第19回・個人の尊重 その2 「刑事裁判と被害者」を読みました。
無念極まりない被害者の人権はないがしろにされていないか?
刑事裁判は、被害者の感情とは切り離されたものでなければいけない。
(感情とリンクしていては社会は混乱する)
憲法で、被害者の人権が保障されていないという声があるが、それは違う。
保障するシステムが確立されていないという、政治側の問題。
被害者の人権を守ることと、犯罪者の人権を守ることは、
衝突するようで実は違う次元のもの。
犯罪者の人権を考えることは、人間心理としてとても難しいと思います。
頭では理解していても、
立場が逆転する可能性もあるのだと仮に考えられたとしても、
「それはそうだけど・・・でもその可能性はゼロに等しいじゃないか」という想いが強いと思うから、
実際には納得できないと思うのです・・・
その“収まらない思い”を持たなければならないことは、
“人権や近代法治国家というシステムを取ることの、代償といってもいいかもしれません”
前回の“どんな悪人でも人権があるのだということ認める覚悟がなければ、
人権を口にするべきではない” という伊藤氏の言葉と「代償」という考え方・・・、
う~ん・・・厳しいですね。
次は、
第20回・個人の尊重その3 刑事裁判と被害者06-07-05UP
を読んでみます。
心配事が取り越し苦労でありますように。
無念極まりない被害者の人権はないがしろにされていないか?
刑事裁判は、被害者の感情とは切り離されたものでなければいけない。
(感情とリンクしていては社会は混乱する)
憲法で、被害者の人権が保障されていないという声があるが、それは違う。
保障するシステムが確立されていないという、政治側の問題。
被害者の人権を守ることと、犯罪者の人権を守ることは、
衝突するようで実は違う次元のもの。
犯罪者の人権を考えることは、人間心理としてとても難しいと思います。
頭では理解していても、
立場が逆転する可能性もあるのだと仮に考えられたとしても、
「それはそうだけど・・・でもその可能性はゼロに等しいじゃないか」という想いが強いと思うから、
実際には納得できないと思うのです・・・
その“収まらない思い”を持たなければならないことは、
“人権や近代法治国家というシステムを取ることの、代償といってもいいかもしれません”
前回の“どんな悪人でも人権があるのだということ認める覚悟がなければ、
人権を口にするべきではない” という伊藤氏の言葉と「代償」という考え方・・・、
う~ん・・・厳しいですね。
次は、
第20回・個人の尊重その3 刑事裁判と被害者06-07-05UP
を読んでみます。
心配事が取り越し苦労でありますように。
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