音楽療法のライブ日記

音楽療法士がお届けする、日々の活動記録と情報発信のブログです。

『音楽と生命』を読み終えて

2024-06-09 16:23:17 | 研究関連
『音楽と生命』
坂本龍一.福岡伸一 2023年3月.集英社
音楽家と生物学者の対談書です。

刊行の言葉として、
福岡伸一さんの「自然(ピュシス)の豊かさを回復する」

私は、本当は、ファーブルやドリトル先生にあこがれ、自然(ピュシス)の歌に耳を澄ませ、
自然の精巧さに目をみはることから出発して、生物学者を目指したはずなのに、
いつしか実験動物を殺(あや)め、さいぼうをすり潰し、遺伝子を組み換えることに邁進していた。
操作的に生命を扱い、要素還元主義的に生命を解析していた。生物学ではなく、
死物学を究めようとしていた。そうしてゲノムはマッピングされ、遺伝子は名付けられ、
すべてが情報としてデータべース化された、つまり生命は完全にロゴス化された。
しかし、その時点で、時間は止まり、動的な生命は失われた。自然(ピュシス)の本体は
するりとどこかへ抜け出していた。うかつにもそのことに気づいたのはずっと後だった。
私は、生命を動的平衡として捉え直すために、再出発することにした。

坂本さんの軌跡はどうだろう。精密な音楽理論を藝大で身につけた作曲家は、電子音楽で
一世を風靡した。彼によって、音符はアルゴリズムとなり、音は完全にデジタル化された。
つまり音楽のロゴス化に成功した。かと思えば、ポップスを作曲し、映画音楽でアカデミー賞を獲り、
数々のメロディアスでメランコリックな名曲を生み出した。
彼は自己模倣を避け、ガラスや金属のノイズを拾い、枯れ葉の上で自然音を採集し、
一回性の霧の中で不協和音やズレを表現する非同調こ音楽を求め始めた。なぜだろう。
おそらくそれは、ロゴスが(つまり我々の脳が)記述する世界は、自然(ピュシス)をたわめ、
自然の微かな震えを捨象したものだという気づきがあったからではないか。
しかしそれは、一度はロゴスの山頂に立たなければ見えない風景でもあっただろう。

折しも世界はますます混迷を深めている。震災、気候変動、パンデミック、戦争、
新たな東西分断・・・・。

本書は、坂本さんが奏でる音楽に導かれながら、AI万能論や管理社会といった、
ロゴスに偏り過ぎた世界のひずみに目を向け、自然(ピュシス)のゆたかさを回復するための
新たな思想を求めて行った対話の記録である。

・・・
38億年ほどの生命の歴史に関すること、人間も自然生命体、自然物であること、
音楽の起源に関すること…。刊行は坂本龍一さんが亡くなられた3月です。
興味深い一冊でした