今回はひばりヒットコミックス
「まだらの卵」に収録されている短編から「セミの森」「マネキンの部屋」を紹介。両作品とも大群に襲われるという共通点があります。
「セミの森」ではセミの大群が襲ってくるという点が珍しい展開ですね。普段はセミに対して恐怖を感じることはまずありませんが、考えてみると樹液を吸うセミの口の針は凶器にも感じます。それに、あまり飛ぶのが上手とは思えないセミが襲ってくるというイメージに生々しさがあります。
慎一と姉は毎年夏に別荘で過ごしていますが、この年はセミが大発生しているようです。
優雅でいかにも楽しそうな夏休みですが、姉はもともと虫嫌いで、セミの抜け殻が気になっているようでした。慎一が再び昼寝をしていると、姉の叫び声が聞こえ駆けつけてみると、人間ほどの体長の巨大なセミが姉の首から血を吸っていました。姉を助けようとしたところ、巨大なセミは実は通常のセミの集合体であることがわかり、とりあえずは追い払うことができました。
その夜、別荘で休んでいる二人のもとに、突然昼間のセミの大群が襲ってきました。
動きのある始めのコマが恐怖を煽ります。最初の画像と比べて、二人の様子もやつれている感じが出ています。翌朝、気を失った慎一が気付くと、姉の姿がありません。森ではセミの声がまったく聞こえなくなっていたのでした。それから慎一は姉を捜し続けていましたが、三日目の晩に姉がひょっこり帰ってきました。慎一はホッとして眠るのですが、真夜中に姉がやってきて……。
さて、なぜセミが姉を狙ったのかはよくわかりません。慎一よりは若々しいエネルギーにあふれているからかもしれません。あるいは最初にセミに対して気味が悪いというようなことをつぶやいたから、その恐怖心が付け込む隙をセミに与えたのかもしれません。
ところで、セミは実際に大発生するメカニズムがあるそうです。セミは種によってお互いの発生に影響されないように、13年や17年などの周期で成長するものがいます。お互いにかち合わないような長い発生周期を持つことで大発生のリスクを小さくしているとのことです。セミが種によって住み分けているということは、種の間で何らかの意思疎通があったとも言えるわけで、大発生の非常事態にリスクの低下と新たな進化を求めてセミ達が一致して慎一の姉を襲ったのではないか、なんてことも考えてしまいました。
「マネキンの部屋」は一転して都会の真ん中でのお話。少年のお父さんはマネキン人形を作る技術者で、家はマネキン人形の工房でした。少年の母は病死しており、父が母そっくりのマネキン人形を作ってそれに語りかけていました。家には身元不明の老婆が家事手伝いとして住み込んでいました。父は自分が気に入ったマネキン人形は手放さず、専用の部屋に並べていて、少年がその部屋に入るのを禁じていました。
ある日、少年がその部屋の前を通ると何やら話し声が聞こえました。気になって入ってみたところ、マネキン人形の一体にぶつかってしまい、倒れた衝撃で人形の首がとれてしまったのです。そしてその夜から少年の身に恐ろしい出来事が起こるのでした。寝ている少年を、そのマネキン人形が襲ってきたのです。
この右ページ最後のコマの笑い顔や、砕かれてもなお不敵に見上げる顔が禍々しすぎで、とても印象に残る見開きページになっています。
次の日の夜中、トイレから帰ってきた少年を、今度はマネキン人形の集団が襲いかかります。
はりついた笑顔の集団が襲ってくるこの絵面も恐ろしいものがあります。大ゴマの混乱した構図にもスピード感があります。
当然、少年は父にこっぴどくしかられるのですが、三日目の夜にはバラバラにされたマネキン人形のパーツに襲われてしまうのでした。
この事件の間、少年がマネキン人形に襲われる現場を見た者はいません。父や老婆の目からすると、少年が一人で人形達に対して暴れているように見えたでしょう。全ては少年の妄想か幻覚だったと言うこともできます。仮にそうだとして、じゃあなぜそんなものを見たのかというと、父の歪んだ愛情や日常風景を思い返し、ジワリとした恐怖を感じるのです。
日野日出志作品紹介のインデックス