今、ジュネーブで、自由権規約第6回日本政府報告の事前審査が行われています。
日本の最高裁が「板橋高校卒業式事件」を「公共の福祉」で有罪にしたことは間違いであると、国際人権の権威フォルホーフ教授が書いて下さった「意見書」を、3回に分けて紹介します。
藤田事件に対する2011年7月7日最高裁判決(公の関心事に関する意見表明とビラ配布による「威力業務妨害罪」の有罪確定)に言及した市民的及び政治的権利に関する国際規約第40条1(b)に基づく第6回政府報告に対する意見
◎ はじめに
日本政府は、意見を持つ自由および表現の自由の権利を定めた市民的及び政治的権利に関する国際規約(以後、自由権規約)第19条による義務を十分に尊重していないとして、これまで数回に渡って国連人権委員会から批判を受けてきた。
2008年に同委員会は、「『公共の福祉』の概念は、曖昧で、制限がなく、規約の下で許容されている制約を超える制約を許容するかもしれない」という懸念を再度表明しているが、その懸念とは、より正確には、自由権規約19条が保障する表現の自由に係わるものである(参照:日本に対する自由権規約委員会統括所見(最終見解)、パラ10、国連文書. CCPR/C/JPN/CO/5, 18 December 2008)。
日本政府は第6回定期報告(2012年4月、パラ3-4)の「一般的コメント」の中で再度、自由権規約によって保障された権利の制限を正当化する原則として「公共の福祉」の概念に言及している。
日本政府の主張によれば、「公共の福祉」という憲法の概念は「各権利毎に、その権利に内在する性質を根拠に判例等により具体化されており、憲法による人権保障及び制限の内容は、実質的には、本規約による人権保障及び制限の内容とほぼ同様のものとなっている」という。「したがって、『公共の福祉』の概念の下、国家権力により恣意的に人権が制限されることはもちろん、同概念を理由に規約で保障された権利に課されるあらゆる制約が規約で許容される制約を超えることはあり得ない」と同政府は強調する。
この立場を正当化し防衛するために、日本政府は第6回定期報告の中で「典型的な判例として」2011年7月7日最高裁第一小法廷による判決を引き合いに出している。判決は藤田事件に係わるものであり、以下にその詳細を説明する。
日本政府は2011年7月7日最高裁判決を例に引き、表現の自由に係わる事案に「公共の福祉」概念を適用することによって日本の司法が自由権規約第19条を遵守していると主張しているが、本意見書は、果たしてそれが妥当とみなされるかどうかを検証するものである。
◎ 事実関係と裁判手続き
藤田勝久氏は2006年5月30日、東京地裁において「威力をもって業務を妨害した」として有罪判決をうけた(刑法第234条)。この有罪判決は2004年3月11日の都立板橋高校卒業式開始前の被告の行動に関連するものであった。
この刑事上の有罪判決は2008年5月29日、東京高裁(第10刑事部)によって支持された。被告には20万円の罰金の支払い、または、5千円を一日に換算した期間労役に服すという刑罰が科された。
上告にあたって弁護団は、本件被告の行動は日本国憲法第21条に保障された表現の自由の権利に係わる表現行為であり、刑法第234条に基づく告訴および有罪判決は憲法第21条第1項に違反すると主張した。しかし、最高裁はこれらの主張を退け、被告が「威力業務妨害」という犯罪行為を行ったことによる有罪判決は憲法21条1項違反には当たらないと判断した。さらに最高裁は、弁護団によるその他の主張は刑訴法第405条により「上告理由に当たらない」として却下した(2011年7月7日最高裁判決)。
筆者はこれらすべての判決を弁護団による英訳版(非公式)によって読ませていただいた。
2006年5月30日東京地裁は、被告の振る舞い、即ち上記に概略した卒業式前の行為とその後の校長による退去命令に対する抗議が「威力業務妨害」にあたり、刑法第234条違反となると判示した。
検察が懲役八か月を求刑したのに対して、地裁判決は罰金二十万円を科した。
東京地裁はその判決の中で、「被告人は本件卒業式の妨害を直接の動機目的としたものではないこと、実際に妨害を受けたのは短時間であり、開式の遅延時間も問題視するほどのものではなく」、罰金刑が相当と判断したのである。
被告の控訴は東京高裁の2008年5月29日の判決によって棄却された(第10刑事部)。2011年7月7日最高裁は東京地裁および東京高裁の下した判断を支持し、被告が「同校が主催する卒業式の円滑な遂行を妨げたことは明らかであるから,被告人の本件行為は,威力を用いて他人の業務を妨害したものというべきであり,威力業務妨害罪の構成要件に該当する」としている(2011.7.7、最高裁第一小法廷、平成20年(あ)第1132号)。
(続)
日本の最高裁が「板橋高校卒業式事件」を「公共の福祉」で有罪にしたことは間違いであると、国際人権の権威フォルホーフ教授が書いて下さった「意見書」を、3回に分けて紹介します。
◎ Is the protection of "public welfare"
an inherent and justified restriction on the right to freedom of expression?
◎ 「公共の福祉」の保護は表現の自由の権利に対する
内在的かつ正当な制約になりうるか?
an inherent and justified restriction on the right to freedom of expression?
◎ 「公共の福祉」の保護は表現の自由の権利に対する
内在的かつ正当な制約になりうるか?
ベルギー・ヘント大学およびデンマーク・コペンハーゲン大学教授
ヘント大学人権センター・メンバー デレク・フォルホーフ(博士)
ヘント大学人権センター・メンバー デレク・フォルホーフ(博士)
藤田事件に対する2011年7月7日最高裁判決(公の関心事に関する意見表明とビラ配布による「威力業務妨害罪」の有罪確定)に言及した市民的及び政治的権利に関する国際規約第40条1(b)に基づく第6回政府報告に対する意見
◎ はじめに
日本政府は、意見を持つ自由および表現の自由の権利を定めた市民的及び政治的権利に関する国際規約(以後、自由権規約)第19条による義務を十分に尊重していないとして、これまで数回に渡って国連人権委員会から批判を受けてきた。
2008年に同委員会は、「『公共の福祉』の概念は、曖昧で、制限がなく、規約の下で許容されている制約を超える制約を許容するかもしれない」という懸念を再度表明しているが、その懸念とは、より正確には、自由権規約19条が保障する表現の自由に係わるものである(参照:日本に対する自由権規約委員会統括所見(最終見解)、パラ10、国連文書. CCPR/C/JPN/CO/5, 18 December 2008)。
日本政府は第6回定期報告(2012年4月、パラ3-4)の「一般的コメント」の中で再度、自由権規約によって保障された権利の制限を正当化する原則として「公共の福祉」の概念に言及している。
日本政府の主張によれば、「公共の福祉」という憲法の概念は「各権利毎に、その権利に内在する性質を根拠に判例等により具体化されており、憲法による人権保障及び制限の内容は、実質的には、本規約による人権保障及び制限の内容とほぼ同様のものとなっている」という。「したがって、『公共の福祉』の概念の下、国家権力により恣意的に人権が制限されることはもちろん、同概念を理由に規約で保障された権利に課されるあらゆる制約が規約で許容される制約を超えることはあり得ない」と同政府は強調する。
この立場を正当化し防衛するために、日本政府は第6回定期報告の中で「典型的な判例として」2011年7月7日最高裁第一小法廷による判決を引き合いに出している。判決は藤田事件に係わるものであり、以下にその詳細を説明する。
日本政府は2011年7月7日最高裁判決を例に引き、表現の自由に係わる事案に「公共の福祉」概念を適用することによって日本の司法が自由権規約第19条を遵守していると主張しているが、本意見書は、果たしてそれが妥当とみなされるかどうかを検証するものである。
◎ 事実関係と裁判手続き
藤田勝久氏は2006年5月30日、東京地裁において「威力をもって業務を妨害した」として有罪判決をうけた(刑法第234条)。この有罪判決は2004年3月11日の都立板橋高校卒業式開始前の被告の行動に関連するものであった。
この刑事上の有罪判決は2008年5月29日、東京高裁(第10刑事部)によって支持された。被告には20万円の罰金の支払い、または、5千円を一日に換算した期間労役に服すという刑罰が科された。
上告にあたって弁護団は、本件被告の行動は日本国憲法第21条に保障された表現の自由の権利に係わる表現行為であり、刑法第234条に基づく告訴および有罪判決は憲法第21条第1項に違反すると主張した。しかし、最高裁はこれらの主張を退け、被告が「威力業務妨害」という犯罪行為を行ったことによる有罪判決は憲法21条1項違反には当たらないと判断した。さらに最高裁は、弁護団によるその他の主張は刑訴法第405条により「上告理由に当たらない」として却下した(2011年7月7日最高裁判決)。
筆者はこれらすべての判決を弁護団による英訳版(非公式)によって読ませていただいた。
2006年5月30日東京地裁は、被告の振る舞い、即ち上記に概略した卒業式前の行為とその後の校長による退去命令に対する抗議が「威力業務妨害」にあたり、刑法第234条違反となると判示した。
検察が懲役八か月を求刑したのに対して、地裁判決は罰金二十万円を科した。
東京地裁はその判決の中で、「被告人は本件卒業式の妨害を直接の動機目的としたものではないこと、実際に妨害を受けたのは短時間であり、開式の遅延時間も問題視するほどのものではなく」、罰金刑が相当と判断したのである。
被告の控訴は東京高裁の2008年5月29日の判決によって棄却された(第10刑事部)。2011年7月7日最高裁は東京地裁および東京高裁の下した判断を支持し、被告が「同校が主催する卒業式の円滑な遂行を妨げたことは明らかであるから,被告人の本件行為は,威力を用いて他人の業務を妨害したものというべきであり,威力業務妨害罪の構成要件に該当する」としている(2011.7.7、最高裁第一小法廷、平成20年(あ)第1132号)。
(続)
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