ここ1ー2週間少し肌寒い天候が続いたが、今日は本当にあったかくなり、春って感じで心地よい。
駅前の桜も例年だったら、すでに満開だったのに、今年は天候のせいだったのか、今の所だいたい半分程度の開花にとどまっている。
就職、進学やその他諸々のことが4月からスタートするのは、知っている限りでは日本だけだった気がするのだが…
ところで、その昔、風というフォーク・デュオがいて、彼等の楽曲に、“ささやかなこの人生”って曲があった。
その歌詞の一節に、“花びらが散った後の桜がとても冷たくされるように”とあり、確かに桜は不当とも言える扱いを受けているように思える。
多くの人たちが新たにスタートを切るのを祝うこの日のために、11ヶ月の間ずっと力を蓄えてきて、一気に花を咲かせ新しい門出を祝いそして何も言わずに散っていく 。
なんと健気な!
我々の普段の生活といえば、毎日何か特別なことがあるわけでもなく、普通は平凡に過ぎ行く日々がほとんど。
オイオイ、この地味なブログは一体いつまで続くの? って感じで…
桜のように、毎年一度は何かドカ〜ンとやってみたいと思う今日この頃。
そして今日一枚は、1980年のCHICAGO XIV.
これも地味なアルバムで、前年に出したディスコ・フレーバーのCHICAGO XIIIが、ビリー・ジョエルなどアルバム名を挙げたAOR系の大物フィル・ラモーンを引き続き起用したものの大コケ、全米21位とかなり前作より後退。
コロンビア・レーベルもシカゴに見切りをつけようとしたのか、CHICAGO XIVのプロモーションはほとんど行われなかったようだ。
インナーにはメンバーの写真もなく、半紙のような薄っぺらい紙にアルバムのクレジットが記載。余りにも手抜きってか、天下のシカゴに対してこの仕打ち、言葉を失う。
そのため、チャートは71位とさらに後退、シングルもヒットせず、コンサート・ツアーもガラガラ。
このアルバムのプロデューサーは、原点回帰を狙ったのか、アメリカン・ロック系のプロデューサーとして有名だったトム・ダウドを起用。ただ当時シカゴにはミスマッチのような気がしたが…
個人的には、このアルバム個々の曲出来はそれほど悪かったとは思わない。多分時代にマッチしなかったのだと思う。
これを機会にレコード会社は、区切りをつけるため2枚目のグレーテスト・ヒット集(CHICAGO XV)を出し、契約を更新しないことを決定した。
シカゴはこの低迷期に力を蓄え、新しい方向へと向かう。
レーベルをワーナー系のフルムーンに移籍し、そして心機一転、プロデューサーに売れっ子のデヴィッド・フォースターを迎え、1981年 CHICAGO 16を大ヒットさせ再び花を咲かした。
なんとなく、桜のようなお話…
おまけ、
あれっ!レーベルがCBS SONYってなってる。
それもそのはず、このレコードは当時シンガポールで買ったんだっけ。
当時東南アジアのマーケットは日本のSONYが仕切っていて、MANUFACTURED AND DISTRIBUTED IN SINGAPORE BY EMI SINGAPORE って記載されている。つまり、EMI SINGAPOREによる委託プレスの商品だった。