北野幸伯 [国際関係アナリスト]
ウクライナ東部ドネツク州で7月17日、アムステルダム発クアラルンプール行きマレーシア航空NH17便が墜落し、乗客乗員298人が死亡した。ウクライナ政府は即座に、「現場付近を実効支配する『親ロシア派』が、ミサイルで撃墜した!」と発表。米国政府もこの見方を支持し、親ロシア派を支援するロシアを強力に批判しはじめた。そして、「全世界がロシアとプーチンを非難する」様相を呈している。今回は、この世界的大事件について考えてみよう。
結局、親ロシア派の誤爆?
まず「誰が落としたのか?」を考えてみよう。はじめに断っておくが、結論は、「国際調査委員会」の発表を待つべきである。それまでは、誰がなんと言おうと「推測」に過ぎない。つまり、筆者がこれから書くことも、あくまで「推測」である。
現段階で世界的に「もっとも可能性が高い」とされているのが、親ロシア派による誤爆。そして、筆者もそう思う。「親ロシア派が、国際調査チームの現地視察を邪魔している」という情報も多々あり、怪しさは増すばかりだ。
「親ロシア派が民間機を撃墜するメリットはあるのか?」と考えると、答えは「NO」である。それは、結果を見ればわかる。今回の事件で一番評判を落とし、一番損をしたのは、親ロシア派なのだから。では、なぜ彼らは、マレーシア航空機を撃墜してしまったのか?そう、ウクライナ軍が、彼らの拠点であるドネツクへの空爆を繰り返していたからだ。親ロシア派はこれまで、ウクライナ軍のヘリコプターや戦闘機を撃墜している。
しかし、彼らはしょせん民兵。軍用機と民間機を見分ける技術はないだろうから「ウクライナ軍の飛行機と勘違いし、誤爆した」可能性は大いにある。陰謀論者なら、「ウクライナ政府は、『誤爆』を期待して、戦闘地域の民間機飛行を許可していた」などと言うだろう。しかし証拠不十分で、空想の域を出ない。
極めて少数ながら、「ロシア軍が撃墜した可能性もある」という声もある。しかし、これは「何のために?」という疑問が出てくる。「第三国の民間航空機を撃墜してロシアに何のメリットがあるのか?」。答えは「何もない」である。実際、今回の事件でロシアは世界的バッシングの対象になった。ますます孤立し、「大損」している。こうなることが予想できないほど、プーチンもバカではないだろう。
「ロシアへの制裁を強化!」
米国の大号令にしぶしぶ従う欧州
米国は、事件の責任をプーチンのせいにしようと必死だ。たとえば、産経新聞7月19日付。
<オバマ氏はこれに先立つ記者会見で、事件について「ロシアの支援により起きたことだ」と述べ、ミサイル発射が疑われる親ロシア派武装勢力に支援を続けるロシアを痛烈に批判した。
14日にウクライナ軍の輸送機が撃墜されたことなども挙げて「洗練された装備や訓練がなければ軍用機を撃墜することはできない。それはロシアが提供している」とし、親露派支援を続ければ制裁をさらに強化する考えを示した。>
確かに、オバマのいうことは正しい。撃墜したのが親ロシア派だとすれば、ロシアが武器を提供しなければ、悲劇は起こらなかっただろう。しかし、ロシアが親ロシア派を支援しているのは、「ウクライナ軍と戦うため」であって、「民間機を撃墜するため」ではない。そして、民間機を意図的に撃墜しても親ロシア派には何のメリットもないことから、おそらく「誤爆だろう」と考えられる。
ロシアには(武器を提供した)間接的責任はあるが、直接的責任はない。だからドイツのメルケル首相は、こう語った。
<メルケル独首相は18日、「ウクライナでの出来事は、特にロシアの責任が重い」としつつ、露基幹産業への制裁の可能性については、「(撃墜に露側が関与したとの)推論は拙速だ」と述べるにとどめた。>(産経新聞7月20日)
非常にショッキングな事件であることから、日本のネットでは、「世界大戦勃発か!?」といった過激なリアクションも見られる。しかし、本当にひどいことになるのは、「プーチンが親ロシア派に命令してマレーシア航空機を意図的に撃墜した」ことが証明されたときだけである。そして、いくら米国といえども、それを証明することは決してできない。結局この悲劇的大事件の直接的影響は、欧米(と日本)が対ロシア制裁を多少強める程度にとどまるだろう。
米国はどこまでやる気なのだろうか?あくまでも狙いはロシアを国際社会で孤立させることだ。3月の「クリミア併合」は、ロシアを攻撃する絶好の材料であり、米国はこれからも繰り返し、「返還」を要求しつづけるだろう。もちろん本気で取り返す気はなく、そのために軍隊を動かすこともない。ロシアが孤立すれば、それでいいのだ。
一方で欧州はどうか。「欧米」と一言でいうが、ウクライナを巡る対応は、欧州と米国ではかなり異なる。理由は簡単。欧州はロシアに資源を依存し、米国は依存していない。欧州は、ロシアと経済関係が深く、米国は深くない。そのため、独仏を中心とする欧州は「対ロシア制裁」の強化に消極的だった。一方米国は、「どんどん制裁しろ!」という立場。今回の事件で、独仏は米国の強硬論に抵抗することが難しくなった。島国で、「ロシア-欧州ガスパイプライン」の恩恵を受けていない英国は、「いつもどおり」というか、米国と立場を同じくしている。
孤立したプーチンとウクライナの行方
「ロシアの責任だ!」と吠えまくる米国に対して今のところ、プーチンは必要最低限の発言にとどめている。もし、「陰謀論者」が言うようにウクライナがやったのであれば、プーチンは決して黙っていないだろう。プーチンが黙っていることも、筆者が「親ロシア派誤爆説」を支持する大きな理由である。
プーチンの心中は、「勝てない戦は、はじめからしない」。事件が起こった翌日の18日、プーチンはもっとも犠牲者が多かったオランダのルッテ首相、マレーシアのナジブ首相に電話している。そして「客観的かつ国際的原因調査が必要だ」と強調した。いくら剛腕プーチンでも、「真摯な態度」を見せることしかできない場合もある。今回はそんなケースなのだ。
今回の事件に関して、プーチンにできることはほとんどない。プーチンは事件後、即座に「即時停戦」と「事故原因の徹底究明」を呼びかけたが、事故現場は混乱しており、親ロシア派が原因究明を妨害している。これを受けて欧米は「原因究明にプーチンは非協力的だ」との批判を繰り返している。
しかし、仮にプーチンが何らかの強権発動をし、親ロシア派を説き伏せれば、欧米(特に米国)は、「やはり親ロシア派はプーチンの手下だ!」と非難するだろう。一方、このまま彼らが言うことを聞かなければ、「プーチンは非協力的だ」と責められる。プーチンが事故調査団を送るなど、何らかの具体的なアクションをすれば、今度は「証拠隠蔽を図ろうとしている」と言われるのがオチだ。
この件に関して、ロシアの本音は「欧米の要求は具体的ではなく、どうすればいいのか分からない」といったところだろう。一方の欧米(特に米国)は、ハナから「プーチンを悪者にし、国際社会から孤立させる」ことが目的。そのために、あらゆる機会をとらえてプロパガンダを繰り返す。当面、プーチンは何をしても批判されるという苦しい状況が続くだろう。
ただ、米国との「新冷戦」という構図の中でなら、プーチンにできることはある。中国、BRICs諸国、南米諸国、上海協力機構との連携を強化し、「米国陣営」に対抗することである。米国は、ロシアの「孤立化」を狙い、かなりの成功を収めている。そしてプーチンは、ロシアの「孤立化」を阻止するために、あがいているのだ。
では、今後のウクライナ情勢はどうなるだろうか?そもそも、プーチンは親ロシア派の支援には消極的だった。プーチンは3月18日、「クリミア併合に関する演説」の中で、「他州を併合するつもりはない」と断言した。東部二州が「独立宣言」した後の4月11日、ラブロフ外相は「クリミア以外の編入は、ロシアの国益に反する」と声明を出した(ウクライナ情勢の経緯に関しては、こちらを参照)。
しかし、東部のロシア系住民は止まらなかった。だから、この時点でクレムリンと親ロシア派は「切れた」のだ。ロシアは、クリミア併合を1ヵ月で終わらせた。プーチンにその意志があれば、ドネツク州やルガンスク州を同様に併合することはできるだろう。しかし、それでは「プーチン=ヒトラーの再来」となり、ロシアは国際社会から完全に孤立する。
では、ロシアは完全に親ロシア派を捨てたのかというと、そうでもない。ドネツク州で戦う司令官や幹部に、(ロシアから来た)ロシア人がいることは、事実である。武器も提供していると見られる。しかし、その規模はウクライナ軍に勝てるほどではなく、なんとか戦いを続けられる程度でしかない。
ロシアが本腰を入れて親ロシア派を支援しはじめれば、とっくにウクライナ政府軍は敗退したことだろう。ロシアのウクライナ親ロシア派への支援は、「プーチンはヒトラー」と呼ばれないほどのささやかな規模。それで、一部ロシア人からは、「プーチンはなぜクリミアの同胞を救い、東部諸州の同胞を捨てたのか!?」と憤りの声があがっている。つまり、プーチンは「同胞を捨てた」との国内からの批判をなんとかかわし、かつ「ヒトラーだ」と国際社会から言われない程度に、親ロシア派へ最低限の支援を行っていたということだ。そんな非常に難しい舵取りのさなかに、今回の悲劇が起きてしまった。
今回のマレーシア航空機撃墜事件は、ウクライナの内戦に影響を与えるだろうか?プーチン・ロシアが、今回の事件で国際世論を敵にした親ロシア派の支援を継続することは、さらに難しくなるだろう。結果、親ロシア派は「ジリ貧」になり、ウクライナ政府軍が東部を制圧できる可能性は強まっていく。
欧米に付くか、中ロに付くか
選択を迫られる世界各国
グローバルに見ると、「ウクライナ問題」は、親欧米ウクライナ政府と親ロシア派の戦い、米国とロシアの「代理戦争」にとどまらない。米国は、欧州と日本を巻き込んで、対ロシア制裁を着々と強化している。孤立したロシアは、まず中国に接近した(経緯はこちらを参照)。これで、「欧米 対 中ロ」という構図ができた。さらに、プーチンは、BRICs諸国、南米諸国との関係強化に動き、「仲間増やし」に余念がない。
世界の国々は今、「欧米につくか?」「中ロにつくか?」、選択を迫られている。日本から見ると、「当然欧米でしょ!?」となるのだが、世界を見渡すと、案外「米国憎し!」の国は多いのだ。このように大きな対立軸が生まれつつある現状で、日本はどう動くべきなのか?
日本の仮想敵No.1は尖閣・沖縄を狙う中国である。だから、日本は「欧米陣営」との関係をより深化させていくことが必須である。その上で、日本は中国とロシアを分断する。「日欧米 対 中ロ」を「日欧米ロ 対 中国」にする。これで、日本は安泰になる。
今年秋、プーチンは日本を訪問することになっている。今回の事件でプーチン来日が困難になったとの観測もあるが、当然、米国に丁寧な根回しをしたうえで、プーチンを日本に呼ぶべきである。しかし、「プーチン憎し!」でヒートアップしている米国が強硬に反対したら、日本は迷うことなく米国をとるべきだ。その辺の「優先順位」と「順番」を間違えなければ、日本は「米英中ソ」を同時に敵にまわし、世界から「孤立」して破滅した2次大戦の過ちを繰り返さずにすむだろう。