《北海道新聞 異聞風聞》
◆ 五輪「おことわり」の論理
編集委員 辻岡英信
小学生の頃に住んでいた千歳で、聖火を目撃した。1964年の東京五輪開幕直前。空路はるばる運ばれてきた聖火は、千歳空港に降り立ち、札幌に向けてリレーが行われた。地元の小学生は小旗を手に沿道に並ばされ、長い時聞待たされたあげく、やって来た聖火は、あっという間に目の前を通り過ぎていった。
それでも五輪本番では、柔道のヘーシンク、マラソンのアベベ、体操女子のチャスラフスカら、超人たちの力とスピードと美をテレビで堪能した。
アジアの片隅の島国に生まれた子供にとって、「世界」「平和」を実感させてくれた、忘れられないイベントである。
1年9カ月後の2020年7月24日、2度目の東京五輪が開幕する。
東京都職員の宮崎俊郎さん(58)は「五輪は国民にとって災害以外の何物でもありません」と、昨年1月に「2020オリンピック災害おことわり連絡会」を結成し、五輪返上を訴える。
なぜ?
「五輪はあらゆる問題の総合商社だからです」と宮崎さんは言う。
例えば「共諜罪」。
思想・信条の自由を侵害するとの批判にもかかわらず、安倍晋三首相はこれがなければ「東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と、数の力で成立させた。
例えば「復興五輪」。
招致プレゼンテーションで安倍首相は福島第1原発について「制御されている」と述べたが、汚染水の問題は解決のめどが立たず、五輪開催決定をきっかけとした建設費の高騰と人手不足により、福島の復興はかえって妨げられている。
例えば「新国立競技場」。
建設に伴い近くの都営アパートが取り壊されることになり、約300人が転居を余儀なくされた。「都の担当者が連日、お年寄りのお宅に押しかけて立ち退きを迫り、まるでバブル期の地上げのようでした」、連絡会メンバーの女性は当時の様子をこう語る。
政府と東京都は、水戸黄門の印籠のように五輪開催を振りかざし、人権を軽んじ、人々の生活を押しつぶしてきた。
そして「うそ」の数々。
6年前、猪瀬直樹副知事は「ほとんど40年前の五輪施設をそのまま使うので世界一カネのかからない五輪なのです」とツイッターで発信していたが、開催経費は12年ロンドン五輪を上回る3兆円に達するという。
サマータイムを検討するほどの酷暑に頬かむりし、国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルには「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と記述していた。
「東京五輪はアスリートファースト(選手第一)ではなく、実際はマネーファースト、ナショナリズムファーストだ」と指摘するのはスポーツジャーナリストの谷口源太郎さん(80)。今月8日、約40人が参加して都内で開かれた連絡会の学習会で講演した。
谷口さんは「日本のスポーツ政策は戦前の国家主義を引き継ぎ、五輪至上主義という価値観で貫かれている。経済大国日本にふさわしいスポーツ強国を目指せと、メダルを1個でも多く取ることが国策になっている」と批判、五輪の現状についても「スポーツビジネスに染まり、本来の理念を失った」と、存在そのものに疑問を投げかける。
宮崎さんは「五輪反対を言いにくい雰囲気だけど、反対を言えない世の中は不健全」と、今後も学習会やデモを繰り広げていく。
彼らの異議申し立ては、圧倒的な五輪キャンペーンに比べ一握りの小さな声にすぎない。しかし突きつける問いはずしりと重い。
『北海道新聞』(2018年10月28日)
◆ 五輪「おことわり」の論理
編集委員 辻岡英信
小学生の頃に住んでいた千歳で、聖火を目撃した。1964年の東京五輪開幕直前。空路はるばる運ばれてきた聖火は、千歳空港に降り立ち、札幌に向けてリレーが行われた。地元の小学生は小旗を手に沿道に並ばされ、長い時聞待たされたあげく、やって来た聖火は、あっという間に目の前を通り過ぎていった。
それでも五輪本番では、柔道のヘーシンク、マラソンのアベベ、体操女子のチャスラフスカら、超人たちの力とスピードと美をテレビで堪能した。
アジアの片隅の島国に生まれた子供にとって、「世界」「平和」を実感させてくれた、忘れられないイベントである。
1年9カ月後の2020年7月24日、2度目の東京五輪が開幕する。
東京都職員の宮崎俊郎さん(58)は「五輪は国民にとって災害以外の何物でもありません」と、昨年1月に「2020オリンピック災害おことわり連絡会」を結成し、五輪返上を訴える。
なぜ?
「五輪はあらゆる問題の総合商社だからです」と宮崎さんは言う。
例えば「共諜罪」。
思想・信条の自由を侵害するとの批判にもかかわらず、安倍晋三首相はこれがなければ「東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と、数の力で成立させた。
例えば「復興五輪」。
招致プレゼンテーションで安倍首相は福島第1原発について「制御されている」と述べたが、汚染水の問題は解決のめどが立たず、五輪開催決定をきっかけとした建設費の高騰と人手不足により、福島の復興はかえって妨げられている。
例えば「新国立競技場」。
建設に伴い近くの都営アパートが取り壊されることになり、約300人が転居を余儀なくされた。「都の担当者が連日、お年寄りのお宅に押しかけて立ち退きを迫り、まるでバブル期の地上げのようでした」、連絡会メンバーの女性は当時の様子をこう語る。
政府と東京都は、水戸黄門の印籠のように五輪開催を振りかざし、人権を軽んじ、人々の生活を押しつぶしてきた。
そして「うそ」の数々。
6年前、猪瀬直樹副知事は「ほとんど40年前の五輪施設をそのまま使うので世界一カネのかからない五輪なのです」とツイッターで発信していたが、開催経費は12年ロンドン五輪を上回る3兆円に達するという。
サマータイムを検討するほどの酷暑に頬かむりし、国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルには「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と記述していた。
「東京五輪はアスリートファースト(選手第一)ではなく、実際はマネーファースト、ナショナリズムファーストだ」と指摘するのはスポーツジャーナリストの谷口源太郎さん(80)。今月8日、約40人が参加して都内で開かれた連絡会の学習会で講演した。
谷口さんは「日本のスポーツ政策は戦前の国家主義を引き継ぎ、五輪至上主義という価値観で貫かれている。経済大国日本にふさわしいスポーツ強国を目指せと、メダルを1個でも多く取ることが国策になっている」と批判、五輪の現状についても「スポーツビジネスに染まり、本来の理念を失った」と、存在そのものに疑問を投げかける。
宮崎さんは「五輪反対を言いにくい雰囲気だけど、反対を言えない世の中は不健全」と、今後も学習会やデモを繰り広げていく。
彼らの異議申し立ては、圧倒的な五輪キャンペーンに比べ一握りの小さな声にすぎない。しかし突きつける問いはずしりと重い。
『北海道新聞』(2018年10月28日)
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