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日野日出志「蔵六の奇病」

2011-03-28 19:35:39 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第2話が、あの高名な「蔵六の奇病」です。この作品は「つめたい汗」でデビューしていた日野日出志が初めてプロ意識を持って描いた作品です。CD-ROMの解説によると、39ページの作品を1年かけて何度も描き直し、納得のいったところで雑誌に持ち込んで再デビューを果たしたとのことです。

 これは日野日出志開始とも言うべき作品です。人によってはトラウマになるでしょう。それだけに紹介するのが結構難しい作品です。というのも、主人公の蔵六の描写が凄まじいことになっているからです。そして、それがショッキングであると同時に不思議な美も持っており、将来の読者の興味をスポイルしないようにするのも悩ましいです。

 舞台は日本の昭和初期のような農村。知能の発達がやや遅れた蔵六という青年が住んでおりました。蔵六の趣味は絵を描くことですが、働きもしないで絵ばかり描いている蔵六を兄は良く思っていないようです。そしてなにやら蔵六の体中に七色の吹き出物ができました。



 このように蔵六は物を観察するという点に関しては大変な集中力と純粋さを持っているのでした。それにしてもこの絵柄や構図は民話の絵本を読んでいるようなほのぼのした趣があります。だからこそこれ以降の蔵六の姿の変わりようがトラウマ級なのですが…。

 しばらくすると蔵六の七色の吹き出物が悪化して全身を蝕み、怪物のような形相になってしまいます。それを恐れた兄は、死期の迫った動物が集まる「ねむり沼」のほとりに蔵六を隔離してしまいます。そこで蔵六はコブの塊のようになった全身を切りながら七色のウミを取り出し、それを絵の具として使って絵を描くのでした。これですよ、これが日野日出志のトラウマの原点です。ここらへんのページはさすがに凄過ぎてお見せできませんが、私の好きな一コマだけ掲載します。



 そして全身が腐り始めた蔵六の臭いが村にまで届くようになり、化け物となった蔵六を殺してしまおうと村人たちが話し合い、雪の吹雪く日に決行します。



 ここでも映画を意識したような画面構成です。村人たちが無表情な仮面をかぶっていますが、体は怪物になったが心は人間のままの蔵六に対して、体が人間のまま心が怪物になった村人たちが対照的にあらわされています。

 ねむり沼に到着した村人たちは蔵六を見つけることはできませんでしたが…。

 「蔵六の奇病」では「つめたい汗」とは違ってしんみりした読後感が残ります。なぜか途中にあったトラウマ級の描写も浄化されるような感覚があります。描写や展開速度に大きな振れ幅があって、読み始めると最後まで目が離せない作品です。それでも、私はこの作品を小学生の時分に読まなくてよかったと本気で思っていますが。



 私は残念ながらひばりヒットコミックス版を持っていないのですが、こちらは日野日出志選集の表紙。「つめたい汗」「鶴が翔んだ日」「白い世界」「山鬼ごんごろ」も収録。


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6 コメント

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短ページながらも、紛う方無き代表作の一つ (manken99)
2011-03-29 22:52:57
 これは作者の出世作と言われている作品ですね。これが駄目なら漫画家を辞めるつもりで、好きな物、納得のいく物をと思い描いたら、意外にも名作と評される作品が生まれたのだとか。日野日出志と言えばこの作品と言われるぐらいに有名な作品で、名前が挙がる事も多く、読んだ事が無いにも関わらず大体の内容は知っているのですが、再デビュー作だったという事までは知りませんでした。「日野作品にはフリークスへの愛が溢れている」という例として挙げられる事の多い作品でもある様です。これを読まずして日野作品は語れず、私も是非何時か必ず読まなければならないと思っている作品の一つです。
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打ちのめされてしまいます (おかもろ(再))
2011-03-30 01:06:39
 漫研さま、コメントありがとうございます。おっしゃる通り、本作にはフリークスとなってしまった蔵六への愛が描かれているように感じます。というのも、母親は最後まで蔵六の味方であったし、蔵六としてはある意味幸福な結末を迎えたでしょうから。そしてその後の村人たちの「これで良かったのだろうか」という自問自答も聞こえてくるようです。「地獄変」のように全てがマイナスに向かっているわけではなく、どん底のマイナスの中にもプラス方向の力が働いているのが感じられて、読み手も救われるような名作です。
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Unknown (boletus)
2015-08-19 17:59:20
蔵六の奇病も高校時代、受験参考書を買いに行った書店で立ち読みしました。ひばり書房刊でしょう。

日野日出志の本名は星野安司でしたね。

『蔵六の目玉は腐って落ちた。無限の闇を蔵六が襲った。」
というのがありましたね。当時受験生で私の周りには医学部を目指していた人もいたことを思い出しました。医学部付属の大学病院には蔵六のような病気になった患者やあるいはタイトルは忘れましたが、トラック事故で手足と片目を失った少年がくるのでしょうか?(最初は母は優しかったものの、化粧が濃くなるとこの少年にきつく当たるようになった)
受験生だった私はいい大学に入れば人生や社会の辛酸を避けることが出来ると思っていましたが、実際はそうではありませんね。
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Unknown (okamoro_sai)
2015-08-19 21:40:03
boletusさま、コメントありがとうございます。これまた私も高校時代に蔵六を読みました。

コメントの作品は『水の中』ですね。トラック(の車輪の跡)に轢かれる子供のシルエットがストップモーションのように描かれているのが恐ろしくも印象的です。早く記事にしたい作品です。

私は医学部出身ではないので標本があるのかどうかはわかりませんが、大学を出たからといって簡単に勝ち組になれるわけではないのは痛感しています。勝ち負けを超越した蔵六の境地にたどり着きたいものです。
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Unknown (Unknown)
2017-04-02 03:47:19
はい、小学生の時に読んでしまった私が来ましたよ。
しっかりトラウマになってます…
この4月から「アリスと蔵六」というアニメが始まるのですが、もう何というか、関連がないことは理解しているのですが身構えてしまう(汗)
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いらっしゃいませ (おかもろ(再))
2017-04-02 21:55:31
アンノウンさま、コメントありがとうございます。
やはりトラウマになりましたか。私は小学生時分に読まずによかったような、惜しいことをしたような……。
「アリスと蔵六」のタイトルはTwitterで何度か目にしました。この蔵六を連想する人が続出のようで、私も気になっていました。本当に無関係でしょうね?
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