九龍ジェネリックロマンス 第13話 とまとめ △++
九龍リグレットロマンス
思い出すのはえらい肉感的なハナシだったなあということ
近代的な「都市」ではないけれども、そこに住む人々が
活き活きと描かれているのね、汗をかく何でも屋の仕事
おいしい食事、そして「恋」、なるほど「人工的」に
「生活」を描くということはこういうことなんかもしれん。
そして主人公達が記憶が曖昧なままにハナシが盛り上がるとか
まさしく「まんが」的な存在そのものじゃないか!
しかし、ねそれを陳腐と言い切るならボクらの生活は
まさしく「変わらない日常」じゃないかそれが睡眠薬を
オーバードーズするのとどれぐらい差があるというのか
最後の8月31日、今までの幻影の九龍がボロボロに崩壊
していくのが美しい、それは恋人を失った男が未練に
一定の区切りをつける為の精神の枠の破壊と再生だ
その大げささと小ささがいとおしい。
ウマ娘 シンデレラグレイ 第13話 日本一 とまとめ △++
最後の天皇賞(秋)は「いつもの」ウマ娘っぽいね
みんな思惑があって、強豪ぞろいだ
ただしオグリキャップにとってはそれはほぼ初体験で
笠松では味わえなかった「競争」の熱さだったかとおもう
そう考えるとこの「ウマ娘」は「下から上」へのハナシが
目新しい要素だったわけだ
そして「葦毛の天然」っていう素材が「下克上(シンデレラ)」
として最高の資質だったように、泥の中からダイヤを探す
たのしみがあったかとおもう。
さいごタマモクロスが「ゾーン」にはいるのがそれまでの
喧噪と比べて実に靜かな顕現だったかと、オグリキャップには
こっから更に余分なところを綺麗にしていく必要があるということだ。
mono 第12話 POVホラーどうでしょう とまとめ △++
「映像の制作過程」のメイキングを「ホラー」にするとか
某ブレアウィッチだねw つまり「隣」にある「恐怖」だ。
さっちゃん憧れの先輩が「卒業」して、なんなら
「空っぽ」になってるんだよね、「燃え尽き」といっていい
そしてそこから「新しい恋」をはじめるのではなく
別の視点、新しい人生をはじめるというハナシになっている
これは思いつきそうで極めて斬新な考え方だ。
「ゆるキャンΔ」で見た画もちらちら出てくるのよね
しかし「繰り返し」ではない、違う食感がある
そういうミニマリズム的なあじわいがすばらしかったかとおもう。
日々は過ぎれど飯うまし 第13話 ごちそうさま!! とまとめ △++
「食レポ」という体裁で実は「ぼっち」を救済するハナシだ。
しかもマンガのように強烈なコミュ障とかではなくて
「なんとなく」人との縁が切れてしまったふつうの娘を
また誰かが手をつないでくれたというそれだけのハナシだ。
たしかにそれは「よくある」ハナシかもしれんけど
新しい環境で「ぼっち」になることはよくあるハナシで
そう考えると「ちいさな幸福」は確かにあったかとおもうね
あと、「キャンパスライフ」ってな「まんが」に一番
しにくい話題なんだけどスッと導入しているのが技術かとおもう
「消化する」ハナシではなく「つくる」ハナシ。
機動戦士Gundam GQuuuuuuX 第12話 だから僕は… とまとめ 〇
なんだ、要はあの天パさえいなければみんなハッピーなんじゃないのかw
まあしかし「多元セカイ」とか収集がつかなくなることうけあいの
「パンドラの箱」を開いて1クールでギリギリ閉め直すとか
天才的なハナシづくりだったかとおもう。
そう、「ガンダム」なんでいくらでも「2次創作」可能なんだよね
(権利者が怒り出さない限りは、だけどw)
それを洪水のようにじゃぶじゃぶブチこんでこっちの脳にダメージを
与えて逃げ切るような行為だ、「戦争」の何かを切断する行為は
1クールでハナシを力業でまとめる為の「道具」になる
それは「執拗さ」と切断された「新しい若人」なんかもしれん
マチュもニャアンもシュウジもボクらが愛憎を抱く前に
高速で駆け抜けていって自分たちのやりたいことだけ
やってったようなかんじだわな、それともボクが理解できないような
オッサンになったってことなんかもしれん(溜息)