【東京】デビューから35年を迎えるソニーのウォークマンが今、小さな復活を遂げている。
しかし、1979年に発売された初代ウォークマンが大量消費とポータブル(持ち運べる)音楽の時代の先駆けだ
ったのに対し、価格700ドル(約7万円)の新型ウォークマンは高級志向の顧客をターゲットにしている。技術の
進歩が、音楽を携帯する人々の高級志向を強めている中での動きだ。
ソニーの新型ウォークマン「ZX1」は多くの点で、薄型が特徴のアップルのiPod(アイポッド)やウォークマ
ンのほっそりした先行機と対照的だ。ZX1のボディーは重くて分厚く、超高音質の音楽ファイルを保存できる128
ギガバイトのメモリが内蔵されている。ソニーによれば、1台1台を高価なアルミニウムの塊から削り出している
ことが、ノイズの低減につながっているという。
ソニーの音響製品企画担当者、中田謙二氏は「設計や技術の担当者向けのメッセージは、『コストを気にせず
、良い製品を作って欲しい』というものだった」と述べた。
ソニーの高級志向を狙ったこれまでの多くの家電と違ってZX1は良く売れており、少なくとも日本では好調だ
。昨年12月に店頭に並ぶと、すぐに売り切れとなった。2月以降、欧州やアジアでも発売されている。ただし米
国での発売日は決まっていない。
ZX1は成功しているものの、依然としてニッチな製品にとどまっている。ソニーは売り上げの数字を公表して
いないが、アナリストたちは日本でのこれまでの販売台数が数千台にとどまるとの見方をしている。
また、新型ウォークマンは、どんなに成功するとしても、それがソニーの慢性的な赤字を解消するとまで期待
している人は皆無だ。同社は2013年度(14年3月終了)の損益が13億ドルの赤字だったことを明らかにし、今年
度も赤字にとどまる見通しを示している。同社の消費者向けエレクトロニクスの主力製品は依然としてテレビと
ゲーム機だ。
それでも、ZX1の人気は一部の携帯音楽プレーヤー顧客のシフトを浮き彫りにする、と業界観測筋は指摘する
。インターネットの通信速度が上がり、データ容量が増えたことで、長年音質より便利さを選んできた消費者は
、音質と便利さの両方を手に入れられるようになっている。これまでのデジタル音楽プレーヤーは、音楽ファイ
ルを圧縮することでスリムな端末に何万もの曲を収めてきたが、そのプロセスによって音質が犠牲になっていた
。
ソニーの平井一夫社長は1月の消費者向けエレクトロニクス見本市で、「今の世代全体が、非圧縮オーディオ
の音を聞いたときの湧き上がる感情を経験していない」と述べていた。
インターネットの通信速度が向上したほか、メモリーチップが高速化して容量が増えたことから、ZX1のような
機器は、より重い音楽ファイル(業界でハイレゾリューションオーディオ=ハイレゾ音源=と呼ばれる)を、オ
リジナルの記録からそれほど音楽データを失うことなしに再生、保存、転送できる。中田氏によると、電池寿命
が長くなったことで、重い音楽ファイルを16時間再生できるようになった。ただし、これは他の携帯プレーヤー
が圧縮されたファイルを再生できる時間と比較すると、依然として5分の1程度にとどまるという。
ソニーは、このフォーマットが低音から高音、そして歌手の息づかいに至るまで、CDを上回る音質を提供する
と主張する。ハイレゾ音楽ファイルには、CDの3倍以上の音楽データが入る。
ソニーは昨年9月以降、ウォークマンのより安価なモデルを含む25種類以上のハイレゾ音楽対応機器を発売し
ており、これらが昨年10月から今年3月までの音響機器の売り上げの20%以上を占めているという。
他社もこの分野を試している。韓国のサムスン電子、LGエレクトロニクスに、台湾の宏達國際電子(HTC)は
、ハイレゾ音源をサポートするとうたうスマートフォンを販売する予定だ。
調査会社のNPDグループによると、米国では、高級ヘッドホンの売り上げが過去3年間で2倍に増えている。日
本の調査機関の富士キメラ総研は、ハイレゾ音楽対応機器が2020年までに世界オーディオ市場の約20%を占める
ようになると予測している。現在の比率は5%に満たない。
ハイレゾ音楽ファイルを提供する米国のデジタル音楽ストア「HDトラックス」の創業者、デービッド・チェス
キー氏は、「人々は高画質のテレビが出てきて、画質を気にするようになった。オーディオの世界でも同じよう
なことが起こっている」と述べた。同社の売上高は、08年の創設以降、毎年2倍以上に増えているという。
19歳のある男子大学生は、音質のためなら余計にお金を払おうとしている消費者の1人だ。彼は5月半ば、1時
間並び、東京で開かれたヘッドホンのイベントに参加した。そこにはソニーのZX1も展示されていた。
彼は混雑するソニーのブースでZX1の試聴後、「これが史上最高のウォークマンだと思う」と話し、「価格は
気にならない」と語った。
それでも、アナリストたちは、多くの顧客に受け入れられるには、依然としてハードルが高いとの見方をして
いる。音質の違いはテレビの画質の違いほど分かりやすくないからだ。
NPDグループの業界アナリスト、ベンジャミン・アーノルド氏は、「それを主流にするためには、人々が差を
聞き分けられるようにする努力が必要だ」と指摘する。
ソニーはまた、テレビやスマホと同様、既にライバルメーカーからの挑戦を受けている。
出版社に務める34歳の男性は、東京の家電量販店で約40分間ZX1を試聴した後、韓国アイリバー社の高品質携
帯音楽プレーヤーを買う方向に傾いていると話した。アイリバーは元サムスン社員が立ち上げた企業で、製品の
価格はZX1の2倍だ。
彼は「こっちの方がソニーのより良い」と結論付けた。
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(続く)
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