自宅でその人らしい命と向き合う看取りを目標に診療所を作られた内容の本の紹介です。
『チーム・ブルーの挑戦 ー命と向き合う「やまと診療所」の物語ー』
大月書店 中島隆 2021年発行
以下、今年始めに母を在宅で看取った私の思いと重なる本の内容を紹介いたします。
(数字は本に掲載されているページです)
・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・
自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる。 77
スタッフが最期の時間にかかわることで、自分自身の人生も豊かになるのです。
患者も家族も、自分自身も幸せになる。 79
病人というよりも、人間としてかかわれるのが嬉しかった。 88
人は死を目前にひかえたとき、自分のために行動しない。人のために行動するのだ。
自分らしく死のうと考える人は、最期の直前まで、まわりに愛を届けようとするんだ。89
食べられない原因には、口のまわり、のど、舌の筋肉の衰えがある。
ちょっとずつ食べる。飲むことで筋肉を鍛える。そういうリハビリが必要なのだ。
ところが、病院は基本、リスクを回避する場所である。食べたら誤嚥性肺炎になるからと、
ペースト状の流動食、チューブで胃に直接栄養を送る胃ろうにしてしまう。
食べることがなくなると、筋肉が衰えて、ますます食べられなくなる。
本人や家族が「食べられるようにリハビリしたい」と言っても、病院は言う。
「何かあったらどうするんですか」 104
その人らしく過ごしてもらうために、その人の体を立て直すことだ。立て直せないときは、
その人に、家族や仲間とどうやって過ごすか考える時間をつくることだ。107
どこで最期を迎えるか、病院でいいか、自宅がいいか。
病院にいたらどうなるか。
病を治そう、治そう、治そう。そうなる。だから、まず自由が奪われる。どこにも行けなくなる。
命の危機を迎えたとき、おそらく延命措置がされるだろう。医療機器につながれて、
意識がないままにギリギリまで生かされるだろう。苦しむだろう。111
「人生の最終段階における医療に関する意識調査」国が2019年にまとめた報告書がある。
市民も医療福祉関係者も、約7割が自宅で死にたいと答えている。120
<もっとリハビリをすれば、おばあちゃんは家に戻れたかもしれない>
リハビリで病が治るわけではない。けれど、少しでも動けるようになったり、おいしく食事を
とれたりできたら、患者と家族の新しい生活を組み立てられる。129
「在宅で大切なのは患者さんやご家族のストーリーを書くこと。だから、たくさん書ける
仕組みにしています」 164
家族の事情などで在宅ができなくなり、病院に入ってしまうと、どうなるか。
病院の医師たちは、病気を治そうとする。リスクを避けようとする。病院食、点滴・・・・。
けっきょく、病院で最期を迎えることになる。患者本人の意志に反して。176
「医師の世界にはヒエラルキーがあり、トップにいる医師の指示に従うというのが一般的です。
『やまと』さんは違った」 220
「希望調査をすると、毎回、6,7割の方が『家で亡くなりたい』と言います。でも、実際に家で
看取られる人の割合は約2割、あとの8割は病院や施設という現実があります」
希望と現実のギャップ。 223
いまは、在宅医療は点在しているにすぎない。けれど、それが線となり、面となれば、
世の中の光景は変わる。 224
一つひとつの死には、それぞれのストーリーがある。それを拾い上げる。
ストーリーを、思いを拾い上げる大切さを、わたくしは痛感いたしました。 228,229
チーム・ブルーのみなさんは、人の死を数字にしてしまうのではなく、ストーリーとして
残していこうとしています。愛と悲しみと考え抜く力に、思いを言語化する力をプラスして。230
『チーム・ブルーの挑戦 ー命と向き合う「やまと診療所」の物語ー』
大月書店 中島隆 2021年発行
以下、今年始めに母を在宅で看取った私の思いと重なる本の内容を紹介いたします。
(数字は本に掲載されているページです)
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自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる。 77
スタッフが最期の時間にかかわることで、自分自身の人生も豊かになるのです。
患者も家族も、自分自身も幸せになる。 79
病人というよりも、人間としてかかわれるのが嬉しかった。 88
人は死を目前にひかえたとき、自分のために行動しない。人のために行動するのだ。
自分らしく死のうと考える人は、最期の直前まで、まわりに愛を届けようとするんだ。89
食べられない原因には、口のまわり、のど、舌の筋肉の衰えがある。
ちょっとずつ食べる。飲むことで筋肉を鍛える。そういうリハビリが必要なのだ。
ところが、病院は基本、リスクを回避する場所である。食べたら誤嚥性肺炎になるからと、
ペースト状の流動食、チューブで胃に直接栄養を送る胃ろうにしてしまう。
食べることがなくなると、筋肉が衰えて、ますます食べられなくなる。
本人や家族が「食べられるようにリハビリしたい」と言っても、病院は言う。
「何かあったらどうするんですか」 104
その人らしく過ごしてもらうために、その人の体を立て直すことだ。立て直せないときは、
その人に、家族や仲間とどうやって過ごすか考える時間をつくることだ。107
どこで最期を迎えるか、病院でいいか、自宅がいいか。
病院にいたらどうなるか。
病を治そう、治そう、治そう。そうなる。だから、まず自由が奪われる。どこにも行けなくなる。
命の危機を迎えたとき、おそらく延命措置がされるだろう。医療機器につながれて、
意識がないままにギリギリまで生かされるだろう。苦しむだろう。111
「人生の最終段階における医療に関する意識調査」国が2019年にまとめた報告書がある。
市民も医療福祉関係者も、約7割が自宅で死にたいと答えている。120
<もっとリハビリをすれば、おばあちゃんは家に戻れたかもしれない>
リハビリで病が治るわけではない。けれど、少しでも動けるようになったり、おいしく食事を
とれたりできたら、患者と家族の新しい生活を組み立てられる。129
「在宅で大切なのは患者さんやご家族のストーリーを書くこと。だから、たくさん書ける
仕組みにしています」 164
家族の事情などで在宅ができなくなり、病院に入ってしまうと、どうなるか。
病院の医師たちは、病気を治そうとする。リスクを避けようとする。病院食、点滴・・・・。
けっきょく、病院で最期を迎えることになる。患者本人の意志に反して。176
「医師の世界にはヒエラルキーがあり、トップにいる医師の指示に従うというのが一般的です。
『やまと』さんは違った」 220
「希望調査をすると、毎回、6,7割の方が『家で亡くなりたい』と言います。でも、実際に家で
看取られる人の割合は約2割、あとの8割は病院や施設という現実があります」
希望と現実のギャップ。 223
いまは、在宅医療は点在しているにすぎない。けれど、それが線となり、面となれば、
世の中の光景は変わる。 224
一つひとつの死には、それぞれのストーリーがある。それを拾い上げる。
ストーリーを、思いを拾い上げる大切さを、わたくしは痛感いたしました。 228,229
チーム・ブルーのみなさんは、人の死を数字にしてしまうのではなく、ストーリーとして
残していこうとしています。愛と悲しみと考え抜く力に、思いを言語化する力をプラスして。230