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高師小僧を採りに行く

2012-03-18 20:17:19 | 科学
 土曜の夜に疲れた体を引きずって職場から帰る途中、ふと岩石・鉱物採取に行きたくなりました。そこで思い出したのが通称「高師小僧」と言われる鉱物でした。東京に住んでいた時に都内の産地を巡ったこともあったのですが、どこも宅地が造成されてしまっていて手に入れることができませんでした。今朝になって検索してみると、割と近くに産地がありました。結構有名どころなようです。天然記念物にも指定されていないようなので、雨が降っていましたが採取しに行ってきました。

 高師小僧はもともと愛知県高師ヶ原で産出されたため、この名前がついています。鉱物としては褐鉄鉱(正しくは針鉄鉱および鱗鉄鉱)で、物質としては水酸化鉄(FeOOH)、要するに鉄サビです。鉄サビが葦などの根っこの周りに沈殿してできたものが高師小僧です。鉱物的に珍しいものではなく、その形態と成因に特徴があるのです。通常は岩石・鉱物採取は山の中に行くことが多いのですが、高師小僧は葦の根っこにできるので、水辺ということになります。



 さて、やって来たのは京都府にある八幡市。このあたりは木津川、宇治川、桂川が合流する地点で、昔は交通の要所で栄えていたそうです。京阪電鉄の八幡市駅で下車して、近くの御幸(ごこう)橋へ向かいます。家から1時間ちょっとの近場です。京都と大阪の間にあり、川の両側には山が迫っていて、ちょっとした観光気分です。駅のすぐ近くには石清水八幡宮もあって、実際に観光地ではありますが…。右の山はいわゆる天王山です。



 しばらく土手の下を歩いていたのですが、ここという場所がみつかりません。そこで御幸橋の下を川に向かってみると、いかにも採れそうな場所に出くわしました。



 くずれた斜面に近寄ってみると、簡単に見つかりました。シャベルの先の褐色なのが高師小僧です。長さが7cm、太さ1cmほどの大きさです。左の方にも細いのが何本か見えます。



 シャベルで丁寧に掘り出して川の水で洗ってみると、ついに姿を現しました! と言っても、この場所には山ほど高師小僧が転がっていましたが。

 この後にケーブルカーに乗って石清水八幡宮に行きたかったのですが、雨が強くなったので断念。



 今日の得物。15分程度でこの収穫。もっとじっくり選んでいれば、いい形の小僧が掘り出せたかもしれません。



 一本を拡大してみたところ。褐鉄鉱が層状になっているのが見えます。



 断面は穴があいており、葦の根っこがあった部分です。採取した小僧の一つにまだ根っこが残っているのがありました。家に帰って洗いながら根っこを引き抜いたら、横で見ていた嫁が気持ち悪がっていました。

 ちなみに、針鉄鉱の英語名はGoethiteといい、鉱物にも見識があった文豪ゲーテの名を冠しています。針鉄鉱と鱗鉄鉱の区別は肉眼では難しく、これらをまとめて褐鉄鉱と呼ばれています。

 久しぶりの鉱物採取で念願の高師小僧が手に入ったので、とても気分が良い日でした。仕事の疲れもだいぶ癒えた感じですよ。今度は山に石採りにいきたいですね。

光より速い粒子?

2011-09-24 21:50:08 | 科学
 光より速い粒子が観測されたとのニュースが流れていました。スイスにある欧州合同原子核研究機関(CERN)の粒子加速器からイタリアのグランサッソ国立研究所に向けてニュートリノを飛ばしたら、その速度が光が届くより60ナノ秒速かったというものです。本当だったら凄いことですね。これまで散々検証され正しいとされてきた相対性理論が成り立たない場合があるということですから。でも私は期待2割、疑い8割といったところです。

 ご存知のように、物質は光の速度(正確には、真空中の光の速度)より速く運動することはできない(正確には、光の速度はどのような観測者から見ても同じ)ということがアインシュタインの相対性理論の前提条件になっています。光速度不変は証明されたわけではなくて、このような前提を考えるとものごとがうまく説明できるというだけのものです。だから光速度不変をくつがえす条件などは皆無であるとは言い切れないのです。

 記事を読んでみると、研究施設の位置をGPSで測定したと書いてあります。一番ありうるとしたらGPSの測定位置の誤差ではないでしょうか。光速度を毎秒30万kmとすると、60ナノ秒間に光がどれだけ進むかというと18mです。つまりスイスから光とニュートリノが同時に放出されたとしたら、イタリアに着く頃にはニュートリノの方が光よりも18m先行していたという計算です。GPSの精度を考えると、18mくらいはすぐにずれそうなものです。カーナビ等で実感されている方もいるでしょう。実際は質量のある物質が光速度に達することはないとされているので18m以上の誤差があったことになるでしょうが、それにしても微妙な速度差ですね。

 光というのは速い速いと言われますが、私にとっては光の速度というのは絶望的に遅いような感じがするのです。月まで1.3秒、太陽まで8分19秒、隣の恒星まで4年以上もかかるのです。この縛りがあるため人類は太陽系を出ることはないでしょう。光速度が何によって決定されたかは知りませんが、光速度というのは空間の性質そのもので、ひょっとしたら宇宙が生まれた当初のちょっとしたパラメータの揺らぎで決まったのかもしれません。もし光速度が大きな宇宙があったとしたら、そこにいる知的生命体は自在に宇宙旅行をしているでしょう。宇宙人が地球に来ているとしたら、光速度の大きな別の宇宙からワームホールを通って来たに違いありません。

 それはさておき、今回の実験の測定結果に間違いが無いとしたら大変な発見です。相対性理論が成り立たない場合があるということで、その条件が明らかにできれば、相対性理論の修正(拡張)によって科学技術にさらなる可能性が生まれるということですから。ニュートン力学は相対性理論と量子力学と結合されて現代物理学を構成していますが、この結果によってさらに拡張されることを(過度な期待しないで)楽しみにしています。

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 おまけですが、粒子加速器といえば、随分昔に筑波にある高エネルギー研究所(KEK)で実験の手伝いをしたことがあります。加速された粒子に電磁場をかけて軌道を変える場合、制動放射という現象が起きて粒子から光が出てきます。この放射光を様々な実験に利用する施設がここKEKにあります。



 この写真は実験に行った時のものではなく、その後に見学に行った時のものです。筑波山の見事な姿が見えます。



 実験施設のビームラインはこのようになっています。ここに交代要員として3日ほど泊まり込んで24時間体制で実験していました。交代の時間になると15分ほど歩いて敷地内の宿舎に寝に行くのですが、夜中だと広大な敷地のあちこちで真っ赤なランプが回転していて、かなり怖いものがありました。実験期間中は食事だけが楽しみでしたが、選択肢がカップラーメンかKEK食堂しかありませんでした。今なら近くにコンビニができて便利になったとのことです。ただし歩いて行くと敷地から出るだけでも時間がかかるでしょうが。

テレビ石

2011-09-17 22:14:09 | 科学
祝! ブログ開設一周年!

 …などという楽屋ネタはやりたくないのですが、ブログ開設当初はもっと科学関係の記事も書きたかったのに、現在までほとんどありません。初心に戻って書いてみましょうか。

 先日の記事奇石博物館に言ったと書きましたが、そこでテレビ石というものを買ってきました。この名前は通称で、正式名称はウレキサイトといいます。組成はNaCaB5O6・5H2Oであり、ホウ素を含んだ珍しい鉱物です。



 私が買ったのは高さ2cm程度の小さなものですが、実はこの石は街の鉱物ショップなら大抵のところで売っている定番のお土産なのでした。

 この石のどこが面白いかと言うと、石の下側の絵が上側に映って見えるという性質があるのです。



 なぜこのように見えるかというと、細長い結晶が並んで光ファイバーのようになっているからと説明されています。底面からの光は細長い結晶の側面で反射を繰り返して上面まで到達するということです。現在、光通信によって多く用いられている光ファイバーですが、同様のものは自然によってすでに作られていたとは驚くべきことです。

 ちなみに、ホウ素を含む珍しい鉱物と上では書きましたが、ホウ素自体がこの宇宙で比較的珍しい元素なのです。それがなぜ地表でまとまって採れるのでしょうか。地球を岩石の塊と考えると、その成分は主に酸素、ケイ素、マグネシウム、鉄であり、これらの元素(イオン)が秩序を持って並んでいるとイメージできます。ところが珍しい元素があると元素の並びの秩序が崩れてしまい、構造が弱くなってしまいます。したがって珍しい元素の周辺はちょっとした圧力の低下などがあると融けてマグマになりやすいのです。地球内部でこういうプロセスを繰り返していると、地表にマグマが出てきた時には、珍しい元素が濃縮されているということになるのです。非常に簡単な説明ですが。

 宇宙では恒星内部の核融合反応によって常に元素が消費・生成しています。宇宙の90%は水素、9%はヘリウム、その他の元素は全てひっくるめても1%程度です。基本的に軽い元素ほど存在量が多いのですが、ホウ素は5番目に軽い元素なのにとても存在度が低いのです。この理由は核融合反応でホウ素が生成する反応の種類が少ないためであり、より重い炭素や酸素の方が反応のキリがいいため存在度が高くなっています。何百億年か経って宇宙の元素の反応が進むと、ホウ素はさらに少なくなってしまうのかもしれません。

 こんなふうに一個の土産物の石から地球や宇宙にまで想いを馳せることができるなんて、我ながら何と安上がりな趣味なのかと感心してしまいます。テレビ石はそこらへんの店で数百円で売っているので、見かけたらぜひ手に取ってみてください。



世界で一番美しい元素図鑑

2011-03-25 20:22:51 | 科学
 以前から欲しかった「世界で一番美しい元素図鑑」というものを本屋で見かけたので購入しました。



創元社
世界で一番美しい元素図鑑
セオドア・グレイ(著)
ニック・マン(写真)
若林文高(監修)
武井摩利(翻訳)
価格 3990円(税込み)

公式サイト
見本のページ

 私は昔から元素には結構興味がありました。高校生の頃は元素の周期表を全て憶えていたりして、化学でもこの分野に限っては得意でした。当時は元素を集めたいという気持ちもあったのですが、集める方法がわからなかったのですぐにあきらめました。ところがこの著者は元素コレクターということで、本当に集めている人もいるのだと驚き、その上に元素コレクターは世の中にたくさんいるようでさらにびっくりです。

 各ページには著者自慢の様々なコレクションが美しい写真と見事なセンスで並べられています。コレクションは元素の塊そのものであったり、その元素が含まれる特殊な部品や工具であったり、薬剤やアクセサリーやおもちゃであったりと多彩です。文章もしゃれていて、読み物としても面白い物になっています。


金のページ

 どうでもいいですが、前書きには「本書に写真が載っているものはほとんどすべて私のオフィスのどこかにあります。(略)水素のページでお会いしましょう!」とか書いてありながら、水素のページを見るとハッブル望遠鏡がとらえたヘビ座のワシ星雲がいきなり掲載されていて、「あんたのオフィスはでけぇんだなぁ」と思いましたが。

 また、私が妙に共感した部分はキセノンという希ガス元素のページです。希ガスは通常は他の元素と化合しないものですが、それを前提にして以下のように書いてあります。

「けれども、とんでもないことに、1962年にキセノンは普通の元素と化合した現場を押さえられてしまったのです。(略)たとえば二フッ化キセノンはどこの研究所の商品カタログにも載っていて、注文するとありふれた瓶に入って届きます。ショックとしか言いようがありません。希ガスにあるまじきふるまいです。」

 私にはこの著者のショックと元素の「あるべき」論がよくわかります。そう理想通りにいかないのも元素の面白さでしょうけど。

 著者は放射性元素のコレクションはどうしているのかと考えていたら、「よく見たらこの鉱石のどこかに一つか二つあるかも知れない」などの変化球で対応していました。他にも医療に使う器具での紹介などもあり、放射性物質は恐ろしいという感情的なイメージだけでなく、専門家がどう取り扱っているかなどの情報も記述されています。こんな時期だから、正しい知識を身につけたいところです。

 とにかく眺めるだけでも楽しい図鑑で、子供だけでなく大人や科学者にも勉強になる本でしょう。

「はやぶさ」が持ち帰った微粒子

2010-11-21 19:12:13 | 科学
 日本の小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから多数の微粒子を持ち帰っていました。世界初の月以外の天体間飛行に成功しただけでも日本の技術は凄いのですが、さらに惑星科学の分野でも新発見があったら素晴らしいなと期待しています。そんなついでではありますが、元地球科学者の端くれとしてたまには科学的なことでも書いてみようかと思い立ち、ここに整理してみます。

 宇宙に存在する元素の比率は、恒星の吸収スペクトルや隕石組成など、様々なデータから調べられています。宇宙の元素を多い順に10個並べると、水素(H)、ヘリウム(He)、酸素(O)、炭素(C)、ネオン(Ne)、窒素(N)、マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、鉄(Fe)、硫黄(S)です。この中の多くは揮発性が高く、鉱物として残るのはマグネシウム、ケイ素、鉄です。そしてこれら3種は大体同量(2倍3倍の違いはあっても、10倍は違わない)くらい宇宙に存在することが知られています。ただしこれらは酸素と結びつきやすいので、酸化物になっています。鉱物には多くの酸素が含まれるのです。

 さて、はやぶさが持ち帰った微粒子に「カンラン石」という鉱物があります。この鉱物はもちろん地球にも多く存在します。地球を構成する最も多い鉱物がカンラン石であり、その代表的な組成はMg2SiO4です。地球の組成をざっくり一言で言うと、このMg2SiO4であり、これにその他もろもろの元素が混ざっているのが地球の組成です。

 地球のカンラン石をもう少し詳しく見ると、マグネシウムに10%程度の鉄が混ざっています。仮に組成式で書いてみると、Mg1.8Fe0.2SiO4となります。マグネシウムと鉄の原子(正確にはイオン)の大きさが近いので、鉱物の結晶の中で互いに置き換わることが出来るのです。

 鉄もマグネシウムも宇宙に大体同量程度存在するのならば、地球において鉄はどこに行ったかというと、金属鉄となって地球中心核にあるわけです。地球形成の過程で飛んで来た隕石は地表に衝突し、そのエネルギーで高温になります。岩石と地表は融け、地球表面を分厚いマグマの海が覆い、その底での高温・高圧状態で鉄の酸化物が分解されて金属の鉄となったと考えられています。地球のカンラン石の鉄の割合は本来もっと大きかったのですが、この過程で鉱物内の鉄が分離されて10%程度まで減少したのです。

 このことは、カンラン石の中の鉄の割合を分析すれば、岩石が地球形成時のような鉄の分離過程を経たかどうかがわかるということです。イトカワのカンラン石の鉄は地球の5倍ほど含まれていると報道にありました。これを組成式で書いてみると、おおよそMgFeSiO4なります。マグネシウムと鉄とケイ素がほぼ同量ずつ含まれる鉱物になるというわけです。つまり、宇宙の元素の存在比に近い値を維持しているということで、イトカワは少なくとも46億年前の太陽系形成時から大きな進化をしてこなかったことがわかります。

 もちろん宇宙にはカンラン石以外の鉱物もあるため、今回は非常に大雑把な説明ではありますが、たった一個の微粒子の組成分析からわかることをまとめてみました。そして次に科学者が興味があるのは、揮発性の成分からなる分子が含まれているかどうかでしょう。水素、炭素、窒素などはアミノ酸の構成元素だからです。もし揮発性の元素がアミノ酸のような分子として検出されたら、生命の材料物質は宇宙からやって来たということになります。そして、宇宙には想像以上に地球の生命体と似たような生命がいる可能性があると言えるでしょう。