≪印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪 VOL-4≫
印刷コンサルタント 尾崎 章
「米国感光材料メーカーの変遷が想いだされる
名機・アンスコマークM」

斬新デザインのアンスコマークM
一世を風靡したアンスコ・ANSCO社
1960年に米国感光材料メーカー・アンスコ社が発売した35mmレンズ交換式レンジファインダーカメラ「アンスコマークM」(ANSCOMARK M)は当時米国を代表する工業デザイナーで有ったレイモンド・ローウィ(1893-1986年)がデザインを担当、カメラ自体の性能はもとよりデザインの素晴らしさが高く評価された話題のカメラで有った。

アンスコマークM
レイモンド・ローウィは、米国を代表するタバコ「ラッキーストライク」のパッケージデザイン、「コカコーラ」のデザイン、当時の様々な家電デザインからペンシルバニア鉄道の流線型機関車のデザイン等々を担当、日本ではタバコパッケージデザインの名作とされる「ピース」のデザインを手掛けローウィ・デザインの素晴らしさが今日まで伝えられている事は周知の通りである。

レイモンド・ローウィと作品群(美の壺より)
当時のアンスコ社は世界6大のフィルム・感光材料メーカーとして技術開発面でも業界をリード、アグファのAGFACOLOR(1936年)に続いてコダックより4年早い1942年にカップラー(発色剤)をフィルム乳剤中に含有させた内式カラーフィルム「アンスコクローム」を発売、更には富士フィルムより5年早くASA感度100のカラーリバーサルフィルムを発売する等、製品開発面に於いても業界をリードしていた。
写真工業史に燦然と輝いた「アンスコフィルム」の歴史は、塾年写真ファンに於いては懐かしい記憶である。

1960年当時のアンスコフイルム
アンスコマークMの誕生
1956年、当時の主流コピー方式であったジアゾニウム塩感材をアンモニア水溶液で湿式現像するジアゾコピー分野でアンスコ社はアンモニアガスによる「乾式ジアゾコピー」技術を世界に先駆けて開発、「湿式ジアゾコピー」で国内トップシェアを有していた理研化学工業(現・㈱リコー)は同社と技術提携を行い「乾式ジアゾコピー」の国内展開を行っている。こうした関係から、アンスコ社がレンズ交換式・レンジファインダーカメラの製造を㈱リコーに依頼、㈱リコーより供給された当該カメラを1960年にアンスコ社が「アンスコマークM」、㈱リコーが「リコー999」として国内販売を開始する展開に至っている。

アンスコマークMとリコー999
「アンスコマークM」は発売直後よりレイモンド・ローウィによる直線的なメタリックデザインが「20世紀のアメリカ製品」感を見事に再現するグッドデザインカメラとして米国内で注目を集めた経緯がある。今日でも当該カメラに対する評価は高く日本カメラ博物館発行の「カメラとデザイン」NHK出版発行「美の壺・クラッシックカメラ」等でグッドデザインの代表的カメラとして広く紹介されている。

アンスコマークMを紹介した「美の壺」
「アンスコマークM」「リコー999」は、カメラデザインのみならずカメラの基本性能面でも当時の水準を上回り、50mm標準レンズの他に35mm広角、100mm中焦点レンズもラインナップされ、ハイアマチュア層をターゲットとして当該機は国内価格33.800円(標準レンズ付)とレンズシャッターカメラとしてはハイクラスの価格帯に設定されていた。

標準・広角・中焦点の交換レンズをラインアップ
アンスコ社の変遷
アンスコ社は1842年創業のスタジオカメラ会社・アンソニーを起源とし、1902年に銀塩感光材料製造・スコーピル社を買収して社名をアンソニー&スコーピルに変更、1907年にはアンスコへと社名短縮を行っている。
1938年には社名をGAF・ゼネラルアニリンに変更して総合化学メーカーへの転身を図っている。「アンスコ」名はフィルム・カメラブランドとして継続されたが、新規ビジネス展開が軌道に乗らず1981年にアニテックと社名を再び変更した頃には注目すべき製品も無く印刷材料等で数パーセントの市場シェアを有するに止まっていた。
1987年に世界最大の製紙メーカー・インターナショナルペーパー社が、中堅PSプレートメーカー・ホーセル社(HOSELL)と同時期にアニテック社を買収、ホーセル・アニテック社としてPSプレート及びフィルム市場への参入を開始したが、製紙メーカーによる当該事業展開は難しく事業は直ぐに低迷化を余儀なくされている。
インターナショナルペーパーより不振のホーセル・アニテック社を買収した企業が、1979年に大日本インキ化学工業(現・㈱DIC)が買収した米国PSプレートメーカー・ポリクローム社とイーストマン・コダックとの合弁会社・コダック・ポリクロームグラフィックスである。

ホーセル・アニテックを買収した直後のコダック・ポリクローム・DRUPA2004展ブース
コダック・ポリクロームグラフィックスの買収により1842年から156年間続いた米国老舗感光材料企業が終焉を迎え、ニューヨーク州・ロチェスター市に本拠を置くイーストマン・コダック社と同じニューヨーク州のビンハムトン市を拠点としたアニテック主力工場は、コダック・ポリクロームの買収直後に老朽化を理由に閉鎖・取り壊しが行われている。

2000年代初めのビンハムトン市のアニテック工場
インターナショナルペーパーノプレートビジネス
ホーセル・アニテック社をコダック・ポリクロームグラフィックスに売却したインターナショナルペーパーは、その後も子会社・エクスベテックス社によるコダック及びゼロックス社の印刷機材販売ビジネスを北米中心に展開していたが、2013年5月に米国内に於ける富士フィルムCTPプレート販売権を獲得してCTPプレートビジネスの積極展開を開始している。
新宿の中古カメラ店で購入した「リコー999」,インターネットオークションで入手した「アンスコマークM」の手入れを行いながら1979年のポリクローム社買収に関わった技術担当者として米国感光材料メーカーの変遷を思い出す次第である。
以上
印刷コンサルタント 尾崎 章
「米国感光材料メーカーの変遷が想いだされる
名機・アンスコマークM」

斬新デザインのアンスコマークM
一世を風靡したアンスコ・ANSCO社
1960年に米国感光材料メーカー・アンスコ社が発売した35mmレンズ交換式レンジファインダーカメラ「アンスコマークM」(ANSCOMARK M)は当時米国を代表する工業デザイナーで有ったレイモンド・ローウィ(1893-1986年)がデザインを担当、カメラ自体の性能はもとよりデザインの素晴らしさが高く評価された話題のカメラで有った。

アンスコマークM
レイモンド・ローウィは、米国を代表するタバコ「ラッキーストライク」のパッケージデザイン、「コカコーラ」のデザイン、当時の様々な家電デザインからペンシルバニア鉄道の流線型機関車のデザイン等々を担当、日本ではタバコパッケージデザインの名作とされる「ピース」のデザインを手掛けローウィ・デザインの素晴らしさが今日まで伝えられている事は周知の通りである。

レイモンド・ローウィと作品群(美の壺より)
当時のアンスコ社は世界6大のフィルム・感光材料メーカーとして技術開発面でも業界をリード、アグファのAGFACOLOR(1936年)に続いてコダックより4年早い1942年にカップラー(発色剤)をフィルム乳剤中に含有させた内式カラーフィルム「アンスコクローム」を発売、更には富士フィルムより5年早くASA感度100のカラーリバーサルフィルムを発売する等、製品開発面に於いても業界をリードしていた。
写真工業史に燦然と輝いた「アンスコフィルム」の歴史は、塾年写真ファンに於いては懐かしい記憶である。

1960年当時のアンスコフイルム
アンスコマークMの誕生
1956年、当時の主流コピー方式であったジアゾニウム塩感材をアンモニア水溶液で湿式現像するジアゾコピー分野でアンスコ社はアンモニアガスによる「乾式ジアゾコピー」技術を世界に先駆けて開発、「湿式ジアゾコピー」で国内トップシェアを有していた理研化学工業(現・㈱リコー)は同社と技術提携を行い「乾式ジアゾコピー」の国内展開を行っている。こうした関係から、アンスコ社がレンズ交換式・レンジファインダーカメラの製造を㈱リコーに依頼、㈱リコーより供給された当該カメラを1960年にアンスコ社が「アンスコマークM」、㈱リコーが「リコー999」として国内販売を開始する展開に至っている。

アンスコマークMとリコー999
「アンスコマークM」は発売直後よりレイモンド・ローウィによる直線的なメタリックデザインが「20世紀のアメリカ製品」感を見事に再現するグッドデザインカメラとして米国内で注目を集めた経緯がある。今日でも当該カメラに対する評価は高く日本カメラ博物館発行の「カメラとデザイン」NHK出版発行「美の壺・クラッシックカメラ」等でグッドデザインの代表的カメラとして広く紹介されている。

アンスコマークMを紹介した「美の壺」
「アンスコマークM」「リコー999」は、カメラデザインのみならずカメラの基本性能面でも当時の水準を上回り、50mm標準レンズの他に35mm広角、100mm中焦点レンズもラインナップされ、ハイアマチュア層をターゲットとして当該機は国内価格33.800円(標準レンズ付)とレンズシャッターカメラとしてはハイクラスの価格帯に設定されていた。

標準・広角・中焦点の交換レンズをラインアップ
アンスコ社の変遷
アンスコ社は1842年創業のスタジオカメラ会社・アンソニーを起源とし、1902年に銀塩感光材料製造・スコーピル社を買収して社名をアンソニー&スコーピルに変更、1907年にはアンスコへと社名短縮を行っている。
1938年には社名をGAF・ゼネラルアニリンに変更して総合化学メーカーへの転身を図っている。「アンスコ」名はフィルム・カメラブランドとして継続されたが、新規ビジネス展開が軌道に乗らず1981年にアニテックと社名を再び変更した頃には注目すべき製品も無く印刷材料等で数パーセントの市場シェアを有するに止まっていた。
1987年に世界最大の製紙メーカー・インターナショナルペーパー社が、中堅PSプレートメーカー・ホーセル社(HOSELL)と同時期にアニテック社を買収、ホーセル・アニテック社としてPSプレート及びフィルム市場への参入を開始したが、製紙メーカーによる当該事業展開は難しく事業は直ぐに低迷化を余儀なくされている。
インターナショナルペーパーより不振のホーセル・アニテック社を買収した企業が、1979年に大日本インキ化学工業(現・㈱DIC)が買収した米国PSプレートメーカー・ポリクローム社とイーストマン・コダックとの合弁会社・コダック・ポリクロームグラフィックスである。

ホーセル・アニテックを買収した直後のコダック・ポリクローム・DRUPA2004展ブース
コダック・ポリクロームグラフィックスの買収により1842年から156年間続いた米国老舗感光材料企業が終焉を迎え、ニューヨーク州・ロチェスター市に本拠を置くイーストマン・コダック社と同じニューヨーク州のビンハムトン市を拠点としたアニテック主力工場は、コダック・ポリクロームの買収直後に老朽化を理由に閉鎖・取り壊しが行われている。

2000年代初めのビンハムトン市のアニテック工場
インターナショナルペーパーノプレートビジネス
ホーセル・アニテック社をコダック・ポリクロームグラフィックスに売却したインターナショナルペーパーは、その後も子会社・エクスベテックス社によるコダック及びゼロックス社の印刷機材販売ビジネスを北米中心に展開していたが、2013年5月に米国内に於ける富士フィルムCTPプレート販売権を獲得してCTPプレートビジネスの積極展開を開始している。
新宿の中古カメラ店で購入した「リコー999」,インターネットオークションで入手した「アンスコマークM」の手入れを行いながら1979年のポリクローム社買収に関わった技術担当者として米国感光材料メーカーの変遷を思い出す次第である。
以上
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