音楽療法のライブ日記

音楽療法士がお届けする、日々の活動記録と情報発信のブログです。

音楽療法を初めて体験される時

2024-06-29 06:14:46 | 音楽療法実践
昨日はかなりの雨の量だったので、いつもの散歩道は大丈夫なのかと
思いながら早朝に出かけました。
直ぐに小さな小川の堰を流れる水の音が大きいことに気付き、いつもの大きな川へと
焦る気持ちで向かうと、より大きな川の流れの音と共にかなり濁っており
いつもの穏やかな風景とは随分異なっていました。

残念ながらいつもの朝焼けは見られず、どんよりとした暑い雲が覆い被さった空でしたが
少しだけ隙間から青空が見られて気分が変わりました。
久し振りな気持もあって、いつもより遠くまで歩くと途中でひまわりが咲いているのに気付き、
黄色く真っすぐな姿から夏の到来を改めて感じました

音楽療法の実践を継続している中で、多くの人とのお別れがあると共に、
初めてご参加される人との出会いもあります。
音楽療法という言葉はまだ馴染みが無い人もおられ、初めての人には出来れば
使わないようにしています。

認知症対応型グループホームでは私たちは訪問者という立場になり、
お邪魔して音楽を介してご一緒するひと時を楽しく過ごしていただくことを願っています。
初体験をされる人は緊張とともにお迎えする側になります。

先ず、ゆっくり目線を合わせながら自己紹介をして準備に取り掛かります。
その様子も見られていますので、少し話しかけながらになります。
季節のBGMを伴奏者が弾く中で、その人の表情が落ち着かれていることを
確認して始めます。

季節感を共有しながら、始まりの歌、軽い運動、歌唱、楽器活動へと続きます
ご存知な歌をどの程度歌われるのか、楽器の体験に戸惑いや遠慮は無いのか、
皆様との会話に参加されているのか、笑顔が見られるのか、自発的な発現はあるのか・・。

一時間とはいえ、交流する中で多くのことがお互いに分かってきます。
歌が好きだったり、声が徐々に出てきたり、会話にも積極性が見られたり、
自ら気づかれたことを伝えられたり・・、様々な関わりの中でその人らしさに接する時に
出会えたご縁に感謝し、次回もお目にかかれますようにと願いながら帰路につくことになります。

お一人おひとりとの出会いを楽しみにしながら、次のプランの準備に取りかかります

梅雨の季節に

2024-06-28 18:43:22 | ひとりごと
梅雨の季節・・・素敵な花に癒されます

いのち愛づる生命誌

2024-06-22 06:29:08 | 研究関連
平年より遅い梅雨入りが昨日発表されましたが、折りしも夏至と重なり、
さらには満月の前日でもあり、夜は美しい月を愛でることができました

今朝の暁も美しく、日が昇る前の穏やかな自然に包まれながらの散歩は
贅沢なひと時であり、梅雨の季節ではとても貴重なひと時になります。
虫の音がいつもより多く聞こえてきたように感じました

トマト、ナス、キューリなどの夏野菜が小さな実をつけ始めて何とも愛らしく、
多くのグラジオラスの花が風で倒れていました。

ふと、最近読んだ‘いのち愛づる生命誌’の生命体のことが頭をよぎりました。
・・・・・・   ・・・・・・  ・・・・・・
生命体がこの地球上に生まれたのは、38億年ほど前とされる。今の私たちの
体をつくる物質は、そのころからずっと続いて存在するのである。
人間のゲノムを調べると、人間がどのようにして人間になってきたかが分かる。
これはすべての動物、植物、昆虫、細菌についても同様である。
ゲノムを分析してその生きものが地球上でどのように生きつづけてきたかを調べる。
これが生命誌研究の基本である。生命誌は生命の歴史物語を指すのである。

私たちの日常にある音楽には科学と同じように明治維新の後に西洋からはいってきた
ものがたくさんありますが、わざわざ「音楽と社会」などといわずとも、
日常に入り込んでいます。
つまり、文化として社会の中に存在しているのです。「科学も文化のはずだ」
そう強く思ったことを思い出します。・・・
科学には音楽に置ける演奏、つまり表現がありません。・・・

『いのち愛づる生命誌Ⅰ ひらく 生命科学から生命誌へ』
中村桂子.藤原書店.2019
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理学博士である中村さんが、特許を求めての競争や経済効果での評価が優先する
科学技術に吸収されない本来の「生きているってどういう事だろう?」
「生きものっておもしろい」と感じたりする喜びを‘新しい知’として考えられたのが
『生命誌』です。
6/9と6/12に記した『音楽と生命』と同様に現代の危機が静かに書かれています

ホタルの季節

2024-06-16 19:59:11 | 音楽雑記
梅雨入り前の湿度が高く、曇りがちで風が無く、長い昼が終わってやっと暗くなった
昨夜8時頃に田舎のお寺さんの裏に流れている小さな川へ見に行きました。
以前にこの辺りでホタルが見られるという話を聞いていましたので、
ちょうど様々な条件が揃った昨日の夜に行くとホタルがはにかむ様に光っていました。

決して主張することなく、ただただ静かに儚さもともなった光に感動しました。
今年初めてのホタル観賞の夕べでした。
昨年は「蛍能」の能舞台で放たれたホタルの光が幻想的で多くの観客とともに
感動しましたが、今年は高校生と二人だけの静かなホタル観賞でした。

今月の音楽療法では季節の歌として「ほたるこい」はプランに入っており、
輪唱や楽器演奏など多様な楽しみ方があります
『ほう ほう ほたる こい あっちのみずは にがいぞ 
 こっちのみずは あまいぞ ほう ほう ほたる こい』

童謡「ほたるこい」について、作詞・作曲、ほたるの種類、ほたるの成長、甘い水を
好むかどうかの実験、全国ホタル研究会(昭和43年設立)などに関するコラムが
紹介されていますので、以下に記しておきます

童謡「ほたるこい」について 2023年11月15日記
同志社女子大学 吉海直人(日本語日本文学科 特任教授)


『音楽と生命』の「楽譜と遺伝子の共通点」

2024-06-12 14:50:06 | 研究関連
前回紹介した『音楽と生命』の中の「円環する音楽、循環する生命」の章の
一部として書かれている「楽譜と遺伝子の共通点」をご紹介します
*『音楽と生命』坂本龍一.福岡伸一 2023年3月.集英社

福岡
楽譜と遺伝子には何らかの対応関係があると思うんです。
つまり、楽譜は、音そのものではないし、どこまでいっても音楽ではないんですよね。

坂本
そうなんです。誰かに演奏されて音にならないと、音楽とは言えないですからね。・・・

福岡
楽譜も遺伝子も、単に記述されたものであるにすぎないということですね。・・・
でも、私たちは楽譜が音楽だと思い、遺伝子を生命そのもののように捉えてしまって、
記述されたものは実際とは別ものであということを忘れがちです。・・・

坂本
ただ、作曲家は自分が一種の神の視点を持っているかのように誤解しやすくて、
その小宇宙を作ることが最終目的のように錯覚することがありますね。・・・

福岡
けれども、まったく同じ「楽譜」を持っている一卵性双生児も、まるで違う人格に
なるわけですし、・・・生命現象は「楽譜」と「演奏者」と「聴き手」が合わさって
成り立っているんですよね。・・・

坂本
前にも話したように、音楽というものも一回限りのものです。
一方、楽譜は一回性を否定するものなんですよね。・・・
楽譜というシステムはそうだとしても、そこに書かれているものが演奏されて
音楽になった場合には一回限りの演奏で、空気の振動になって消えてしまいます。
生命現象も、この一回限りの今起こっているということで、音楽と同じなわけですね。

福岡
はい、まさしくその通りだと思います。

坂本
・・・「聴く人がいなければ、音楽は本当に成立しないのではないか」ということに
気づいたんです。・・・「聴く」ということが音楽の重要な要素なんだと、強く意識する
ようになったからなんですよね。・・・
楽譜がない音楽というものの存在を強く感じるようになったからなんですね。
地球という惑星には空気の振動、つまり音という減少が常に起こっているわけですが、
誰かが聴いてその振動を共有する空間や時間があることを音楽と言っているのだと
思います。だから、たとえば川のせせらぎが人間がいるかどうかに関係なく常に
流れているように、誰かが演奏しなくても、そこで起こっている空気の振動を聴けば、
それは音楽なんですよね。・・・空気の振動を聴くという音楽の実態においては、楽譜が
なくても音楽が成立するということになるわけですから。

福岡
まさに、楽譜というロゴスから出て、音楽のピュシスに気づかれたわけですね。・・・

・・・ ・・・ ・・・
「美しき天然」という曲が思い浮かびました
空にさえずる鳥の声、峯より落つる滝のおと、・・・
自然の音(音楽)に癒される’ひと時‘も大切にしたいものです

『音楽と生命』を読み終えて

2024-06-09 16:23:17 | 研究関連
『音楽と生命』
坂本龍一.福岡伸一 2023年3月.集英社
音楽家と生物学者の対談書です。

刊行の言葉として、
福岡伸一さんの「自然(ピュシス)の豊かさを回復する」

私は、本当は、ファーブルやドリトル先生にあこがれ、自然(ピュシス)の歌に耳を澄ませ、
自然の精巧さに目をみはることから出発して、生物学者を目指したはずなのに、
いつしか実験動物を殺(あや)め、さいぼうをすり潰し、遺伝子を組み換えることに邁進していた。
操作的に生命を扱い、要素還元主義的に生命を解析していた。生物学ではなく、
死物学を究めようとしていた。そうしてゲノムはマッピングされ、遺伝子は名付けられ、
すべてが情報としてデータべース化された、つまり生命は完全にロゴス化された。
しかし、その時点で、時間は止まり、動的な生命は失われた。自然(ピュシス)の本体は
するりとどこかへ抜け出していた。うかつにもそのことに気づいたのはずっと後だった。
私は、生命を動的平衡として捉え直すために、再出発することにした。

坂本さんの軌跡はどうだろう。精密な音楽理論を藝大で身につけた作曲家は、電子音楽で
一世を風靡した。彼によって、音符はアルゴリズムとなり、音は完全にデジタル化された。
つまり音楽のロゴス化に成功した。かと思えば、ポップスを作曲し、映画音楽でアカデミー賞を獲り、
数々のメロディアスでメランコリックな名曲を生み出した。
彼は自己模倣を避け、ガラスや金属のノイズを拾い、枯れ葉の上で自然音を採集し、
一回性の霧の中で不協和音やズレを表現する非同調こ音楽を求め始めた。なぜだろう。
おそらくそれは、ロゴスが(つまり我々の脳が)記述する世界は、自然(ピュシス)をたわめ、
自然の微かな震えを捨象したものだという気づきがあったからではないか。
しかしそれは、一度はロゴスの山頂に立たなければ見えない風景でもあっただろう。

折しも世界はますます混迷を深めている。震災、気候変動、パンデミック、戦争、
新たな東西分断・・・・。

本書は、坂本さんが奏でる音楽に導かれながら、AI万能論や管理社会といった、
ロゴスに偏り過ぎた世界のひずみに目を向け、自然(ピュシス)のゆたかさを回復するための
新たな思想を求めて行った対話の記録である。

・・・
38億年ほどの生命の歴史に関すること、人間も自然生命体、自然物であること、
音楽の起源に関すること…。刊行は坂本龍一さんが亡くなられた3月です。
興味深い一冊でした

弦楽の余韻に浸りながら

2024-06-01 06:17:37 | 音楽雑記
思ったより雨が長く降ってどんよりとした空気が漂い、いつもの朝焼けが見られない中で
早朝散歩に出かけました
秋篠川の増水で川の段差の音が滝のように聞こえてきますが、亀や鯉、鴨が
気持ちよさそうに泳いでいます

殆どの田に植えられた苗、満開の紫陽花、コスモス、ツツジ、たわわに実ったビワ、
梅の木には桃色がかった美しい実、畑にはゴーヤ、トウモロコシ、ナス、スイカ、キュウリなどの
夏野菜が丁寧に準備されています。

曇天でしたが、季節を満喫しながらの散歩は気分が良いです。
一昨日に聴きに行った弦楽四重奏の響きが爽やかに蘇ってきます
30人超で満員になる小さなライブですが、弦の響きを全身に浴びる幸福感は何とも言えないです。

今日は季節の唱歌を少人数で歌う会の打ち合わせをします
本番もさることながら、それまでの試行錯誤する準備の過程を大いに楽しみたいものです