ちょっとピンぼけ/倉敷界隈

日々の記録。見たり、聞いたり、買ったり、食べたり。

準備中

2006年12月31日 09時47分54秒 | 写真

もうどこの家も正月準備は終盤かな。うちでは家人がおせちを作っている。ここ数年、家人はおせちを買っていた。こぢんまりとやっている総菜屋さんがあって、そこで子どもの友人のお母さんが働いていた。買ってねと言われて、値段も安いしなかなかいいものなので買っていた。昨年買ったらひどく内容が落ちていて、もう買わないと言っていたのだが理由がわかった。その店、全て手作りの惣菜でとても良心的ないい店だったのだが、「最近は(おせちや店に)買ってきたものを並べるようになった(友人の母)」との話で、「傾いているようで、ついに給料の遅配が起こった。」と言うことだった。店舗の拡大を狙って新興住宅地に出店したらそこが全く売れず大赤字なのだそうだ。新興住宅地で売れるわけ無いのに考えが足らないんだよと思う。

友人は「給料が遅れたにもかかわらず、そんなこと当然じゃみたいな言い方するのよ。だから辞めてやった。」と言っていた。昨年の味を思い出して、なるほどなと思った。小さい頃子どもはよく病気して、入院したこともあった。近くの大きな病院に入院したけれど、看護婦さんが多くて誰も優しかった。地区で一番大きな病院は世界的にも有名だけど忙しすぎて看護婦さんはつっけんどんだ。この病院の方がいいなとおもっていた、、、が、最近行くとすっかり変わっていた。

看護婦さんはつっけんどんで食べ物もひどい。子どもが入院してもひどい扱いだった。院長の奥さんが介護マンションを造ってその費用で大変なのだそうだ。「病院の拡張と金儲けに走っている」とのこと。なるほどなと思った。皆本業を大切にしたらいいのになぜこうなるのか・・。金は人も施設も変えるね。

アイビーにも旅館にも門松がお目見えした。私はよくわからないが、カッバーラ的にも伝統的な門松の形でないといけないようだ。神道は奥が深いね。

商店街も新年モード。売れたらいいなと思う。にぎわって欲しい。でもどうかな。人はイオンへ流れるだろう。子どもは1/1に並んで福袋を買うんだと言っていた。古き良き商店街なのだが華やかさはない。若者はきらきらしたところへ集まるだろうと思う。

田舎から電話があった。餅をついたから取りに帰れと。今は怪我のために食べたくても食べられない。少しでいいというのに山のように袋に詰め込んでくれた。若い時はこのお節介がうっとうしく思えた。今は違う。これも親孝行の一つと思う。親が子どものためにしてくれること、全てありがたく受けないといけないと思う。本当に有り難いことだ。田舎は雪が降っていた。予定していた日は降雪で帰省中止。この日、今日は大丈夫だからと電話があった。孫の顔が見たいだろう。子どもを連れて帰ることにした。また正月に会えるんだけれどもね。

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ただいま練習中

2006年12月30日 08時13分32秒 | 写真

なかなか写真を撮る暇がなく、今日は時間があると思ったら雨が降ってきたりで少しうずうずしていた。朝起きたらひどく寒い日で風も強かった。どうしようかなと一瞬は思ったんだけど、ブログのためにも(笑)撮りに行かなくちゃと思い、今日はニコンにVRを付けて出かけた。ローパスのゴミがいやなので絞りは5.6に固定、モノクロが好きなので多少粒子が荒れても風情があると普段はISO400なのだが、今日は最低感度にした。いやぁこう書くとカメラマンぽいでしょ(笑)。時にはうんちくをたれないとね。結婚できない男の再放送もあることだし。

そんなわけで阿智神社に行ってみた。普段は遠回りでも正面階段を上るのだけれども、今回は裏から回ってみた。たぶん色々準備をしているだろうと思ったからだ。そんな風景を見たかった。

ところが思ったより準備をして無くて、明日からかな、もう終わったのかな?と思って拝殿をのぞくと若い神職がいた。この時期にお祓い?・・・なわけないよな。多分、、、と思ってみているとやはりそうだった。まだ慣れてないのでしょう、一生懸命祝詞の練習をしてました。お正月は大車輪になるものね。良い日を迎えるためにもプロは練習しておかないと。当たり前なのかも知れないけどちょっと見直したのですよ。

天気が良かった。この青空が撮りたかった。日の丸の掲揚柱にカラスがとまっていて、これを撮らなきゃとレンズを向けると、視線を感じたのか飛び立ってしまった。他国ではカラスを不吉な生き物と考えるが、日本では神の使いなのだ。ヤタガラスなんてね。元は烏(う)と書くべきか。太陽には金烏が住んでいるという伝説、神武天皇の弓にとまったのもこの伝説のためかな。まぁユダヤ・キリスト教でも鳥は神の使いだし、種類こそ違え、「鳥=神の使い」は世界の共通認識かも。日本代表のエンブレムもカラスだし、それを撮りたかったんだけどな。

話は変わるが、シンジが復活してきたので、俊輔、伸二、腰が治れば松井、FWに高原ってのを見てみたい。センターバックはトゥーリォでいいだろうしね。

いざなぎ景気を超えたなんて言っているけど、それは企業のことで、都会をのぞけば町には何の変化もない。それどころかどんどん店のシャッターが降り商店街は寂れる一方。政治家の住んでいるところは都会だから、票をもらいに帰ってくるだけの地方のことなんて本気で考えているわけ無い。だからでもないだろうけど、恵比寿様に祈りを込める人は多いだろう。見捨てられた人はいつも自分の力でどうにかしようとした。人はたよりにならないことを知っている。

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今日のチボリ

2006年12月29日 19時50分01秒 | 写真

寒かった。このあたりでも雪花が散った。雪が降るのは数年に一回、たぶん2002年の正月に見たんじゃなかったかな、その程度の土地なんだけどそれでも今日は少しだけ雪を見ることが出来た。時間があったのでチボリに行ってみた。玄関には正月の豪華な花が飾ってあった。いつもチボリではこのでかい花飾りを見ることが出来るがとてもセンスがいい。今年もなかなかのできだった。

寒い寒いと歩いていて今年初めて氷を見た。昼なのでかなり融けていたがそれでも少しは残っていた。写真を撮っていると女の子の泣き声がした。

お母さんが駆け寄ってどうしたのと聞くと女の子は泣きながら言った。

「お父さんがぁ」

氷を触ろうと水に手を伸ばしたらお父さんが後ろから突き飛ばしたと訴える。手をびしょ濡れにしながら泣きやまない。お母さんが、悪いお父さんねぇと言っているがお父さんは困ったように苦笑いしている。突き飛ばしたんじゃないんだろうが、女の子にはそう感じたんだろう。しばらくはこのお父さん、娘から冷たい仕打ちを受けるだろうな。

では家族連れを少し。家族サービスは大変だよね、やっと休みになったけど。

男の子にはやはり車。お父さんにもやはり車か。

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屋根の上の楽園

2006年12月28日 14時14分59秒 | 写真

一年前だっただろうか、いやもっともっと前だったような気がする、阿智神社の階段を上っていると笑顔のおじいさんが話しかけてきた。話しかけると言うよりつぶやくように教えてくれた。

「(石造りの鳥居の)上に植物が生えてる。」

鳥居の上に石を載せるのは昔からある習慣。由緒正しい神社の鳥居にたくさんの石が載っているのは道理だろう。そこに吹き上げられてたまった土があるのだろう、写真と同じような植物が生えては枯れ、枯れては新しく蘇っている。美観地区の屋根をみてみた。同じ植物が生えていた。

私が写真を撮ってると初老の人が、こんなところに草が生えてると驚いていた。私もあのおじいさんと同じことが出来たとちょっと喜んでしまった。

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クッキー

2006年12月27日 11時22分22秒 | 写真

知り合いの女の子がこれあげると言ってクッキーをくれた。何でも学校の部活で作ったのだそうだ。何部なのと聞くと美術部という。年末に美術室を大掃除して、お疲れ様と言うことでみんなでクッキーを作ったのだそうだ。上手に出来た、美味しかったとそばの友だちは言うが、彼女は「檄まずだからね」と言って、これをくれた。

車を走らせながら口に入れた。柔らかい、口の中でさくっと割れるクッキーだった。中学校の部活動にもこういう楽しみがあっていいよな。子どもの頃は学校で焼き芋作ったりもした。古き良き時代と言うんじゃなくて、そういうおおらかさとゆったりした時間が学校にあった。こういうゆったり感が今の学校にも必要だと思う。いま焼き芋なんかやろうとしたら大変だ。ありとあらゆるところから理屈をつけられ、最後に責任者が、「校内で火を使うのは・・・、そういうことは自宅でやってください。」でチョン!

責任者が融通が利かないんじゃないよ。そう言わないといけない状況に置かれているんだから。楽しいことは出来ないようにされているのですよ、特に人の多い都会ではね。何でも学校に「責任、責任」とごり押ししてきた結果です。したら怒られるけど、しないと怒られない。じゃぁしないようにしようとなるわけだ。たぶんどんなところでも同じ状況があると思う。自分はしないが人にだけは要求する。どうしてこんな日本になっちまったんだろう。良くなったところもあるだろうけど、失ったものも大きい。

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菜の花2

2006年12月26日 09時22分50秒 | 写真

先日の菜の花はたまたまなのだろうか、それとも今あちこちで咲いているのだろかと思って、備中国分寺に行ってみた。確かここには菜の花が、、、と思いながら車を走らせていると、確かにあちこちに黄色のお花畑がある。もっとたくさん咲いている畑もあったが、この五重塔に近いところは2~3分咲きと言うところか。はやりあちこちで咲いて見るみたいだ。先日のコメントでは九州ではひまわりが咲いているとか。昨年は近所の酒津公園で桜が咲いていた。この季節に咲く種類ではなくソメイヨシノがだ。狂い咲きであって欲しい。デイ・アフター・トゥモローはごめんだ。

遠くに赤い樹が見えたので寄ってみた。サザンカの大木だった。山茶花と言えば道路際に生け垣として植えてあるイメージがありまさかこんなに大きくなる樹だとは知らなかった。ボタンと違ってはらはらと散った花びらがピンクの絨毯になってきれいだった。こんな樹はいいな。花びらはこのまま足下に残しておきたい。

とまぁ十分散歩は楽しんだけれど、今日の目的はこれ。前から一度食べてみたかったのがこのふりかけ。菜の花って少し苦みがあるよな。このふりかけもそうなのだろうか。そうしたら売れないような気もするけど。まだ食べてない。ちょっと期待している。国分寺正面の売店で530円。かなりの量が入っている。

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餅つき

2006年12月25日 10時16分39秒 | 写真

アイビースクエアで餅つきしてました(23日)。

たぶんですよ、きっとそうだと思うのですが、これってどっかのNPOがやっているやつで、カンボジアに学校を作ろうとかタイだったかミャンマーだったかに逃げてきた難民が学校に行けるようにサポートしようという会の主催じゃなかったかなと思います。

というのは、去年同じ場所で(日付は忘れたけど)やっていて、それは上述の通りでした。今年は、私が行ったのが早い時間帯で、これから準備して看板やカンパ箱も出して、、、ってやるんじゃなかったかと思います。見ていたかったし食べたかったんだけど、家人の手伝いに帰る時間を決めていたので写真だけ撮って帰りました。つきたての餅って美味しいよね。惜しかったなぁ。

関西圏に住んでいるので、小さいときから餅は丸いものと決まっていて、初めて角餅を食べたときは驚きました。東京から転校してきた子がいて、そこの家に行った時に雑煮を出してもらいました。小学校の6年だったと思います。何が驚いたって、まず餅が四角いこと、それより何より焼いた餅がお椀に入っていたこと。それもですよ、おつゆが、、私にはお茶に感じられた、、、器の中を見て、「なんでお茶の中に焼いた餅が入っているのだろう。これはいったい何の食べ物??」と思いました。友人にこれ何?と聞いたと思います。逆に彼は、これが(当たり前の)雑煮だろう、なんでそんなこというのだといぶかしげでした。どうもそれ以来関東圏の雑煮=まずいものというイメージがあります。ちなみにうちんちは、いわゆる京風雑煮ですね。

妹の友だちが香川出身で、そこではあんこの入った餅で雑煮をすると言ってました。聞いたときはおえーって感じでしたけど、話に聞くと美味しいらしい。ぜひ食べてみたいです。やはりその土地の食べ物を食べないとそこがわからないと思うし、その土地やそこに住んでいる人に敬意を表すにはまず食べ物からと思ってます。

鯨から油をとっただけで捨てていたアメリカ人が、日本文化を理解もせずに捕鯨反対なんか言っているのを聞くと、本当にアメリカ人って善良な愚か者と思います。自分の国が一番で、自分たちの考えが世界の常識と思っている浅い人たち。友人のアメリカ人に、『なんでアメリカは自分たちが一番正しいと思っているのだ?』と聞くと、彼は苦笑して、それじゃいけないんだけどね、、、と答えてくれませんでした。

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菜の花

2006年12月24日 19時37分56秒 | 写真

菜の花って春に咲くものというイメージがありますけど、いまチボリでも、そのそばの道の花壇でも菜の花が咲き誇ってます。菜の花っていいね。

むかーーしのことですが、年下の女の子が押し花でしおりを作ってくれました。その花が菜の花でした。きれいだなと思いました。しおりは数種類あって、スミレとかあとは何だったかな、とにかくいくつかありました。どれでもと言われて無理矢理菜の花をもらったような記憶があります。いまでも菜の花を見るとそのことを思い出します。でも未だに不明。なんであそこにしおりがあったのかな。彼女はなぜしおりを作って持ってきてくれたんだろう。そしてあのしおりはどこに行ったのだろう。大切にしていたはずなんだけどな。

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お言葉

2006年12月22日 21時09分27秒 | 写真

仕事が一段落付いた。完璧に出来たとは思わないが、まぁ中庸ぐらいだろう。バンザイは出来ないが、文句を言ったらバチが当たる。

倉敷は歴史ある街でありながら戦災を受けてない。おかげで古いものも残っている。神社はそれこそ掃いて捨てるほどある。一つの社から石を投げたら次の社に届くと言っていいぐらいだ。家に一番近い社に一ヶ月毎ぐらいに張り紙が貼り替えてある。達筆もさることながら、その時々にありがたい言葉としていただける。今回のも「その通り!」でした。