必ずしも物事の道理に通じた者では無い。彼も必ずしも愚か者では無い。共に凡夫なばかりです。これが道理で無くて、どんな定めが出来ようか。お互いに道理に通じた者でもあり愚か者でもある。まるで金輪に端が無いように。それで彼が人を怒る事が有っても。顧みて我がしくじりが無いか心配しなさい。我一人が適任と考えても。皆に合わせて同じ様に用いなさい。

十一、手柄と過ちをはっきり見ぬいて。罰と賞をきちんと当て嵌めなさい。日頃は手柄でもないのに賞を与え。罪も無いのに罰している。仕事に就いている公家衆は。賞と罰を明瞭にしなさい。

十二、国司国造は。百姓を自分のために取り立ててはならない。国に二人の天子無し。民衆に二人の主君無し。国中の総ての民衆は。王を主君としている。赴任する役所の役人は。皆な王の臣下です。何で敢えて公と同時に自分の為に租税を割り当てて取り立てる必要がありますか。

十三、諸々の仕事に任命された役人は。共に職務として担当する役目をわきまえなさい。或る人は病気になり、或る人は遠國に使いとして派遣されて。仕事から除かれている事がある。そうであれば役目を知った日から。以前から承知していたように調和しなさい。一緒に告げ知らせられないからと。公の務めを妨げてはいけない。

十四、公家百官は嫉妬する事無用です。我れが人を嫉めば人も我れを嫉む。嫉妬の悩みはその限度が無い。だから知識が自分より勝っている人を喜ばない。才能が自分より優れた人を嫉妬する。それで五百年の後の。その時に賢者に遇ったり。千年後に一人の聖人に遇うのを待ってはいられない。聖人賢人を得られなければ。如何にして国を治めるか。

十五、私心を捨て公務に従うは。臣下としての道徳です。誰でも私心が有れば必ず後悔します。心残りに思う事有れば必ず心が一つでなくなる。心が一つでなければ私心が公務を妨げる事になる。無念な気持ちが起こると決りに従わず法を破る事になる。だから最初の条文に述べた。天子も臣下も仲良くするとは。このところの心を云ったものです。

十六、民衆を使役するに季節を選ぶは。昔からの良い手本です。冬の月は閑が有るので。民衆を使役しなさい。春から秋までは。農業、養蚕の時期です。民衆を使役してはいけない。農業をしなければ何を食べますか。養蚕をしなければ何を着ますか。

十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。小事は簡単です。必ず多数の者でしてはいけない。大事を議論するときは。過ちが有ると疑う様にしなさい。多数の者と一緒に分別すれば。説明の言葉はそのまま道理を表わそう。


◎聖徳太子十七条憲法後記

603年?(推古十一年)12月5日に十二階位制度が制定され、604年(推古十二年)正月最初の叙任が行われ、臣下として位階の上下の差別をつけられ、同年四月に十七条憲法が制定された。 十七条憲法が収録された日本書紀は、720年(養老四年)五月二十一日に成立したと云われている。 底本はいわゆる「岩崎本」と云われる日本書紀写本の写真版を使用した。書写の年代は延喜(900年代始)の頃とされている。

十七条憲法は直接の原文は残存していない。 681年(天武十年)「帝紀」「上古諸事」の編集に着手して、720年(養老四年)に「日本書紀」の全三〇巻が完成したと云われている。 十七条憲法を含む推古紀は700年頃に編集されたと云われている。 日本書紀はわが国最初の官製の歴史書と云われている。 日本書紀は官製の歴史書としての体裁を整える為に内容を改変する場合があることは古事記との対比などで明らかにされている。

十七条憲法は聖徳太子が生存していた時代に制定されたものか、日本書紀編纂のときに偽造されたものか議論があるようである。 偽造説の根拠は日本書紀に記載されている十七条憲法や聖徳太子の事績に関わる記述部分が他の地の文章と同じように漢文(中国語)として用語、文法の間違いを含んでいるので、同時に作成されたと考えることにある。 用語、文法の間違いは漢文(中国語)を日本語として読み下しているが、中国語の正確な知識を持たない人が犯す間違いであるとされている。 もし偽造とするならば、なぜ偽造しなければならなかったか理由がなければならない。 現在のところ合理的な説明が出来ていない。

原型が漢文であったか、万葉仮名の和文であったか、その中間文であったかも定かではない。
憲法上の主権者と被支配者の関係はどの様に変化したか。 推古朝の時代は大王(天皇の称号は使われていない)直轄の地域では支配者の大王と被支配者の領民の関係であり、氏族(豪族)の支配する地域では支配者の首領と被支配者の領民の関係が並存していた。 氏族の首領は大王の臣下とされていたと考える。「朝廷」は大王、氏族の首領(公家)、その他の臣下(従業者)で構成していた。

室町時代以降の幕府が構成された時代では、天皇の権限を幕府に委任されていた。支配者と被支配者の関係は根本的に変化していない。
明治政府の下で「大日本帝国憲法」体制が出来た。支配者(主権者)の天皇と被支配者の臣民の関係に変った。被支配者の側から見ると大きな変化は無かった。 臣民の権利が規定されている事から民主的要素があったと考える人も有るが、形式的、表面的であり民主的要素とは考えられない。
第二次世界大戦の敗戦後に成立した「日本国憲法」で国民が主権者とされて、被支配者の立場が無くなった。















「天皇と武士の国史」

2017-08-27 07:07:24 | 日本

樗木雅春老師の著「天皇と武士の国史」を拝読した。
じつに素晴らしい。
以下、要約し記す。



◎今こそ蘇れ武士道

戦後70年、明治・大正・昭和と打ち続く対外戦争によって日本経済は、関東大震災や世界恐慌などの要因も重なり、極貧状態で推移していたが、大東亜戦争の遂行とその敗戦によって壊滅的打撃を被った。
同時に国民精神や道徳・作法は百八十度の転換を見て、従来の伝統的な武士道的価値観を喪失してしまった。
ところが、国民経済は見事に復興して、世界有数の安定した飽食生活を当然と考え豊かな生活を享受しているが、国民道徳の崩壊、つまり精神世界の貧困を憂うる人は極めて稀で現状に対する危機感がない。
本来きわめて平和的な気質を備えた民族集団であれば、世界平和の主導的な役割を唯一果たしうる民族であると信じる。ただし、今は誰もそれを自覚していないが、戦後退廃したままの現状の道徳観念では世界をリードすることはできまい。
日本は「銃」をもって、「核」をもって世界平和をリードすることはできないし、してはならない。できることは「徳」による徳化だけである。
Ⅰ億3千万の民族がこぞって崇高な道徳的日常を送り、世界から満腔の敬意を受ける民族に回帰することだけが、世界平和をリードする旗手となり得る手立てである。むしろそれができるのは日本民族だけである。
日本には伝統的な武士道精神という民族の土台が確立していたので、心底に宿る基礎的な道徳資質がきっと"蘇"るはずであり、新時代の武士道精神を再構築し、この国の「みらい」の方向性を固めるときがきているのではないだろうか。
それが世界人類への最大貢献で、320万の戦争犠牲者への追悼である。



◎選挙権18歳の愚策

未成熟青年の思想信条も定まらない人間が、選挙で「政治家」を選ぶなどおこがましい限りで、出来るはずもない。
いま高校では投票所での模擬投票を指導しているが、まったくナンセンスで、そんなことは教えなくとも投票所に行けばコンビ二で買い物をするより至れり尽くせりで誰にでもできる。
大切なのは誰に投票すべきかであるが、それは教えようがないのである。働いた代償で生活費を得て社会生活を経験し、あるいは結婚をして子育てをしてその経験の中から次第に「政治家」を選ぶ力を培うものである。選挙権だけを働く社会生活を知らない18歳に引き下げても意味が無い。

日本の学生は日本語を知らずして、大和言葉を学ばずしては日本のことすら理解することはできない。日本は英語を学ぶ以前の日本民族としての基礎である。この基礎を身につけずして国際人とはなり得ないのである。国際人の姿をしながら心はもぬけの殻である。



◎の本民族の感受性と擬情語

日本民族の感受性は、日本語では異常に発達した特色をもっている。それは感覚がきめ細かく五官の働きが敏活な結果であろう。
例えば、
いそいそ いらいら うきうき がみがみ かりかり きりきり こわごわ じりじり 
しおしお やきもき るんるん どきどき はらはら はればれ ひやひや むしやくしや
など、英語ではどう表現するものだろうか。



◎武士道の精神とは

武士道の精神は「名誉」とか「誇り」を重んじ、「恥」とか「卑怯」を拒絶するという概念が基本で、灌漑稲作の共同作業の中に培われた1万年の民族の営みの中から導き出された英知の結晶であり 決してサムライだけのものではない。日本民族の心情世界の昇華結晶である。










「絶後甦生とは」

2017-08-26 06:52:06 | 日本

禅語に「絶後甦生(ぜつごそせい)」という言葉があります。

禅学辞典によれば「大死一番して後、初めて真に生きること。

煩悩を絶断しつくしたところに、真実の生き方があること」だと出ていました。
絶後は、「空前絶後の事件」などと使われ、将来二度と起こらないことに用いられる語となっていますね。
でも元々は、息が絶えた後ということです。

夏目漱石は禅に詳しいお方でしたから、〈我が輩は猫である〉の中で「絶後に蘇る底の気魄がなければ駄目だ・・」と、本来の意味で用いております。

また再甦の甦は、更と生が合わさった字でソとも読み、蘇と同義です。
再甦の字義からしても、漱石の言う〈絶後に蘇る底の気魄〉は、禅語の絶後再甦を踏まえて表現した文だと言えるでしょう。

禅で言う絶後の再甦とはあくまで精神的なことで、「煩悩だらけの貴方は死にました。
そして本来の貴方として生まれ変わってきました。
そのようなつもりで、今後しっかりやりなさい!」ということだと思います。

ちなみに近年では、再甦とか再蘇という語はあまり使われず、再生とか更生という語に置き換えられて来ました。
また、再甦を置き換えた再生も、甦を二字にした更生も、蘇生と違う意味を表すことになりましたね。

一度死んだ者が、使い古しの体に甦っても、そんな体では、また死ぬしかないでしょう。
新しい体・新しい気魄に変わってこそ、再生した甲斐があろうというものです。

録音・録画されたものの再生のように、同じものの繰り返しは仏教的再生ではありません。
再生紙のように、新しく別のものになって生き返るのが本来の再生です。

私達の体の再生はともかく、心くらいは生前のうちに「絶後の再生」をして、向上の一路を辿ることに致しましょう。

「絶後甦生の事例」

自己を滅却すると言うことは、「私は私である」という自己意識を滅却すること。この大切な意識を停止しなくてはならない。それを」大死一番」と言っている。実際に、長い間不眠不休の座電をして意識を絶滅するのだから、禅修業は命がけでされなければならない。
そして何かの機縁、たとえば太陽に光り輝く椿の花とか、石が当たって響く竹の音とかによって、無意識が破られ、ふたたび意識が復活してなされる「絶後蘇生」という体験がある。そういう体験を「悟り」とか、「見性」とか言っている。













「活人禅と平田精耕」

2017-08-25 06:01:49 | 日本

◎「水急不流月」・・・・水、急なれど、月を流さず。


◎もともと、それは人間が心で思うにすぎないのであって、本来何もないものだという。
それで一切は空、無明は無いという。
それでは何も無いのかと言うと、そうではない。何も無いのだけれども、人は目でものを見、耳で音を聞くのです。だから、そうやって外界のものとと結びつくから、いろいろの迷いが起こってくるのだという。
だから、生きている限り、目でものを見、耳で音を聞き、心には次から次へと思うことが尽きることはない。


◎嬉しい時は、天地一杯喜べばいい。悲しい時は、天地が張り裂けんばかりに泣けばいい。それでそのまま、心はもともと何も無いのです。


◎美味しいものは、やっぱり美味しい。不味いものはまずい。美人が来たら、ああ、美しいなーと思う。不細工なのが来たら、ああブスだなーと思う。そのままでいいのです。
そのままでいて、しかも、本来、そんなものは無いのです。無いのだけれども、目で見、耳で聞く。生涯生きている限りは、ものを見るし、聞きます。味わうし、身体で触れて、よしあしを味わう。
そのたびに、いいなあー、悪いなー、嬉しいなーと思う心が起こります。人間である以上、これが生きている証拠なのですから、それはそのままでいいのです。


◎十全部やろうと思うから迷うのです。
五分取れなくても、もともと、なにもないのですから、それでもいいのです。そのことによって、たとえ失敗することがあったとしても、もともと何も無いのですから、一方を選ぶ。一方を選んだら迷わず選んだ道をいく。そういう力を養う。それが座禅である。


◎本当は「生きておること自体が目的」である。生きておるということのために、我々は、生きているのです。
たとえば、鉛筆は書くためと言う目的があって存在しているのであって、鉛筆が鉛筆のためにあるわけではない。すべての物がそうである。それ自身のためにあるのではなくて、何か他のことにのためにあるのである。
ところが、人間は生きていることのために生きている。生きていること自身が目的という奇妙な目的を持っているわけである。
そこのところが、動物の生きていると言うことと、それから我々人間が生きているということの、大きな違いである。


◎人間が生きていると言うことは、これは同時に生かされているという面が必ずある。
人間と言うものは生きていると同時に、それはいろんな人によって生かされている。だから自分が生きていると言うことと、人によって生かされている、人だけではない。土地、自然、天地、そんなものによって生かされている。そういう生きているということと、生かされているということの上に乗って、我々はこの世に生存しているわけである。
これが私は、人間が生きているというととを自覚をした場合の、生き方の原点となるものではないだろうかと思う。








「生を明きらめ死を明らむるは」

2017-08-24 06:45:30 | 日本

「生を明きらめ死を明らむるは」

余語翠巌著



・行願のないところには菩薩さんはおらん

・物のやり取りと言うことは、社会においては心のやり取りになっていることが多い。者と心とは別々なものではない。

・法も財、財も法である。

・何か貰った時の喜びよりも、他人が喜んでくれた時の方が嬉しい気持ちになるのは、何べんも味わっているだろう。

・脇道と言うことはどういうことかと言うと、天地の姿から外れることである。

・天地の命の外へ出るな

・職業も布施である。

・職業は欲と二人ずれでやっているのだけれども、そうするとその事だけで左右されるような人間が出てくる。お金が授かるという呑気な考えでなく、お金さえ儲かればいいという考え方が出てきてしまう。中身は問わんということになる。

・自他なし

・修行と言うことは行じ続けていくこと。修業とは、仕事を覚えるのではない。ひたすら続けていくことである。

・一つ一つのことが皆、今、生きていることの正念場なのです。現に、今、こうして生きている。

・普通のこと、当たりまえのことが尊く思えてくる。

◎お互いの身体は尊ぶべき命であり、尊ぶべきものであるということになれば、自分の身ながら自分で自分を拝むようになれる。



◎この有限な体の上に無限が現じていく。有限があって、無限が現成していくわけである。このお互いの体の上に現れるより他に、仏の姿が現れていく場所がない。


・見ているということは相手にしているということで、一つになっていない。一つになっておらんから、いろいろもことが出てくる。相手というものがないように一つになった時が本当の姿なのである。

◎修行ということも悟りというものも、向こうにある間は本当ではない。









「心の艶を磨くために」

2017-08-23 06:45:48 | 日本

菅家一比古さんの心の艶を磨くために」について記す。

 

瀬戸内の水軍と言えば村上水軍が有名です。瀬戸内海どころか遠く朝鮮海峡や東シナ海まで航海に出かけていました。

日本の権力者たちは村上水軍を敵に回すと必ず痛手を蒙(こうむ)っており、いかに彼らを味方につけるか、それに拠って命運が決まったのです。

織田信長はどれだけ村上水軍に苦しめられたことか。反対に平氏や源氏、毛利氏や秀吉も彼等を味方に付けることにより、覇権を確立して行ったのです。

その村上水軍の益荒男(ますらお)たちの伝統こそ「和歌、連歌を詠む」ことにありました。とくに連歌は有名で、瀬戸内大橋のしまなみ街道の途中にある大三島の大山祇(おおやまずみ)神社には、彼等が詠んだ連歌が数万首も納められております。

水軍の男たちが詠んだ連歌はきわめて教養の深いもので、「源氏物語」「万葉集」「古今集」、その他の古典に通じていたことがよく知られております。一人前の和歌を詠めない者は決して船頭(ふながしら)には選ばれません。

「舟底板一枚の下は地獄」と言われるように航海は命がけです。とくに天候に生死は左右されます。和歌の達人とは言霊の達人を即意味しておりました。言霊の達人は自然をも味方に付けられると考えられていたのです。

数万首の連歌は度々の兵火によって焼失したものの一部であって、その全部が残っていたとしたら、その数は氣が遠くなるほど膨大な数になります。

残っている数万首の連歌は大君、天皇(スメラギ)を詠んだもの、恋の歌、愛する者へのもの、旅の哀しみ等が中心でした。常に自然の猛威、風浪との闘いに明け暮れていながら「心の艶」を磨き続けることを怠らなかった男たち。そこには肩肘張った賢(さか)しらな理屈など少しもありません。あるのは素直な人間の真(心)情の吐露のみでした。

心の艶はどうしたら磨けるのでしょう。誰かを一途に愛し、恋をし、神や仏、自然、天皇、師を心から思慕する。きっとそこに艶が出てくるのだと思います。

理性や打算からは決して心の艶など出ては来ません。恋は理性の壁が崩れる一瞬や状態であって、それにより自他対立・自他区別から、自他一体・自他不二となるのです。

「あなたの中に私が生きている。私の中にあなたが生きている。」これこそ人間成長の証だと言えます。「恋は人間成長の母」。しっとりとした情感の泉と言えるでしょう。

日本に恋をし、自然に恋をし、人に恋をし、そして一番大切な自分自身に恋をする。私は艶やかな心の、日の本の男(お)の子でありたいと日々願い続けております。












「がん13種類を血液1滴で診断できる」

2017-08-22 06:25:59 | 日本

検査法を開発 負担が少なく早期発「がん13種類を血液1滴で診断できる」

1滴の血液から13種類のがんの有無を同時に診断できる検査法を国立がん研究センターなどのチームが開発した。がんが分泌する微小な物質を検出する。「腫瘍マーカー」を使う現在の血液検査と比べ発見率が高く、ごく初期のがんも見つけられるのが特長という。

チームはがん患者らを対象とした臨床研究を進め、数年以内に国の承認を得たい考え。センターの落谷孝広・分野長は「患者の体への負担が少ない比較的安価な検査になる。早期発見できれば、より効果的な治療ができ、医療費削減にもつながる」と話している。費用は2万円になる見込み。

腫瘍マーカー検査は、主にがん細胞が死ぬ時に出るタンパク質を検出するもので、ある程度がんが進行しないと発見が難しい上、正確性に問題がある。
チームは、がんが血中に分泌する「マイクロRNA」と呼ばれる物質に着目。国立がん研究センターや国立長寿医療研究センターなどに冷凍保存されていた約4万3千人の血液を使い、乳がんや大腸がんなど13種類のがんに特徴的なマイクロRNAを調べた。

すると、それぞれのがんに2~10種類の特有のマイクロRNAがあることが判明。分泌量の変化を調べることで、どのがんも95%程度の確率で発見できた。13種類は胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓(すいぞう)がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、ぼうこうがん、乳がん、肉腫、神経膠(こう)腫。

人工知能(AI)を分泌量の分析に利用すれば、検査の精度をさらに高められる可能性がある。

 ただ長期間保存した血液は、マイクロRNAが変質している恐れもある。このため新たにがんと診断された人ら3千人以上の新鮮な血液を採取し、有効かどうかを調べる臨床研究を進める。現段階では一般の人を対象とした研究は予定していない。チームは、まず乳がんの検査法としての承認を目指したいとしている。
            
      ◇
【用語解説】マイクロRNA

DNAによく似たリボ核酸(RNA)でできた微小な生体分子の一つで、細胞の中で遺伝子の働きを調節するなどしている。人では2500種類以上が見つかっている。体内の細胞は、マイクロRNAを「エクソソーム」という小さな袋に詰めて血中に分泌する。がん細胞も、正常な細胞とは異なる特有のマイクロRNAを放出して他の細胞に働き掛け、周囲に新たな血管を作らせたり、免疫反応による攻撃をやめさせたりしている。










「屋山太郎 保守第二党の誕生」

2017-08-21 06:30:22 | 日本

屋山太郎氏(政治評論家) 「屋山太郎 保守第二党の誕生」を掲載する。
以下、要約し記す。



印象操作で安倍内閣を貶めようという勢力のなかには官僚もいる。幹部人事を握られたことも癪に障るし、政権が右寄りに寄ったのも気に食わない。チャイナ・スクールなどは頭にきているだろうが、これらは皆、逆恨みの類だ。
 
自民党内の中道左派も、どうしたら安倍の力を抑え込めるか、暗中模索しているのではないか。次の総理を狙う岸田文雄氏の属する宏池会は、宮澤喜一、河野洋平、加藤紘一氏らの時代は親中派の“つくだ煮”といわれた。麻生太郎氏は河野洋平氏を嫌って派を出た。その跡取りが岸田文雄外相だが、思想的根拠は大丈夫なのか。宏池会のDNAが密かに残っていないかが懸念される。岸田氏を脅かすのは石破茂氏だが、目下は文句爺さんにしか映っていない。

先日、月刊『文藝春秋』誌のトップ論文で自民党の村上誠一郎氏が安倍政権について友達、同じ思想、イエスマンばかりだとけなしていた。昔は内閣にいろんな人間がいたと懐かしむ風だが、これは自民党の一党支配が続いて思想は八方破れ、河野洋平氏まで総裁になれた滅茶苦茶の無責任時代を懐かしんでいるにすぎない。1つの政党は外交、内政面でおよそ一定の範囲に収まっているのが理想だ。自民党がその理想に外れていたのは、左が天下を取っても右が取ってもしょせん天下は自民党だったからだ。媚中派の宮澤氏が天下を取ったのは、中国の真相を知ったいま、とんでもない間違いだったと気付くだろう。

さながら哲学なき“五目めし”のような政党だったから、憲法改正は70年も遅れたまま。尖閣への武力侵入に対抗できる軍隊をもっているのに憲法に「自衛隊」あるいは「国防軍」という規定を書くな、という。議員外交と称して中国詣でが盛んだったが、中国式儒教を相手に人脈形成などできるわけもない。来し方に哲学がなかった。これから先の目的も定かでない連中まで集合していたのが自民党だった。安倍時代になって初めて目的を設定し、次から次に懸案を片付けているのが安倍内閣ではないか。掘っ立て小屋の周囲に初めて門扉や塀を取り付け、小屋本体にも手を入れようという時代が来た。こういう時代に意見を集約するのは大苦労だが、安倍時代に基本を固めておくべきだ。

安倍政権は衆参4回の選挙に勝った。支持率も先日まで50%前後だった。自民党の本流を示しているのではないか。

それぞれの分野で若干の不満をもちつつ耐えてきた人が、印象操作を受けて“本流”に文句を付けるチャンスと思っているのだろう。安倍政治が本質的に悪いと気付いたとすれば、支持は野党に行くはずだが、不思議にも支持率が上がった野党はない。本来なら野党第一党の民進党の支持率が1%でも上がってしかるべきだが、この党は存続さえ危ぶまれている。この現象は明らかに政界再編を催促する動きだ。

安倍首相は来年9月に総裁に3選されたあと、秋に総選挙を行なおうとしている。この時点で民進党の前原誠司氏、日本維新の会や橋下徹・前大阪市長らが保守野党として結集するのではないか。本来、小選挙区制というものは、政権交代可能な二大政党を形成するものだが、日本はそうならなかった。いや、民主党に政権が代わったが、この党は無残に潰れた。その理由を突き詰めると憲法問題で党内の意思疎通が図れなかったからだ。国家の基本問題で一致できないのでは政党とはいえない。

再起を期すために“全野党共闘”などといっているが、これこそが誤りの根源。共産党の術中にはまっている証拠だ。かつての西側陣営の共産党はソ連崩壊とともに「道を誤りました」と国民に謝罪し、党を解党している。日本共産党は解党どころか、いまだに全野党共闘などという寝ぼけたことをいっている。

自民党に取って代わろうというなら、法案審議や議会運営で是々非々、目下の維新のような政党でなければ政権の責任はもてないだろう。来秋、保守第二党が誕生し、日本の政界は“世界標準”に近づくのではないか。













「童謡 里の秋 のこと」

2017-08-20 06:13:54 | 日本
大東亜太平洋戦争の始まりを報せる臨時ニュースに高揚感を覚え、その思いを書き上げたと言われている『星月夜』(ほしづきよ)は、斎藤信夫がまだ国民学校の教師をしていた1941年(昭和16年)12月に作られ、1番から4番までの歌詞で、後に童謡の雑誌に掲載された。
 戦後は、「里の秋」として、1,2番は歌われたが、3,4番の「父さんの活躍を祈ってます。将来ボクも国を護ります」は、抹消され、今日に至っている。
 

「里の秋(星月夜)」

斎藤信夫作詞  海沼実作曲
 

1、静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた
 
2、明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ああ 父さんのあの笑顔
  栗の実 食べては 思い出す
 
3、きれいな きれいな 椰子の島
  しっかり 護って くださいと
  ああ 父さんの ご武運を
  今夜も ひとりで 祈ります
 
4、大きく大きく なったなら
  兵隊さんだよ うれしいな
  ねえ 母さんよ 僕だって
  必ず お国を 譲ります
 


「脳の機能と認知症予防シリーズ③」

2017-08-19 06:47:36 | 日本

◎超高齢化社会

総務省は平成24 年12月時点で日本の人口確定値は総人口でⅠ憶2749万人と発表。65 歳以上の高齢者人ロは3079万2 千人で、総人口の占める割合は24.Ⅰ%と過去最高を更新し超高齢化社会に突入したと発表しました。
東京1320万人・大阪886万人 ・名古屋741万人の三大都市の総人口よりも多い人数が高齢者となっています。
2012年時点で高齢者の認知症人数は462万人、予備軍は400 万人と発表しています。
全人口の占める65歳以上の比率が21%を超えると「超高齢ヒ社会」。


◎2025年に認知症700万人(65歳以上の5 人にⅠ人)

平成37年(2025)年の高齢者認知症推計値は700万人を突破すると発表。5人にⅠ人
が認知症で社会的大問題になる事は疑いありません。


◎認知症予防は自己責任

認知症予防は個々の自己責任で行う事が原則です。具体的予防対策は医学的に脳の司
令塔「前頭前野」を「永続的に刺激」する事と脳トレが大事であると指摘されており、永続的な刺激は簡単な 「単純計算」が最良だとされています。
難しい複雑な計算よりも単純計算を「より速く連続解答」する方法が望ましいとされていますが、"ドリル"等の紙面上での計算は単純・単調で「飽きる」事が難点で長続きしない事が致命的な欠点となっています。
「飽きずに繰り返し」永続させる為には、年齢・性別に関係なくゲーム的な面白昧があり、
楽しい会話が成立する事が最低条件であると指摘されています。


◎脳の神経細胞

人間の脳神経細胞は140億個にも及ぶとされており、この740億個の細胞は殆んどが胎児の時に出来上り、誕生をしてからは減少する一方だとされています。
脳細胞は一日に70万から20万個位が死滅し、二度と再生されないと言われています。
一日に20万個ずつ死滅するとして、一年間で7300万個減少することになります。
70年間で約51億個、90歳で約66億個減少することになりますが、まだ半分以上の脳細胞が残っていることになります。
生まれつき脳が持っている「記憶力」や「反射的能力」などは老化によって低下するが脳の司令塔 「前頭前野」を刺撒する事で改善される事が医学的に証明されています。

※記憶(物覚えするためには、最低20秒位必要。
※人間の指先にほ、数百万の神経細胞があり、これを使うと「脳の中の運動神経細胞」が興奮
し、この興奮が脳の機能を活発になり脳の老化を防止します。


◎前頭前野と血流

脳の活動状態を調べる方法の一つとして 「血流」の量を見る方法があります。
血がたくさん流れているということは、それだけ多くの酸素が供給され、代謝が行われているという事を示します。血流が多い場所は活発に働いているし、血の流れが少ない場所はあまり働いていないということです。
ですから、前頭前野の働きのあまりよくない人、人の心が読めず、他者とうまくコミコニケーションできない人というのは前頭前野の血流量が少ない事になります。
子どもの頃にいくら脳を発達させても その後もきちんと働くような状態に整えられていなければ筋肉と同じと言えます。
筋肉は毎日トレーニングしていれば維持されますが、怠けて使わないでいるとすぐに衰えてしまいます。いつでもきちんと働けるように脳も皿流が多い状態にしておくことが大切であり、認知症予防の基本的な対策になります。


◎脳トレ(園児から高齢者まで)

人は加齢こよりいろいろな機能が低下します。これは脳も同じです。しかし、脳はしっかりと使うことで、その働きを高めていくことが出来ます。いくつになっても若々しい悩でいる為こは脳を使うことが大切です。
身体的な若々しさは「運動していい汗を流す」「機敏な動き」などが挙げられます。脳の場含は「回転の速さ」といえます。若々しい脳でいる(脳の回転を保つ)ために重要なのが脳の前方にある前頭前野といわれる部分だと指摘されています。

前頭前野の働きは・・
・思考する。
・行動を抑制する。
・コミコニケーション(対話)をする。
・意思決定をする。
・情動 (感情) を制御する。
・記憶をコントロールする。
・意識・注意を集中する。
・注意を分散する。
・やる気を出す・・・等艮。

この部分をトレーニングしていくことで若々しい脳となり、また認知症予防こ効果があると言われています。そこで、認知症は「指を動かして作業をする」「目で作業や指の動きを追う」ということで予防することが出来るとされています




<了>











「脳の機能と認知症予防シリーズ②」

2017-08-18 06:16:50 | 日本

◎原因・要因……認知症になる脳のメカニズムとは?

当たり前だと思っていることがわからなくなってしまう認知症。血の病気でも、老化現
象でもなく、脳の病気であり、他の病気によって引き起こされます。認知症とは脳が障
害を受けることで、さまさまな症状が現れてしまいます。


◎動物とは違い精神活勤を営む人間の脳とは?

人間の脳は大脳・小脳・脳幹からなり、それぞれに働きが決まっています。
最も人間らしい活動をするために機能するのは、大脳であると言えます。
人間も動物も脳に刺激を与えることによって進化してきましたが、人間の行動や考え
方が他の動物と違っているのは大脳の違いによるものです。


◎脳の中心的役割を果たす前頭前野

人間の脳は前頭前野が発達して大きくなっています。
前頭前野が発達しているために人間は人間らしい精神活動を可能にしているのです。
前頭前野には次のような働きがあるとされています。

・いろいろなことを考える。
・行動をコントロールする。
・コミコニケーションをとる。
・やる気をだす。
・集中する。
・注意を払う。
・気持ちのコントロールをする。
・記憶する。
・意志決定をする。


◎認知症の症状と前頭前野の関係

認知症の症状として、記憶力や注意力、コミコニケーションが取れない・感情のコン
トロールができずに急に怒り出してしまう、食事などの日常生活が自分で出来なくな
るといった社会的な問題に大脳の前頭前野が関与しています。認知症の症状のうちの
社会生活に関する障害は、大脳の萎縮による前頭前野上の影響によるものとされてい
ます。


◎脳トレで認知症予防・改善

健康雑誌などで「脳トレ」特集が掲載され、認知症の予防・改善に効果があるという記
事が出ています。脳のトレーニングを行うことで前頭前野が活性化されるためです。


◎具体的な脳トレは 読み・書き・計算

簡単な計算を素早く解く、手書きで文字を書く、大きな声で音読するといった作業が前頭前
野を含む左右の脳のいろいろな部位を活性化することがわかっています。これらの作業は
「作動記憶トレー二ング」と呼ぼれます。
作動記憶というのは、ふだん私たちが使っている記憶力です。たとえば、人の話を聞き、言
葉を理解する際には作動記憶を使っています。
作動記憶トレーニングは自分ができる「ぎりぎりの難しさで行う」のが重要です。
易し過きても、難し過きて色だめです。面白いのは、このトレーニンクを続けると記憶力だ
けでなく、記憶力以外の能力も向上することです。これによって認知症の方の症状が改善す
るだけでなく、健康な方の認知症予防にも繋がるとされています。