紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

おめでたい日

2006-05-21 10:31:14 | 15・心に残ること
昨日、5月20日。叔父の喜寿のお祝い会があって、出かけた。
場所は武蔵小山。ここは母の実家のある所で、今も叔父一家が住んでいる。
叔父は8人兄弟だった母の、今もお元気でいるたった1人の弟。母も一緒に行けると良かったが、入院中なので、行けなかった。叔母や従姉妹たちにも久しぶりに会えて、楽しい一時を過ごした。

母からはもう、私が生まれる前のことなど聞くことは不可能なので、今でもその頃のことを知っている叔父や、年上の従兄弟と話すと、昔のいろいろな情景が頭の中に浮かんできて、そういう時代に思いが飛ぶ。若い頃は、そういうことにあまり興味はなかったが、今はとても、というか一番興味があることかもしれない。

親戚の集まりで、いつも女性でお酒を飲むのは、私1人。(笑)
他には誰1人飲む人がいない。そんな時にいつも思うのは、母、叔父の母親である椎谷(しいや)のおばあちゃんのこと。箱火鉢の前で、いつもキセルをくゆらしていた。その人に、私は似ているんじゃないだろうか、と勝手に思うことがある。小学生か中学生の最初の頃他界したが、大人になって会ってみたかった。

祖父について書いたBlog

(写真:叔父一家。叔父さん、いつまでも長生きしてね!)

6 コメント

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こどもも嫉妬 (ターボ)
2006-05-21 16:30:28
一時期、母方の祖母にあずけられて育てられましたので、小生は3文安いと評価されてきましたが、上海からいとこたちが引揚げてきたとき、祖母の愛情は手をかえしたように、いとこたちに移行しました。

そのため、こどものときから嫉妬心について学びました。

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ターボさんへ (紅蓮)
2006-05-21 20:55:18
3文安!

でも、他の人は味わえない、お祖母さんとの密な楽しい時間があったのでしょうね。

でも、上海帰りの人たちに嫉妬ねえ!

それは、子ども時代に痛い(?)体験でしたね。

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武蔵小山 (多摩のO脚)
2006-05-22 10:19:47
武蔵小山に縁があったのですね。ちょうど実父が喜寿の祝いのころ10年足らずと思いますが、武蔵小山と不動前の中間に住んでいました。目黒不動尊の狛犬もとても可愛らしく、おじいさまが狛犬も作られていると知り、びっくりです。狛犬に興味を持つ人はあまりいないのです。おじさんの喜寿の祝いの参加されるところが紅蓮さんの優しさを垣間見るような気がします。お母様も長生きされますよう祈っています。
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多摩のO脚さんへ (紅蓮)
2006-05-22 11:00:02
コメントありがとう♪

そうですか。ご実家がそのあたりにあったんですね。

私も子どもの頃、よくいったけど、それからポンと40年以上もの月日があいて、そこらを歩いたら、もうなつかしいというか、不思議な感じがしました。



叔父さんの喜寿のお祝い会は、参加するというより、やろうよといっちゃった私でして。(笑)

最近そういう時間が愛おしいです。
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紅蓮さん (さと)
2006-05-24 22:20:22
「きっとどこかの空の下で」を読んだ時に祖父のことを懐かしく思い出しました。

父の兄弟も今は一人しかいません。(今年は宮崎の叔父に会いに行きたい!なぁ・・・)

台湾の父の学友が亡くなり、もう父の学生時代を知る人もいなくなりました。



祖父母や父母のことをこの頃私もとても興味があります。聞きたくても段々話してくれる人がいなくなるのね。



紅蓮さんがおばあちゃん似じゃないかと思うってこれも興味深い話ね。こんな時間が愛おしいという気持ちもすごく良く分かるなぁ。

昔はあまり感じなかったことです。



いい時間を持ててよかったですね。おめでとう。(遅くなりましたが)
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さとさんへ (紅蓮)
2006-05-25 00:18:46
「きっとどこかの空の下で」読んでくださって、ほんとうにありがとう♪



私は、両親とは、どちらもまったく似ていないのだけど、親戚がたくさん集まると、ああ、この血かしらと思うことに遭遇することがあります。

それが、最近とってもおもしろいというか、興味があります。

でも、そういうのが面白いと思うことが、年をとった証拠かもしれないなあ



ps)数字読みとりなんて、いつからあるの???
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