荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『欲動』 杉野希妃

2014-12-17 01:14:57 | 映画
 重度の心臓疾患を抱えた夫(斎藤工)と妻(三津谷葉子)がバリ島にやって来て、妹夫婦の家に逗留する。表向きの旅目的はバリ島に永住する妹(杉野希妃)の自宅出産をサポートするためだが、真の目的は言わずもがな、夫にエキゾティックな地での客死を用意することであるのは、すべての観客が最初のワンシーンから察せられるだろう。「なんだ難病ものか、勘弁」という声がこの時点で聞こえぬでもない。しかし、これがけっこういいムードなのである。一見すると「ロハス化された河瀬直美」の体だが、一方で「母型化された『センチメンタル・アドベンチャー』」でもある。
 神秘的な死地をさがす旅でやって来たこの美男美女の夫婦を見て、最初は、なんとナルシスティックな連中だろうと思った。夫は、容態が悪化すると共に性格もひがみっぽくなっていく。妻は、現地のジゴロと出会って、その性欲丸出しの軽薄さに嫌悪感を抱くが、逆にその嫌悪もろとも呑みこむかのように、野外セックスの快楽に耽る。外泊しても悪びれることなく朝帰りすると、ちょうど夫の妹が産気づいているという案配だ。死期の近い夫を抱えてひどい妻だと言えるが、見ている観客は女性客にとどまらず男性客でさえ「もっとやれ、もっとひどい女になってやれ」と焚きつけながら画面の推移を追ったと思う。
 斎藤工と三津谷葉子のモデルは、大島渚『夏の妹』における殿山泰司とりりィのカップルだと思われる。りりィは現地のジゴロ石橋正次と野外セックスに励み、殿山泰司は「自分を殺してくれる相手に出会うため」に沖縄を周遊する。妹役を演じ、これが監督デビュー作でもある杉野希妃は栗田ひろみではまったくないが、ここでのバリ島は『夏の妹』における沖縄にあたる。
 バリ島の聖なるケチャの響きにいざなわれるがまま、女が野外セックスの快楽に身をゆだね、夫を裏切る。軽薄な不倫メロドラマにようにも見えるし、神々の深き欲望に根ざした諧謔味にも思える。この両義性こそ、このたった90分あまりの作品の魅力ではないか。きまじめな性格のわりには全身で男を誘っているような三津谷葉子の衣裳が、ちょっとあり得ないほどなまめかしい。


新宿武蔵野館での公開終了後、シネマート六本木ほかでムーブオーバー
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『二重生活』 婁(ロウ・イエ)

2014-12-14 09:09:20 | 映画
 2006年の『天安門、恋人たち』に向けられた当局の処分によって、監督の婁(ロウ・イエ)は5年間の活動禁止を言い渡された。ロウ・イエはアメリカの大学に身を寄せたりしつつ、処分前よりもむしろ精力的に作品を発表している。『スプリング・フィーバー』(2008)、『パリ、ただよう花』(2011)、そして本作の『二重生活』(2012)、さらに最新作『ブラインド・マッサージ』(2014)という4本もの作品がこの8年間に製作されたのである。文革期に知識人たちにさし向けられた苛烈な弾圧を思い返すとき、このペナルティの曖昧さは何なのだろうかと訝るしかないが、この曖昧さのうちにしかるべき事柄がなされている──4本の映画が産み出される──という事態が、なんともロウ・イエ的であるようにも思える。
 じっさい東京フィルメックスのプログラム・ディレクター市山尚三氏のコラムによれば、『スプリング・フィーバー』がフィルメックスで上映された際、ロウ・イエ自身、「活動禁止処分になった今の方が自由に製作活動ができる」と語っていたそうである。おもにフランス資本を糧とする亡命的な活動では中国当局の検閲を気にする必要がない、という解放感のもたらした偽らざる心境だろう。
 活動禁止が解禁となって初めて検閲を正式に通して発表した新作が、この『二重生活』である。不倫、嫉妬がもたらす情痴殺人を描いたサスペンスで、まるで韓流ドラマのようである。多少の権力者批判、社会批判はあるが、こんな通俗サスペンスなら、当局も文句をつける筋合いはないと判断したのだろうか。
 ストーリーそのものより、重要な場面で容赦なく登場人物たちの顔面に打ちつけるどしゃ降りのすごみに、見る者の気は行くだろう。撮影は『スプリング・フィーバー』に続いて2度目のロウ・イエ組となる曾剑(ツアン・チアン)。打ちつける雨粒ばかりでなく、本作の舞台となった湖北省の省都・武漢(ウーハン)という都市の景観を、曾剑はじつに魅力的に切り取ってみせる。長江の巨大な水面はまるで海に見え、高層ビル群、新富裕層のしゃれた生活風景ともども、私はこの映画の舞台を、監督の故郷である上海であると勝手に勘違いしていた。しかし舞台が、100年前に辛亥革命の発火点ともなった内陸都市・武漢であることを、エンドクレジットで遅まきながら知ったのである。長江の圧倒的な水の存在感もさることながら、監督がこの武漢をロケ地に選んだ理由は、ちょうど辛亥革命100周年ということもあるにちがいない。


2015年1月24日(土)より新宿K’s cinema、渋谷アップリンクほかで公開予定
http://www.uplink.co.jp/nijyuu/