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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

俺たちはビッグになることがもう既に運命付けられている、MR. BIG FROM UK

2015年06月10日 | BRITISH ROCK
1973年、英国の音楽評論家であるニック・ケントが、音楽雑誌NME(NEW MUSICAL EXPRESS)で、 クイーンのファースト・アルバムに対して、しょんべん桶という言葉を使って彼らをこき下ろした。

それから2年後、同業者のメロディー・メーカー紙には、“ここ2年間 と云うもの英国が待ち続けた新しいタイプのロック・グループが今ここに登場した。彼らがビッグ・グループになることはもう既に運命付けられている。 このアルバム【SWEET SILENCE】は何かとっても新しくて、とてもエキサイティングな始まりである。”とこのレコードのライナーの表紙のところに記載されていた。読んでいる方が恥ずかしくなるぐらいのすごい宣伝文句であった。




それは、MR.BIGを歌ったFREEについてではなく、エリック・マーチン所属のアメリカン・ロック・バンドMR.BIGでもない。そう、あの70年代に登場した幻の英国ハード・ロック・バンド MR.BIGのこと。

ギター・ボーカルそして作詞・作曲を担当のディッケンと、ベースとドラムス二名の変則的な構成の4人組ロック・バンドだった。1974年エピックと契約しシングルを出すものの、不発。1975年EMIに移籍して出したのがこのアルバム、SWEET SILENCE。同じEMIからデビューし、当初辛口メディアに叩かれていたクイーンが2年の間に大ブレークを果たしたことから、EMIは2匹目のドジョウを狙い、彼らを売り出すことにしたのだろう。当時クイーンのオペラ座の夜のツアーにも前座で帯同したとの事。

翌年2枚目をだしシングルが中ヒット、そして1978年の3枚目はレコーディングされたものの、発売には至らず解散。2001年にCDで復刻される。

2枚目以降を聴いていないので、1枚目を聴いただけの感想を述べると、サイド1の1曲目TIME BASE、2曲目WOUNDERFUL CREATIONや6曲目SWEET SILENCEなどは確かに新しいタイプのロックの香りを感じたが、残念なことに他の曲が弱い。無理やりバラエティー感を出そうと思ったのか、カントリー、中国風、ボードビル調のサウンド取り入れた曲やスローバラッドもクイーンのそれらと比べると魅力に欠ける。せっかくのツイン・ドラムスなのだからそれを生かしてハード・ロック一辺倒でやってほしかった。また、ボーカルの少しねちっこいしゃがれ声も、好き嫌いの分かれるところかも。 

残念ながら、”ビッグ・グループになることはもう既に運命付けられている”。と云う当時の宣伝文句を果たし得ることはなかった。

今更ながら思うのだが、このアルバムも含めてレコードのライナー・ノートにある記事は、レコード会社からの依頼として書いているので、当然ネガティブな記事は書けないし、たとえ好みに合わなくとも何かいいところを無理にでも探しだして褒め上げるという作業で、当時書いた本人もこれを今改めて読むと”あれは仕事だった。”と思い起こすのでは。

だから、表現が適切だったかどうかは別にして、ニック・ケントのクイーンに対する酷評は、本当に彼自身が思った事を書いたので意気込みは評価出来る。しかし、うがった見方をすれば、クイーンが新人バンドだったからで、もし大物バンドであればそのような事を言えたかどうかはわからない。

WITH THE BEATLES発売の時、女性ファンがキャーキャー言ってる時に“そんなのただの雑音さ”と言えたなら本物である。まあ、当時NME紙は、表紙によくビートルズかストーンズの写真を掲載していたそうなので、彼らに対してネガティブな記事がたとえあったとしても、現実的にそのような記事の掲載は無理だったかな?

ところで、中心メンバーのディッケンは、MR.BIGを再結成し、2011年には、通算4枚目のアルバムを発表。この歳になっても活動を続ける本当にロックな人である。


甘美のハード・ロッカー! UHA味覚糖の親戚か?

Mr.Big - Wonderful Creation


Mr.Big - Sweet Silence (邦題:甘美のハード・ロッカー)

シリーズ その3 家族からゴミ扱いされている音楽メディアの収納に関する考察

2015年06月07日 | 考察シリーズ
助手:博士! 空のCDのプラケース言われた通りに捨ててきました。いざプラケースだけを捨てるとなると、結構嵩張るものですね。大きな紙袋を満杯にして、2つ分捨てたんですけど、プラケースの数にしてみると大したことがなかったですね。

博士:ご苦労じゃった。我がロック研究所はウサギ小屋ならぬ、ネズミ小屋であるから、これ以上研究資料のCDやレコードを増やしながら保管することは難しくなったのう~

助手:ところで空のCDのプラケースは、不燃ゴミの分別でいいのでしょうね、博士? もし間違っていたら、収取車は引き取らずにそのまま置いって行ってしまいますよ。

博士:分別の判断は地方自治体で異なっておる。CDやCDのプラケースの場合、容器包装リサイクル法の対象外じゃから、“プラ”と入る分別のロゴが商品に記載されていないため、各地方自治体の判断によって可燃ゴミもしくは不燃ゴミと分別されるようじゃ。また、最近CDのプラケースをリサイクルと分別して独自に収集する自治体も出てきたようじゃ。リサイクルのためのプラケースを粉砕する技術が確立されたようじゃのう。

助手:なるほど。廃棄品を埋め立てに使ったり、焼却処分にしてCO2を増やすよりはいいですね。他の自治体がそれに追従していないのは、やはりまだリサイクルとしての処理は結構お金がかかるということでしょうか? ところで、プラケースをとった裸のCDと解説書などはどうしたのですか?

博士:スリムにCDを収納できるソフトケースを買ったのじゃ。たまたまある雑誌の広告を見て、わしはフラッシュ・ディスク・ランチなるものを購入したのじゃが、それ以外にも文具メーカのコクヨの製品やタワレコ・オリジナルやいろいろ目的や使い勝手に応じてそれぞれの商品がショップやネットで購入できるぞ。



最初に、プラケースを外して中身を分解


これがフラッシュ・ディスク・ランチなるもので、塩ビ製?のような蓋つきの外袋とCD収納用の不織布内袋


最初に、裏ジャケを両サイドの背インデックスを内側に織り込み、外袋に挿入。


残りの、CD入りの不織布内袋、表ジャケットを入れて、外袋の蓋を内側に織り込み完成。紙ジャケCDの雰囲気
但し、塩ビ製?のような蓋つきの外袋の寿命がどの程度なのか長く使わないとわからない。昔、レコード購入のサービスとしてレコードショップがくれた厚手の塩ビ製のカバーは、寿命が来るとパリパリになった。もちろん、フラッシュ・ディスク・ランチの蓋つきの外袋がそれと同じであるとは言えず、多分日本における高度な化学分野の進歩により、原材料の成分が改善され寿命が以前のものと比べものにならないぐらい伸びているものと推測はできると思います。

これに切り替えたおかげで、今まで17枚しかはいらなかったCD棚のマス目に約50枚ほど入るようになったのじゃ。

レギュラーサイズのCDケースが17枚収納


約50枚が収納できた。

助手:だけど、背帯が見えなくなったので、どこに何のCDがあるか見つけ難くなりましたね。

博士:確かに。年をとると記憶が悪くなるので、CDショップなんかで使っているインデックスの仕切り板でも使ってみようかのう。

それから、タダでさえ収取した膨大なレコードやCDを家族からゴミとみなされている状況では、それらを部屋のあちこちに平積みにして置いておくと、ゴミ箱行きになりかねん。常時きっちり収納が出来る環境を構築せねばならん。

いらないものは中古ショップに売って処分してもいいのだが、それらを正当に評価する知識を持ち合わせていない店員が担当すると、目も当てられんわい。貴重なレコードやCDがジャンク扱いの買い取り価格10円もしくはそれ以下の世界になってしまう。

と、いつになくシリアスに頭を悩ませる博士でした。まあ、プラケースをCDの一部として思いれを持つ人は、廃棄処分になかなか踏ん切りがつかなく、この手のスリム収納作戦の実行は不可能でしょうね~

何ですって? ”うちは、あんたが住んでいるようなネズミ小屋じゃないから、プラケースを処分する必要はない!” それは失礼いたしました。



LED ZEPPELINのリマスター・プロジェクトに関する考察、劣化・ツェッペリン?

2015年06月06日 | LED ZEPPELIN関連
助手:博士! LED ZEPPELINのリマスターの残り3作のコンパニオン・ディスクの詳細わかりましたよ~

PRESENCEは、5曲でレファレンス・ミックスとなっています。内4曲はPRESENCEに収録された曲で、残り1曲はアウト・テークですかね?


博士:レファレンス・ミックスって一体何の事じゃ?

助手: IN THROUGH THE OUT DOORは、7曲のラフ・ミックスとなっています。いづれもIN THROUGH THE OUT DOORに収録された曲の未完成なバージョンですね~


博士:それだけ?

助手:それからCODAがこれまたすごい!
コンパニオン・ディスクは2枚となっています。

1枚目は、8曲からなっており、内3曲は、SHMの紙ジャケでボーナス・トラックして収録されていた、BABY COME ON HOME、 TRAVELLING RIVERSIDE BLUESとHEY HEY WHAT CAN I DOです。残りの5曲はラフ・ミックスやインストなど未完成の音源です。

2枚目が、7曲で、ボンベイ・オーケストラが2曲と残り5曲は未完成のラフミックスとなっています。


博士:ボンベイ・オーケストラって一体何じゃ? センベイの間違いでは?

それにしても、これはひどいのう。LED ZEPPELIN Iについておった貴重なライブ音源のコンパニオン・ディスクに感動して、かなり期待しておったんじゃが。

IIには、同等の音源がコンパニオン・ディスクについていなかったのじゃが、まあ、Iのコンパニオン・ディスクにIIのライブ音源も入っていたので仕方ないと思ったのじゃが。

III、IVとHOUSE OF HOLLYがマニア向けの音源のみのコンパニオン・ディスクじゃったから実は心配しておったのじゃ。

PHYSICAL GRAFFITIは、元々曲が足りなかったので、コンパニオン・ディスクの内容はこんなものかと思い、残り3作、特にCODAで何かライブでの新音源 (例えば1971年の日本公演のライブとか)が出てくるかもしれないと密かに期待しておったのじゃが。

これじゃ、レッド・ツェッペリンじゃなく劣化・ツェッペリンじゃ。

助手:ごもっともです。デラックス・エディションありきで、この手のコンパニオン・ディスクをつける事で高額商品にするのは、問題ですね。

それじゃ、今回は購入を見送るという事で。

博士:ちょっと待ってくれ! もう少し考えさせてくれんかね。

と、なかなかZEP教から抜け出す事ができない、情けない博士でした。

アリス・クーパーとはバンド名だった

2015年06月06日 | AMERICAN ROCK/POPS
ヘビー・メタルのバンド・メンバー全員がステージ外で、ヘルス・エンジェルスのように革ジャンを着て、ハーレーのチョッパーに乗っかっているわけではなく、また映画に出てくるようなアメリカのプール・バーでビール片手にダーツを楽しんでいるようなマッチョ・マンでもない。ステージに於いては、普段の生活とは全く異なる与えられた役を演技していると言えるのではないだろうか? 

ステージ・アクトが過激であればあるほど、実生活と乖離する事から生じるプレッシャーに負け、薬に逃げてしまう実例には事欠かない。やはり実生活と完全に区別出来る事がバンドを長続きさせる秘訣ではないだろうか?

今回紹介するアリス・クーパーも同じような一団で、 アリス・クーパーとはボーカル担当者の芸名であると同時にバンド名でもあり、また楽曲の作詞や作曲もバンド・メンバーの共作している、すなわち、アリス・クーパー・ショーを演じているロック・バンドと言えるであろう。

1970年マイナー・レベルから出した3作目のアルバムLOVE IT TO DEATHがメジャー・レーベルのワーナーから評価を受け、再発されブレークした。大蛇、電気椅子やギロチンなど過激な小道具を使い芝居がかった
ステージが怖いもの見たさで受けに受け、その後出すアルバムがそれぞれヒットした。

大ヒットする事によってその存在が大きくなり、当然それらを好ましくないと思う人々も現れ色々と苦情を受けたり、また長期のツアーなどからくるプレッシャーや疲労により、メンバーも消耗していくのである。それらの反動からか、もしくは一息つく意味 なのか、アリス・クーパーは、今までの芝居がかったグラム系のサウンドでなく、ベーシックなロック・サウンドを作りたいと考えた。そして、アリス・クーパー・ショー向けに適した大ヒットしたコンセプト・アルバムの 5作目SCHOOL’S OUTや6作目のBILLION DOLLARS BABIESとは異なった制作意図を持って1973年に7枚目のアルバム、MASSLE OF LOVE が制作された。

ダンボール製ジャケットの裏

歌詞は性関連 (そうでない物も数曲あるが)で物議をかもす内容で、一家団欒で聴くのもでは当然ない。また、彼のダミ声ボーカルも健在であったが、今までのねちっこいサウンドはなくなりすっきりしたものとなった。

インナー、レコード・スリーブの表

インナー、レコード・スリーブの裏

インナー、アルバムの詳細が記載されている。折り込めばブックカバーになるという優れ物

バンド内でも今までの方向性と異なる 制作に関してもめる事となり、このアルバムがアリス・クーパーのバンド形態としての最終作となった。これは、アリス・クーパーがブレイクした3作目から連続で制作担当でバンドのまとめ役だったボブ・エズリンがなんらかの理由で参加しなかったことも理由の一つであるのでは。そして2年後、アリス・クーパーはバンド名を継承しソロとなり、すべてをリセットする事により再出発するのである。

このアルバムで特筆すべきは、彼らがジェームス・ボンドの映画のテーマ・ソングを書いた事だ。曲名は映画の題名と同じでMAN WITH THE GOLDEN GUNであった。007のテーマ・ソングとしてはよく出来ていて、キャバレーと言うミュージカル映画の主演で有名だったライザ・ミネリがコーラスで参加している。

このアルバムを買った時は、007の1974年の新作映画の封切りが楽しみであったが、ロック・ファンにとっては残念ながらこの曲は映画に採用されなかった。代わりにLULUという歌手が歌うキャバレー調のような曲が採用された。悪役で出演したクリストファーリー(ドラキュラ役でも有名な)もアリス・クーパー・バージョンが映画にはあっているのではと言ったそうな?

ではこの幻のオルターネート・バージョンのMAN WITH THE GOLDEN GUNを007の映像と一緒にどうぞ

Man With The Golden Gun
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LED ZEPPELINとYESのボックス・セットに関する考察

2015年06月05日 | LED ZEPPELIN関連
助手:博士! さっきタワレコからメイルが入っていて、どうも7月の末ぐらいに、LED ZEPPELINのリマスターの残り3作が一挙に出るみたいですよ。

博士:何ぃ~ PRESENCE、IN THROUGH THE OUT DOORとCODAのアルバムが全部出るじゃと! CODAのデラックス版とは一体どういう物なのかのう? アウト・テークを集めたオリジナル・ディスクにさらなる追加のアウト・テークを収録したコンパニオン・ディスクをつけることになるのかな?


助手:アウト・テーク中心に収録したオリジナルのCODAから漏れたアウト・テークというやつですかね? 

博士:まさか、今回CODAのデラックス版も一緒に出るとは思わなんだ。一気に3作も出るとお金が足りなくなる。まだイエスのPROGENY、SEVEN SHOWS FROM 72というボックス・セットも買おうかどうかと躊躇しているのに。

助手:えー! PROGENYのボックス・セットを買うのはやめたのじゃなかったのですか? そう思ったので、さっきアベレージ・ホワイト・バンドのボックス注文してしまいましたよ!

博士:えー! そんなの今買ったら、イエスかLED ZEPPELINのどちらかが買えなくなるぞ。今月さらにストーンズのスティッキー・フィンガーも出るというのに。最悪の場合、輸入の通常盤で我慢せねばならないのう。

助手:ところで博士、さっき調べてみたのですが、今回のイエスのボックス・セットは、72年のCLOSE TO THE EDGE TOURからの7公演を収録していますよね。
えーっと、
72年 10月31日 カナダ、トロント
72年 11月 1日 カナダ、オタワ
72年 11月11日 ノース・カロライナ、ダーラム
72年 11月12日 ノース・カロライナ、グリーンズ・ボロ
72年 11月14日 ジョージア、アセンズ
72年 11月15日 テネシー、ノックス・ビル
72年 11月20日 ニューヨーク、ユニオン・デール
だっけ。


博士:確かにそのようじゃった。で、それがどうかしたのかな?

助手:1973年発売のYESSONGSは、71年から73年にかけてのFRAGILE TOURとCLOSE TO THE EDGE TOURからの収録で、数多く行われた公演の中からベストだった演奏を抜粋し、それぞれの音源を加工して収録していると聞いています。スタジオ盤と比べれば確かに粗はあると思いますが、それでも当時のライブ音源としては比較的に聴きやすく上出来だったと思います。

WIKIで調べたところ、
72年  2月19/23日 ニューヨーク公演からビルブラッドフォードがドラムを叩くPERPETUAL CHANGE、 LONG DISTANCE RUNAROUNDと THE FISH
72年 11月 1日 カナダ、オタワ公演からROUNDABOUTの最初の部分
72年 11月12日 ノース・カロライナ、グリーンズ・ボロ公演からHEART OF SUNRISEとAND YOU AND I
72年 11月14日 ジョージア、アセンズ公演から最初の2/3に当たるパートの THE SIX WIVES OF HENRY VIII
72年 11月15日 テネシー、ノックス・ビル公演からSIBERIAN KHATRUとYOURS IS NO DISGRACE
72年 11月20日 ニューヨーク、ユニオン・デール公演からFIRE BIRD SUIT INTRO、残りの1/3に当たるパートの THE SIX WIVES OF HENRY VIIIとMOOD FOR THE DAY
72年 12月15/16日 ロンドン公演からCLOSE TO THE EDGEと STARSHIP TROOPER
注:YOUR MOVEとALL GOOD PEOPLEについては録音日の記載はなく、また、ROUNDABOUTの残りの部分の録音日の記載もなし。
と各々の公演からそれぞれの曲を収録したと推測されると書いてありました。

もしWIKIに書かれている収録のデータが正しければ、PROGENYとYESSONGSの幾らかの曲は同じ日の録音とではないかと。
つまり、YESSONGSは加工編集された音で、PROGENYは実際のルーティン通りのライブ演奏で音はそれほど加工されていないそのままのものではないかと。

博士:なるほど、なるほど、音が加工されたかどうかは別にして、もし同じ音源が部分的に採用されたということなら、我々素人はボックス・セットではなくYESSONGSで十分ということじゃな。

助手:ええ、同じような意見がアマゾンのレビューにも書かれています。さすが、上級マニアの人たちはよく知っていますね~
それじゃあ、浮いたお金でお好み焼きでも食いに行きましょう。

博士:おっと待った! まだジャケ買いの目も残っておるわい。ロジャー・ディーンのイラストには惹かれるもんがあるからのう。
難しい選択じゃ……
よし! 取り敢えず、それは貯金して、次なるボックセットの購入に備えるのじゃ!

と、わけのわからない無駄遣いの話が延々と続くのでありました。



自作自演のプログレ・ロックンロール・アルバム、DAVID BOWIE DIAMOND DOG

2015年06月03日 | Bowie, T.Rex, Hoople and Glam.

今日は、デビッドボウイーの1974年作の“ダイアモンドの犬”というアルバムについてです。

グラム・ロックというジャンルも以前より勢いを落とし、明らかにその終幕が迫って来ていると感じていたのか、その集大成として、イギリス人作家ジョージ・オーウェルの小説1984年を下敷きにしたコンセプト・アルバムの制作を意図していました。残念ながら、故ジョージ・オーウェルの親族からその許可を得られず、半身犬の姿になった自身が近未来の映像を語るというコンセプトに変更され制作されたのがこのアルバムです。

どんなトラブルがあったのかは判らなのですが、このアルバムにはプロデューサーのケン・スコットだけでなく、ボウイーの片腕であったバック・バンド、スパイダース・フロム・マーズのリーダーであるミック・ロンソンも参加していないのです。

ケン・スコットといえば、ジョージ・マーチンの下でビートルズ後期のレコーディングのエンジニアを担当した人で、ビートルズ時代の貴重な経験をもとに計算された音作りをおこなう正統派のプロデューサーであり、一方ミック・ロンソン は、リード・ギタリストとして2作目から前作までのボウイーのアルバム制作に多大な貢献していました。

実際ボウイーを良く知る彼らの参加なしに区切りをつけるようなアルバムを制作するのは、大変ではないかと思ったのですが。

そのため制作において、それまでと異なった革新的手法が必要と考えたのでしょうか、自作自演でセルフ・プロデュースと思い切ったスタイルを取りました。ただし、リズム・セクションは、曲の芯になるため自身では担当せずセッション・ミュージシャンを起用し、幾らかの例外を除き他の楽器はできる限り自身で演奏しました。

確信犯的な試みかどうかは判らないのですが、演奏のヘタウマ感(セッション・ミュージシャンの技量と比べてという意味で)をわざと出すことによって今までと違った音が出せるのではないと考えたのでは? また制作の相棒として録音エンジニアにキース・ハーウッド(この人はスーンズのイッツ・オンリー・ロックンロールのエンジニアを担当)を選び、ケン・スコットのプロデュースとは異なるアイデアの音を狙ったのでは? タイトル曲の“ダイアモンドの犬”や“レベル・レベル”をなど聴けば、ストーンズのようなシンプルでストレートなロックンロールの影響を受けているのが良く分かります。

プログレのような曲の間にシンプルなロックを入れメリハリをつけ、そのわかりやすさが特にアメリカで受け、全米5位にアルバムがランク・インされる程の大ヒットとなりました。

だだ、彼自身も迷っていたのかどうか判りませんが、この後に行われたダイアモンドの犬ツアーで,1966年アメリカのR&Bチャートで1位を獲得した黒人ソウルシンガーのエディー・フロイドのノック・オン・ウッドを取り上げることにより、その時点で今後の音楽の方向性を変えたような気はします。それが引き金となり、ラバー・ソウルならぬ、プラスティック・ソウルと呼ばれるヤング・アメリカンを次回に制作されるのです。

ボウイーの歌詞は難解で示唆に富んだ内容なので、その道の専門家たちがああだこうだと歌詞の内容を掘り下げて小難しいことを言っています。もちろん詩の内容を知らないよりは知っておいた方がいいわけですが、それほど難しく考えないでアメリカ人のようにロックのサウンドにシンプルに反応し楽しむことでいいのではないでしょうか? 

このアルバムの“ロックンロール・ウィズ・ミー”というレット・イット・ビーのピアノのイントロのようなコードで始まる曲で、彼は“一緒にロックしてくれれば、自分自身は楽しいが、そうでなければ悲しい”というようなことを歌っています。


David Bowie - Rebel Rebel


David Bowie - Rock N' Roll With Me


イタリアン・歌謡・プログレの雄、I POOH(イ・プー)

2015年06月02日 | EURO ROCK
カタリ~♪ カタリ~♪
ペッケ メ ディス スティ
パロール アマーレ

中略

コーレ コーレ ウングラート~♪
タイエー ピグリ アート
アビータ ミーヤ
ツゥッテ パサート
エ ヌンセ ピエンチェ キューウ~♪

“朝から頭がおかしくなったの?”と言われそうですが~
これは、“カタリ カタリ”と言う題名のイタリアはナポリの民謡で、カタリと言う女性に対して。“こんなにも、あなたのことを思っているのに、薄情なあなた”と愛の言葉を投げかけています。

“無粋なあんたが、何故この歌を知っているの?”と言われればさらに困るのですが。

実は、その昔、音楽の授業でこの歌習ったのです。数十年前の話なのですが、ネットで歌詞を検索してみますと、当時丸暗記した歌詞やメロディーが完璧ではありませんが覚えているんですね。

もちろん歌を聴いても何のことを歌っているのかは全くわからないのですが、イタリア語(この場合はナポリの方言?)、フランス語やドイツ語など、英語以外で歌われている曲は、それぞれの国をなんとなくイメージさせる独特の響きがありますね。

イタリアといえば、19世紀から20世紀にかけて作られた大衆歌謡曲、カンツォーネがよく知られていますが、プログレの宝庫でもあります。イタリアン・プログレと言いますと、PFM、BANCO、AREA、LE ORMEやOSANNAなど数多くのすばらしいバンドがイタリアには存在し、これらに一度はまると、英語系のプログレは余り聴かず、これを専門に聴く方も多くいるという奥の深いジャンルです。

今日紹介するのは、難解な展開がなく、甘めのサウンドを持つイタリアン・歌謡・プログレの雄、I POOH(イ・プー)。

1972年に発売された、彼らの4枚目のオリジナル・アルバム、ALESSANDRA(邦題 ミラノの映像)です。 このアルバムに関しては、特にプログレというイメージはなく、オーケストレーションを多用した優雅なメロディーにイタリア語をのせて歌っています。全編甘めのサウンドなので、ハード・ロックが好きな方は、退屈するかもしれませんが、バック・グラウンドでこれらの曲を流していると、言葉は分からずともイタリアの風景がなんとなく感じ取れるのではないでしょうか?

ジャケットの子供達の写真を見ると、中身の曲を聴く前にジャケ買いに走りそうです。

私:カタリ~♪ カタリ~♪と歌うと、ワタリー♪ ワタリー♪と言う曲を思い出します。

博士:何ぃ! あの白土三平先生の忍者漫画のことじゃな。確か実写版があったのう。

私:そうなんです。日本で放映後、台湾や東南アジアでも放送されたみたいで。その昔、シンガポールの知人が、“お前、ワタリって知ってるか?”と話しかけられ盛り上がりました。

博士:お主もかなり古いのう~

I Pooh - Io in una storia

イエスに変化を求めるべきなのか?、PROGENYとUNION LIVEについて

2015年06月01日 | PROG ROCK
今日から6月1日と時の経つのは早いもので、あっという間に2015年の中盤に差しかかりました。

学校に行っていた時は、授業の時間割が毎日異なっているので、1日1日過ごしていく感じだったのですが、今では、季節感と言う中期的な変化は感じられるのですが、生活や仕事がルーティーン化されることによって、毎日の変化というのはあまり感じられなくなり、1週間がユニットで過ぎていく感じに囚われてしまいます。

そうなると、単調な生活に何か意味はあるのか?なんて考えてしまうこともあります。やはり、人間はある程度周りの変化から刺激を受ける必要があるのではないでしょうか? もしそうでない場合は自身か何かを変えていかなければならないのだろうかと思う今日この頃です。

プログレッシブ・ロックの重鎮であるイエスが、最近PROGENY、SEVEN SHOWS FROM 72というボックス・セットを発売しました。これは、1972年秋の全米ツアー7公演の模様を納めた一公演あたり2枚、計14枚組のCDセットです。 イエス教の中級クラスを自称する信者としては、このボックス・セットを購入するかどうか迷っています。

今回は7公演全て異なる音源で、また72年のライブはイエスが一番輝いていた時期と思っていましたので、以前記事にしましたDEEP PURPLEのマシーン・ヘッド40周年記念豪華盤のボックス・セットのような同じ音源のリマスターやリミックスの聴き比べではなく、各公演における演奏のそれぞれの変化を楽しめるのではと期待していたのですが~

アマゾンのサイトでイエス教の最高位に属される信者の方々のレビューを見ると、7公演ともセット・リストは全て同じで、演奏もライブ・バージョンとしてほぼ固まったアドリブなしのアレンジで行われているとのことでした。あるレビューでは、“危機”と言う20分弱の長尺な曲でボーカルのジョン・アンダーソンが“ア~”と歌う箇所があり、このボックスセットを購入することによって、そのパートの出来不出来が7回もチェックできると言うマニアックな意見があったり、ロジャー・ディーンがデザインを担当するボックス・セットの出来がいいのでと、ジャケ買いを推める方もいました。そこか~!

もともとイエスは、キング・クリムゾンとは異なり、曲の進行のスピードは時代で異なることがあったものの、たとえメンバーが入れ替わってもほぼ同じアレンジでライブを行っていたと思います。まあ、仕方がないのかな~?

と言うことで、今回はつい最近購入したばかりのイエスのライブでも非常に変化の大きい音源を紹介します。 これは1991年、当時のイエスのメンバーと脱退したイエスのメンバー(AHWBと言うバンド)が合体し1枚のスタジオ・アルバム、UNIONを作成し、その流れでライブツ・アーが行われ、その模様を記録したものがUNION LIVEです。

ギター、キーボードそしてドラム担当が各2名ずついる総勢8名の編成となりました。特にトレバー・ラビンとスティーブ・ハウの新旧ギタリストのアドリブ合戦は聴き応えがありました。どちらとも超ハイテクの弾き手で、スティーブはベテランの味で若干抑え気味、トレバーはスティーブに対抗したかったのか暴れまくって弾いていました。(個人的には少しやりすぎかなと思いました)

残念だったことは、もう一人のキーボードであったトニー・ケイの存在があまり感じられなく、キーボードの演奏に関してはリック・ウェイクマンの独断場でした。それはともかく、いままでのライブと比べますとかなり変化があり、また大所帯の編成により音に厚みが出て迫力のあるライブで中々楽しめました 。

ところで、最近新ボーカリストを入れたイエスは、旧譜の再現ライブを盛んに行っています。彼らは、メンバーが変わっても将来にわたり存続出来るクラッシックの交響楽団ような存在を目指しているのしょうか?

私:やはり変化を求めて、PROGENYのボックス・セットはやめて、スプーキー・ツゥースかアベレージ・ホワイト・バンドのボックスにしよう!

アマゾン・レヴューワー:あなた!それでは変化しすぎだよ~!

LIVE UNIONからROUNDABOUT聴いてください。

ROUNDABOUT, YES - UNION LIVE