goo blog サービス終了のお知らせ 

印刷図書館倶楽部ひろば

“印刷”に対する深い見識と愛着をお持ちの方々による広場です。語らいの輪に、ぜひご参加くださいませ。

『印刷の今とこれからを考える』 月例木曜会2013年6月まとめ

2013-06-24 16:06:26 | 月例会
6月20日(木)に、月例の木曜会集いがありました。
話の概要を早速まとめていただきましたのでご紹介いたします。


[印刷]の今とこれからを考える         
       (印刷図書館クラブ」月例会報告(平成25年6月度会合より)


●アメリカの印刷産業でも「市場は激変した」

 アメリカの印刷業界団体PIAが発表した最新の年次報告書(※文末参照)には、日本の印刷関係者からみても非常に参考になる今後の方向性が示されていて興味深い。統計的な数値については、この報告書をご覧いただくとして、アメリカの全印刷産業(印刷・同関連産業+印刷関連メディア産業)は、[2011年の時点で「市場が激変した」と分析されている。紙への印刷が中心ではあるが、次第に「情報伝達サービス業」に変化し、さらに「統合メディア業」のかたちをとるようになってきたとしている。経済・市場の拡大により、印刷のビジネス環境は確実に創出され、挑戦できるビジネス機会は拡大したものの、デジタルメディア(電子メディア)との熾烈な競争によって、その市場成長が押しとどめられているという背景があるからだ。


●前向きの未来を信じ、確固たる経営戦略をとろう

 売上高と収益性の間には、必ずしも正の相関関係はみられない。たんに売上高を上げれば収益が増えるという関係ではない。しばしば反対方向に作用することがある。売上げを追い求めるあまり、競争優位を可能する要因への注意を怠り、結果として収益性に悪影響を与えているのかも知れない。設備投資が収益を圧迫するといった場合だ。印刷方式は長期にわたって変更することが可能で、多くの企業ではデジタル印刷ができるように変化している。しかし、そのデジタル印刷による競争優位性は、しばらく持続し得たとしても、将来を見通すと低下するだろう。大切なのは、印刷製品と印刷ビジネスには長期的にみてポジティブな未来があることを信じ、印刷産業を取り巻く環境の変化に対応できる確固たる経営戦略と戦術をもつことである。


●自社の具体的なビジネスモデルを展望しよう

 それでは将来に向けて、どんな戦略と戦術をとったらよいのだろうか? PIAは重要課題として、①経済循環のなかで、印刷の景況がどんな位置づけで推移するのかを注視し、変化する状況を柔軟に確認すること、②自社製品のライフサイクルと印刷市場における競争環境を把握し、それが自社にとって何を意味するのかを知ること、③印刷製品と印刷付帯サービスの価格(料金)、原材料コストや人件費が、最終的な損益に影響を与える関係をよく理解すること、④情報伝達、販売促進、ロジスティックス別にみた自社の製品機能と付帯サービス、それらと自社のビジネスモデルとの関係において、具体的な戦略・戦術を展望すること――を挙げている。そして、何より「仕事に取り組む経営者と社員の姿勢が重要だ」と強調している。


●印刷製品のライフサイクルにおける位置づけは?

 印刷製品の全般的なライフサイクルは、成長期から成熟期へ、もしかしたら衰退期に移行しているのかも知れない。衰退期にあるにもかかわらず、成長期に留まっている生産方式、製品、機能がみられる。すべての印刷製品が競争性をもってはいるが、激しい競争のなかで、幾つかの製品については、際立って高かったり低かったりと評価が分かれる。ライフサイクルと競争の激しさの両方で評価すると、印刷産業には多くのビジネス機会が残っていることがわかる。成熟期あるいは衰退期にある印刷製品でさえ、パフォーマンスを改善することによって、長期にわたり順調に継続できるように仕向ける経営戦略と戦術がある。


●コンサルティングサービスで価格設定力を高める

 顧客のビジネスモデルと、入口から出口に至る幅広いニーズに関して、深くかつ詳細な知識をもち、コンサルティングサービスを提供することで顧客を囲い込む必要がある。特化した独自の市場領域、製品分野で、価格への影響力(価格設定力)を認めてもらえるようなサービスを提供すること。健全で強固な顧客関係性を構築できるなら、顧客が簡単に他企業に乗り替えできないような障壁が生まれる。それには、自社のブランド力と潜在能力を強化しなければならない。コスト見積り(価格競争)に依存しすぎてはいけない。


●「特化・多様化戦略」に取り組むときは今です!

 今こそ「戦略」をチェックすべき時だ。特殊な加工技術を発揮できる製品分野あるいは市場領域に絞り込み、そこに自社独自の付帯サービスを提供する「特化・多様化戦略」は、特化によってコストを低減し多様化によって価格設定力を強め、結果として収益性を高めるのに有効である。“何でも屋”を強いられる従来どおりの一般的な業態から、特化戦略→多様化戦略→特化・多様化戦略をとるに従い、だんだんと収益が増えてくることがわかっている。サービスの多様化に力を注いでいくにつれ、①印刷製品の生産から②印刷付帯サービスの提供、③顧客が抱える課題の解決策の提供(コミュニケーション・ソリューションプロバイダー)、④プリントマネジメントサービスの提供――へと高めていくことができる。これは、顧客価値の転移のレベルが上がることを意味している。PIAは「従来型の一般的な業態から早く脱却すべきだ」と指導する。


●特化したニッチ市場で多様な付帯サービスを提供

 PIAは、印刷業のビジネスモデルを①製品ニッチ、バーチカル(垂直)ニッチをめざす特化戦略、②コミュニケーションプロバイダーなどをめざす多様化戦略――に分けてとらえている。他社からの攻撃が少ない優位なポジショニングをめざすのがニッチ戦略で、自社にとってうま味のある領域に印刷製品や付帯サービスを特化していこうというもの。製品ニッチ戦略は、特定の印刷物の加工などに絞り込んでいくこと、またバーチカル戦略は、特定の産業の市場領域を対象にしていくことを指し、いずれも高付加価値化が可能になる。一方、多様化戦略におけるコミュニケーションプロバイダーとは、顧客の課題を解決するためのコミュニケーション手段として、たんに印刷製品だけでなく、印刷の前後工程にあたる付帯サービスも提供していく業態をいう。印刷製品を核としながら、生産する前の工程や納品後の工程を一連のバリューチェーンと捉えて、顧客ニーズに見合った多様な関連サービス、代替サービスを提供するのがコツである。


●印刷業として生き残る“進歩の過程”を踏もう

 成長可能なビジネスモデルをめざすには、第1ステップで、市場領域を特化することで収益性を改善し、次の第2ステップで、付帯サービスの拡充によってワンストップ・フルフィルメントを実現して、顧客との関係性を強化する。そして第3ステップでは、顧客のバリューチェーンに合わせて独自のソリューション提供やマーケティング支援をおこなうコミュニケーションプロバイダーとなる。その究極のかたちが第4ステップのプリントマネジメントサービスで、顧客の印刷業務をすべて引き受けて一括管理していく。これこそ印刷業が生き残る進歩の過程である。


●経営者として社員として取り組む姿勢が問われる

 自社の市場領域、設備内容、顧客基盤がどうであれ、社長としての経営姿勢(事業観)、および経営管理チームと社員の組織としての姿勢(仕事観)が非常に重要である。企業にとってきわめて困難な現実は無視できないとしても、そんなときでも積極思考型の展望が欠かせない。社員教育への投資を惜しんではならない。経営者として原価管理を維持する必要はあるとしても、「一文知らずの百文知らず」(Penny wise, Pound foolish)になってはいけない。


※本稿は、資料として提出されたPIAの特別報告書 [Charting the Path for 2013-2014]を下地にして作成しています。

蔵書紹介『高岡重蔵 活版習作集』

2013-06-21 13:53:33 | 蔵書より
タイトル:『高岡重蔵 活版習作集』
著者:高岡重蔵
発行:株式会社 烏有書林
体裁:B5判/166ページ





 著者が相談役を務める㈲嘉瑞工房は、欧米から輸入した金属活字(今ではほとんど入手困難な300書体以上、1,500サイズ以上)を用いて組版をおこなう欧文活版専門の印刷会社として、異彩を放っている。同社がめざしてきた仕事のレベルは、あくまで欧文組版の本場である海外。そんな意気込み、つまり海外で認めてもらうために、1970年代を中心に制作してきた作品群を一冊にまとめたのが本書である。


 著者本人の言葉を借りるなら「一介の欧文組版工の腕試し」ではありながら、本書に収録されている活版印刷による習作は、150余点すべてが圧倒的な力量をもって迫ってくる。「構成力とか書体の使い方とか、パーフェクトに近い。私が保証する」は、一流のタイポデザイナー、ヘルマン・ツァップ氏から贈られた評価だそうだ。  


 それは同時に、著者が師匠と仰ぐ井上嘉瑞氏(アマチュアプリンタ)からいわれた「文字は読むため、記録するためにある。形だけで遊んでは駄目。平凡でも内容にふさわしい組版をしなければいけない」という教えを実践し、実際に表現してみた著者渾身の『タイポグラフィーの原則』でもあるのだ。
 本書に収録されている習作は、著者がさまざまな活字を駆使しながら思いを込めてつくった連作集をはじめ、カレンダー、小品、小冊子類と幅広い分野にわたり、それぞれの作品解説と使用活字書体の紹介も付け加えられている。


後半期の連作のなかには、われわれもよく知っているグーテンベルクによる「カトリコン」(1460年)やカクストンが印刷した「免罪符」(1476年)などが、題材に選ばれていて親しみが湧く。「カトリコン」はラテン語の文法書・辞典だが、英訳された奥付の文章をAmerican Uncialという書体で組版し、力強く活版印刷してみせた……。



蔵書紹介『図解 世界の切手印刷』

2013-06-20 13:43:12 | 蔵書より
タイトル:「図解 世界の切手印刷」
      ~切手に見る驚きの特殊印刷技術~
著書:植村 峻(うえむら たかし)
発行:公益財団法人 日本郵趣協会
体裁:B5判/96ページ





 本書は、その書名どおり「切手」を題材にしてはいるが、著者が意を注いだのは「印刷」についてだ。切手を通して特殊印刷技術のすべてを紹介しているところに本質がある。切手収集を趣味にしていなくても、印刷のことに関心のある人なら、十分に読み応え、否、見応えのある解説書となっている。世界各地の代表的な切手類はもちろん、画像形成の拡大写真、印刷原理のイラストなどを多用しながら、全体を体系づけて漏れなく紹介してある。座右に置いておけば、心強い味方になってくれるに違いない。


 本書は、グラビアから平版オフセットへ印刷方式が変わっていった世界の郵便切手の変遷を辿る第1章に始まり、アメリカ、ヨーロッパ、アジア・オセアニアにおける世界各国の切手印刷事情を紹介した第2章、グラビア、平版オフセット、凹版、凸版、スクリーンなど標準的な印刷方式を各国切手に探った第3章へと続く。そして最後の第4章では、特殊な素材や技法を用いてつくった多種多様な“変わり種切手”をとことん採り上げ、最先端技術がいかに利用されているかを微に入り細に入り説いている。


 切手の歴史をみると、ひと昔は重厚な凹版印刷によるもの、グラビアと凹版、平版オフセットと凹版といった異なる版式を組み合わせたものが多かったが、最近発行されている大部分の切手は、オフセットもしくはグラビアという一つの版式を用いて多色刷りしたものになった。オフセット印刷の場合は、マルチカラー、FMスクリーン、特殊形状の網点スクリーン、グロスインキの採用など、高品質化が指向されているが、郵便コストの削減要請から版式の組み合わせは敬遠されがちだという。その一方で、世界中のコレクターを対象に、さまざまな最新印刷技法や特殊素材を駆使した付加価値の高い切手がつくられている。そんな歴史についても、本書は理路整然と教えてくれる。




「印刷の今とこれからを考える」 月例会2013年5月 

2013-05-22 16:01:48 | 月例会
毎月第3木曜日の午後、当印刷会館内にて、有志による「印刷の今とこれからを考える」会を開いています。今月も、5月16日に熱い談が繰り広げられました。その内容を、いつものようにK氏がまとめてくださいましたので、紹介いたします。



[印刷]の今とこれからを考える 
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成25年5月度会合より)


●紙に定められた規格寸法から何を感じる?

砕いた植物繊維を抄いてつくる「紙」が発明されたのは、中国・後漢時代のことだったが、1900年も前の英知は、長い年月をかけシルクロード沿いにヨーロッパに伝わっていった。そのような歴史をもつ紙のサイズが決まったのは、果していつ頃だったのだろうか? どこかで繋がったのだろうか、B系列、A系列というサイズは今、東洋と西洋の間にあった“カベ”を乗り越えて世界共通のものとなっている。A0判(A倍判)は1m×1m、B0判(B倍判)はその1.5倍の1m×1.5mを基本面積とし、それぞれ4:6(正確には1:ルート2)の黄金比でタテヨコの長さに割り振って、それを規格寸法としている。1mの長さは、メートル法によって赤道から北極までの子午線の1千万分の1と定められたが、それがなぜ紙のサイズを規定した寸法と一致するのか。まさに“紙の世界”だと感じる。


●印刷への高い関心を若い世代が示してくれた

印刷専門学校に入学してきた新入生向けのオリエンテーリングで、「印刷」をイメージして連想できるものをアンケート形式で聞いたところ、もっとも多かったのが「情報」、2番目は「紙」、3番目は「本」という順序だった。これまでは、紙や本、文字やカラーといった常識的な項目が挙げられていたことから考えると、若い人が「印刷」に寄せる関心は大きく様変わりしているようだ。「印刷」と結びつかないとみられてきた「情報」がトップにきた事実は、それなりに意味のあることと受け止めるべきである。


●日本人は自然と共生しながら生活してきた

地球上の陸地面積のうち、日本はたった0.25%でしかない。有史以来発生したマグニチュード6以上の地震の実に20%が、そんな狭い地域で起こっている。日本人は、自然災害に逆らわず融和させながら、小さな土地で根気よく暮らしてきた。自然崇拝を通して忍耐力を養ってきたといえる。人間は自然界をどんどん破壊しているが、破壊すればするほど、洪水や渇水などのしっぺ返しを受けるようになる。自然界と人間界の境に、里山をつくったのは日本人である。植林や森林保全によって、自然との共生をはかってきた。江戸がかつて世界最大の都市だったのは、上下水道の整備によって水の管理を徹底させたことが土台にある。現代につながるエコシステムを確立させたのである。環境保護を考えるときのヒントになるだろう。


●広い視野で見つめることの大切さを知ろう

現在、市場に出回っている紙の60%を占める「再生紙」が初めてつくられたのは、実は日本なのだが、この事実はあまり知られていない。間伐材を利用してきたヨーロッパでは、つい最近まで再生紙という発想自体がなく、環境にやさしくないという考え方がずっと続いてきた。再生紙というと、包装用のクラフト紙くらいしか想い起こされないのが実情で、印刷関係者でさえ、紙をたんなる印刷素材としか考えてこなかったところがある。印刷業界には“井の中の蛙”的な部分があり、周囲のことをあまり知ろうとしない。狭い世界だけで捉えようとせず、あらゆることに、もっと大きな関心を寄せる必要があるだろう。広い視野でビジネス環境や市場性などを見ていくことが重要である。


●印刷メディアは人間の手がかかってこそ

音声入力システムの開発が進み、欧米では翻訳までおこなわせようとしている。識字率、雑音処理、修正の手間など多くの問題があり、費用対効果を考えると、普及させるまでには相当の難題が伴うだろう。99%まで読みこなせるようになったOCRでさえ、残る1%の誤認をチェックする手間の方が大変なのが実情である。書籍のような高度な印刷メディアをつくるときは、結局のところ人間の手による文字入力と編集の方がメリットが大きい。スーパーコンピュータはビッグデータを作成できたとしても、書物用の生きた日本文を書けるわけではない。


●印刷は“ローテク”で生きていく道を探れ

このことは、印刷はどうやって“ローテク”で生きていくのかという命題に結びついてくる。デジタル化によって大量処理、ネットワーク化で大量移動が可能にはなったが、印刷ビジネスに不可欠な付加価値は、正確な文字入力、原稿修正、編集、情報加工などからもたらされる。たんなるデータ変換では得られない。文字は永遠に残るし、したがって文字処理の仕事は最後まで残るはずである。文字に関しては、音楽のようにハイテク処理しようとしないで、ローテクでこなしていった方がよい。有能な次世代型「エディター」が出現してほしい。印刷会社にも、そうした新しい雇用を生み出せるビジネスモデルをつくってほしい。


●サービス機能の充実が顧客創造につながる

印刷工程は本来、文字組版から製版、印刷まで、逆戻りすることのできない垂直分業で成り立ってきたが、デジタル化に伴って水平分業が可能になった。データさえあれば、70点~80点の印刷物が誰でもどこででもつくれるようになった。それを90点、100点に高めるのがサービス機能であり、各企業が発揮すべき差別化要素だ。品質保証できなかったから他社に任せようとせず、自社内にあらゆる生産設備を設置してきたという経緯がある。それらを満たし切れない稼働率の低下が問題視されているが、それを安易にネット受注で埋めたとしても、安値なら付加価値を確保したということにはならない。営業力や市場開拓力が落ち、顧客密着もできなくなりかねない。印刷ビジネスの将来に大きな不安を感じる。


●成熟産業としてのテーマを根本的に考え直そう

印刷技術は、さまざまな基礎技術を寄せ集めて確立した“雑学”の典型みたいなものだ。グーテンベルク以降、本当の意味でのイノベーションは起こっていない。高品質な印刷物を大量に速くつくれるように技術は進歩したが、原理原則は少しも変わっていない。心理的な側面である「工芸」をからめながら、文化的に優れた印刷物をつくってきたのだが、デジタル化の進展でそれさえすっ飛ばされてしまった。すでに成熟産業になっていることを真正面から見据え、「印刷とは何か」という根本的なテーマについて、もっと真剣に考え直してもいいと思う。


●強烈な覇気でもっと斬新に!もっと果敢に!

 印刷産業が成熟化したなかで、個々の印刷企業はどうしたら自社を成長させられるかをよく考えなければいけない。残念ながら、後追いのビジネスが目立つようだ。斬新性がなく、覇気とか男気が感じられない。過去の統計データを将来に向かって延長させた予測に従うのではなく、自ら業態を変えて新しい経営環境、市場環境を創造すべく、もっと果敢になれといいたい。印刷という故郷の“山河”は、いつまでも美しくあってほしい。



「富士山と浮世絵・瓦版」

2013-05-14 14:36:48 | エッセー・コラム
「富士山と浮世絵・瓦版」  久保野和行





日本人のアイデンティーにおいて霊峰富士は欠かせない風景である。それがユネスコの世界遺産の登録が実現する。初めは自然遺産を検討されたが、環境管理(特にゴミ問題)で困難になり、日本人の信仰対象として、日本最高峰富士山(3756m)の文化遺産13箇所目で認められた。


つい最近の出来事の中で、私たちの忘れられないことは東日本大震災であった。その中で陸前高田市の津波被害で、7万本の松林が流失したが、奇跡的に樹齢270年の松の大木が、毅然として残った。自然の猛威に耐え生き残った姿は感動的であり、どこかに日本人の自然に対する謙虚な受容の精神が、山岳信仰の象徴である富士山に代表される。


その富士山を題材として、多くの文化人が参加して絢爛豪華に花を咲かせた。最も有名なのが富嶽三十六景を描いた葛飾北斎に尽きる。多様な絵画技法で大胆な構図や遠近法に加え舶来顔料を活かして藍摺りや点描を駆使して、世界的に注目される、夏の赤富士を描いた「凱風快晴」や、荒れ狂う大波と富士を描いた「神奈川沖浪裏」などがある。同時代の安藤広重も「東海道五十三次」で富士山を多く題材にしている。


「凱風快晴」 葛飾北斎画


「神奈川沖浪裏」 葛飾北斎画


この当時の江戸時代の構成は、膨大な都市国家を形成していた。当時の人別帳(現在の戸籍謄本)によると、最盛期の人口は128万人以上が生活していた。比較できる都市ではロンドンが約90万人程度であり、“花の都”と謳われたパリが60万人であり、同じ花でも“花のお江戸”の半分程度しか生活ができなかった。多くの人々が暮らすには働く市場がなければいけない一方で、環境面での安心・安全な社会仕組みが出来上がっていなければ、膨大な需要と供給のバランスを維持していくことが困難であった。


当然ながら情報機能も併せ持っていなければ都市構成を維持運営できない。時代がどう変わろうとも情報の根幹であるコミュニケーションは欠かせない。今の時代の新聞やテレビやインターネットであるように、当時の情報手段が瓦版(紙の大きさが瓦サイズから)であり、それが庶民のニュースソース源であった。


浮世絵が高価な代物で、なかなか庶民の手には届かなかったそうです。しかし、ここに労働市場という面では、雇用が生まれている。版元は現在流にいえば出版社であり、浮世絵師は作家であり、それを大量生産する刷り師集団は、現代流に言えば印刷企業になる。


一方の瓦版は、現代流に言えば新聞や週刊誌の類いのもので安価なので多くの江戸庶民が手の届くところにあったわけです。


世界の陸地面積のわずか2.5%しかない日本の国土でありながら、自然災害である地震は6M以上の規模の20%近くが、日本列島を襲っている。
それでいながら他の国と違うのは、壊滅的な崩壊が起きていない。有史以来都市国家を滅亡に襲ったのは、ベストとかコレラなどの病原菌で衰退する場合がある。それは農村地帯でも言える。バッタやイナゴの多量発生で痛めつけられる現象である。


日本民族は自然崇拝の根底には、自然の猛威に耐えて、健気に根気良く自然と対話する習慣が、里山を作った。自然界と人間界の境目に、人手で加えた人工林をメンテランスする風習ができあがった。最初は燃料として山から樹木を切り出したが、いつか禿げ山になり、土砂が崩れ風水害のしっぺ返しに会い、気づいた村人達が作り出したのが里山であり、そこに植林をして、成長に合わせ下草を刈り、間伐をして風と光を入れる環境にした。虫や鳥、あるいは小動物が集まり、快適な空間にバランスよく成り立つようになった。


江戸といえる都市国家も神田川用水、多摩川用水などの水道施設が整備されて生活基盤ができ、その一方では排泄物類は汚わいやさんという職業人が、江戸の周辺部へ堆肥として流通する職業が生まれ、そこで農産物の生産があり、需要と供給の絶妙の境地に達した。  今回の世界遺産になった富士山が日本の象徴であると同時に、日本人の奥ゆかしさも同時に評価されたのではないかと、勝手に思っているが、嬉しくなるニュースであった。