意志のなかにいる

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もうちょっとだけ続くんじゃアニメ感想

2007-09-26 05:45:47 | アニメ感想(07・08・09年)
キスダム (総括)!


>どんな絶望でも人は乗り越え
 なきゃならないんだな
 いや、乗り越えなきゃいけないんだ!


まずはそれなりにカタチをつけてエンド
できたことを祝おうではないか
いやめでたい

初期の制作サイドのバタバタがあったから
上記の最終話の言葉も重みがあるよなあ、と。

結論からいうとこれ「由乃の死から立ち直れない
野郎どものドタバタ話」だったわけだ。
最後のほうで何か進化がどうたらこうたらとか
いってたのも結局は由乃に似た人を生き返らそう
ってことだったってことでOkなんか?

あの精神世界がキモかったのはもともと
キモい世界の話しが視覚化しただけだった
とそういうことだったのかもしれないなあ
そしてこの世界はおろかいろんな違う世界も
結局は由乃(に似た人)を生き返らせるための
「実験場」みたいなものだったということか
ホントにそこに住んでて犠牲になったヒトたちは
ご愁傷というほかない。

最後もなあ、「由乃の死」をふっきるために
当の由乃の「幽霊」に説得されるザマだし
それでさとったというか、何かヤケになって剣を
ブッ刺しただけのように見えるねえぇ、ありゃ。

にしても、その「由乃」って存在が視聴者に
とってどんぐらいの価値があったか、
あの話しの中ではほとんど感情移入できな
かったのだよねえ、むしろその妹のほうが
視聴者とのキョリは近かったろうに。

たしかにリアルな意味で恋人同士の絆なんて
易々と理解できるなんて思わないけど
それもやるだけやって分かんないのと
ハナっから諦めてるのじゃだいぶん違う
のではないか。

けっきょく、この「キスダム」は「内容」と
その「演出」がもうほとんど滑稽なまでに
乖離していて、どんな感動的なセリフを
言ってもどんな熱い展開をやっても
「バカだなこいつら」で済んでしまうわけだ
ひとりのオンナに未練タラタラな話しだったのだから。
その辺狙ってやってたのだとしたら大したもの
だけどそんなわけわねーわな



大江戸ロケット (総括) 。


キスダムとは実に対照的だった。

というのもこの話し、キャラクタをいきいき
と動かしながら各所に視聴者が拾いきれない
ぐらいのパロディとかネタを仕込んで
ときには涙もちょうだいしてみたりして
それでいて結局結論は「花火あげてみました」
だったから。内容がないよう、なんてな。

つまり「空の獣」とか「ロケット」打ち上げ
ってのはぜーんぶ話しをおもしろおかしく
進めるための起爆剤で、プロジェクト某みたいな
話しぢゃなかったわけだ。

逆に言えば赤井と青い空の獣とのロマンスとか
銀さんの過去話とか天保の改革まわりとか
遠山の金さんとかもろもろぜーんぶが見所
だったともいえるわけで。

つまり何かオモシロイことをやるけども
見たいやつだけ見ろって感じで
しかもそれでいてそういう態度にとんがっている
ところがまるでなかったりする。
「パロディやりましたよ
ハイオモシロイデスネー」みたいな
そういうところが大江戸ロケットの他には
ない美質だったと思う、いや「粋」って言った
ほうがいいか。

最後にOP曲がながれてきて
「なんちゃって、全部嘘☆」って
見事にこの話しを要約しているフレーズ
だよなあ、ってしみじみ感心した。



クレイモア(総括)



おいおい、テレサの首何回
飛ばすんだよww
こりゃ浮かばれんわなあ

もともとは畏怖の念のシンボルであった
「クレイモア(大剣)」が最後の
覚醒者バトルでは人間に近いモノであった
ことの最後のなごりになっていたのは感慨深かった。

あそこまで化け物になっちゃったらもう少年の
説得だけじゃどうもならんくてジーンの
犠牲が上乗せされた、と。

その少年の説得も結局は「クレアもプリシラも
死んでほしくないっ!」っていう気持ちばかりで
結局、戦闘力もなく精神も子供のそれのままだった
ああ、少年はあまりに無力だ

最後はENDの為の超展開だった、でいいのでは。
であるがゆえに皮肉にもラキの無力さがいっそう
目につくようになったということだろう
あるいは制作側の無力さなのかもしれないけど。


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